第40話 すなわち女子力ってことですね!
天気は快晴。
今日は、待ちに待ったアビーちゃんの誕生日パーティー当日である。
「ぐ、る、ぢ、い~!!」
断末魔のような叫び声を上げながら、ジーンさんがなんとか逃亡を図ろうともがいている。
ふふ……無駄ですよ……。
メイドさんはプロですもの……。
ジーンさんより先に締め上げの洗礼を受けた私は、達観した気持ちで彼女を見守っていた。
どうせ目的地は同じなのだから、今日は皆で一緒に王宮へ向かう事になったのだ。女の支度は時間がかかるため、ジーンさんには朝早くに屋敷に来てもらった。
コンコン、とノックの音が聞こえたので、見学を中断して腰を上げる。扉を開けると、予想通りヴィンスさんが立っていた。
「おはよ、ミア。――アラ、似合うじゃない!」
さすがアタシの見立てね!
はしゃぐヴィンスさんに、私はえへへと照れ笑いする。くるりと一回転してみせると、プリーツの入ったスカートがふんわり揺れた。
薄い水色のドレスには、胸元に花柄が刺繍されている。襟ぐりは広めだけれど、長袖だから露出はそこまで多くない。
ヴィンスさんは改めてしげしげとドレスを観察すると、満足げに大きく頷いた。
「その色、氷をイメージしてみたのよ。これでシリルの隣に立てば、氷の夫婦の出来上がりね! きっと皆怖がって、近寄って来ないに違いないわ!」
「…………」
まさか、そんなコンセプトだったとは。
ならば、今日の私は無表情に徹しようではないか!
心に誓い、ぐっとこぶしを握り締める。
「ジーンはまだかかりそう? なら、アンタの髪とメイクを先に済ませちゃいましょ」
ヴィンスさんからうながされ、私だけ部屋を出ることにした。閉めた扉の向こうから、「置いていかないでえぇ」と悲痛な声が聞こえたけど……。うん、頑張って!
客室から私の部屋へと移動して、早速鏡台に座らされた。
「メイクは薄めにしましょ。変に背伸びするより、アンタはそのままの方が可愛いわ。髪にはこの飾りを付けて……あとは、金粉を散らしましょうか」
「あんまり目立たない感じでいいですよぅ……」
眉を下げる私に朗らかに笑いながら、ヴィンスさんはてきぱきと手を動かす。
綺麗に結い上げた髪に銀の簪を差し、予告通り金粉を付けられた。首を動かすたびに私の栗色の髪がキラキラと輝いて、思わずうっとりと見惚れてしまう。
「さて、お次はジーンね。……って大丈夫?」
着替えの完了したジーンさんが、よろよろと部屋に入ってきた。
紺色のドレスは一見地味だが、首元のレースとスカートの大きめリボンがアクセントになっている。全体的に細身で、私のドレスよりかなり大人っぽい。
「ジーンは引率教師だからシンプルにしてみたの。それに、そのドレスなら今後も使い回せるわ」
「いい。あたしはもう二度と着たくない……」
げんなりと呟いて、今度はジーンさんが鏡台へと座る。
ヴィンスさんはジーンさんの髪を手早く整えると、あっさりとメイクへと移行してしまった。私はきょとんと目を丸くする。
「飾りは付けないんですか?」
「ジーンは髪が短いから。……それに、このコはメイクだけで充分よ」
言うなり、ヴィンスさんは真剣な表情でジーンさんに向き直った。私の時とは違い、あらゆる化粧品を駆使し、時間をかけてメイクを仕上げる。
「――よぉし、完成っ! さ、ミアに見せたげて!」
ジーンさんは機敏に立ち上がると、ひょいと私の方を向く。
「…………」
えええええっ!?
心の中で叫んだけれど、実際は驚きすぎて声すら出なかった。
眉はキリリと格好良く、瞳は普段より大きく切れ長に見える。青いアイシャドウははっとするほど濃いけれど、それがよく似合っていた。
「ダレデスカッ!?」
「へへへ。あ、た、し、でーすっ」
良かったやっぱりジーンさん……って、どこからどう見てもモデルさんなんですけど!?
