~幕間~ レッツ・クッキング!
キャベツ
玉ねぎ
じゃがいも
人参
ある朝、屋敷に野菜がドッサリ届けられた。ジーンさんと約束した、研究室掃除の報酬である。
知らせを受けた私は旦那様を引っ張って、うきうきと屋敷の裏口へと向かう。
「うわぁ、こんなにたくさん! ……そうだ、シリル様! 今日の私達のお昼ごはん、私が作ってもいいですかっ?」
ピチピチ巨大キャベツを手に取り、満面の笑みで旦那様を振り返った。本日お休みの旦那様は、棒を飲んだように立ち尽くす。
「……甘く、なければ」
しばし苦悩するような表情で黙り込んだ後、旦那様は苦しそうに言葉を発した。了解了解、甘くないやつですねっ。
野菜を運ぶシェフさんにくっついて、早速厨房の片隅を借してほしいと交渉した。
普通、貴族の奥さんは料理なんてしないのだろうけど、私が平民なのは屋敷の皆も知っている。それでなくても私はよく屋敷中をうろついているし、厨房に入り浸ることもしょっちゅうだ。
シェフさん達も慣れたもので、苦笑しながら快く了承してくれた。
「奥方様。何を作られるのです?」
「えっと、ポトフにしようかなって! そもそも私、レパートリーそんなに多くないから」
照れ笑いすると、シェフさんは心得顔で頷いて、発酵中らしきパン生地を指し示す。
「でしたら、パンはわたくし共