驚愕する私に、ヴィンスさんが鼻の穴を膨らませる。
「ジーンって化粧映えする顔なのよねぇ。背も高いし、存在感あるでしょ? アタシが美容を学び始めた頃は、しょっちゅうメイクの実験台になってもらったものよ」
「慣れないうちは酷かったよね~! 大怪我した幽霊みたいにされたもん。やー、ヴィンスも腕を上げたものだわ」
盛り上がる二人を、思考停止したまま見比べる。
これは早く、旦那様にも見せてあげないと……!
そっと部屋を抜け出し可能な限り足を急がせると、廊下の曲がり角で、危うく執事のジルさんとぶつかりそうになった。すんでのところで急停止した私を、ジルさんが慌てたように支えてくれる。
「わわっ……! ごめんなさい、ジルさん!」
「いいえ。お怪我はございませんか、奥方様」
気遣わしげに尋ねるジルさんの後ろから、砂色の髪の少年がひょっこり顔を覗かせた。
「ちゃんと前を向いて歩かないと危険ですよ? ミア奥様」
いたずらっぽく注意され、ぽかんとしたあと噴き出してしまう。今日のリオ君はもちろん正装していて、ぴしっとしたスーツが彼によく似合っていた。
「リオ君! すっごく格好良い!」
「学院が貸してくれたんだ。平民の僕にはありがたいよねぇ。……っていうか、ミアちゃんこそ。ドレスも髪型も、すごくよく似合ってるよ。――可愛すぎて、びっくりした」
ふわりと微笑まれ、かあっと顔が熱くなる。
褒められた事が嬉しくて笑み崩れていると、不意に気温がガクンと下がった。
うわヤバ、とリオ君が小さく呟く。
「……っ。シリル様!」
強制クーラー発動の容疑者は一人しかいない。
振り向いた先に立っていたのは、もちろん旦那様だった。……超絶無表情な。
「シリル様、こちらリオ君です! ジーンさんの従弟の」
内心の焦りを隠しつつ紹介すると、リオ君もにっこり笑ってお辞儀する。
「リオ・ハイドと申します。高名な魔法士団長様にお会いできて光栄です」
「……ジーンには世話になっている。今日はパーティーを楽しんでいくといい」
自身はちっとも楽しくなさそうな顔で告げる。……説得力ないなー。
噴き出しそうになりながら、急ぎ旦那様とリオ君を私の部屋へと案内した。一刻も早くジーンさんの艶姿を見せたかったのだ。二人とも、さぞかし驚き見惚れるに違いない。
――しかし、私の期待は見事に裏切られた。
扉を開けるなり、リオ君が指を差して大爆笑を始めたのだ。旦那様は旦那様で半歩後ろに下がり、化け物を見るような目でジーンさんを凝視している。
「……ってリオもシリルも、何その反応!? なんか感想を言ってよぉ!」
ジーンさんが二人に食ってかかるけれど、リオ君はひぃひぃ笑って答えるどころではない。代わりに、思いっきり眉根を寄せた旦那様がぼそりと呟いた。
「……破壊と混沌を見事に体現している」
「本当に!? ありがとぉっ!」
「喜ぶなソコ! ……っていうかシリル、アンタちゃんとミアには感想言ったの!?」
ヴィンスさんのツッコミで、私もやっと我に返る。そうだそうだ、私にも何か言ってくださいっ!
期待を込めた目で旦那様を見つめると、旦那様は上から下までじっくりと私を眺めた。
眉間のシワをさらに深くして長いこと沈黙し、逃げるように私から目を逸らす。
「……未だかつてなく。戦闘力が、高いと思う」
「本当ですかっ!? ぃやったあ!!」
「だから喜ぶなっつーに! ああもう、何なのよこの会話!?」
コレだから語彙力の死んだ男はぁー!!
ヴィンスさんの大絶叫が、賑やかに響き渡った。




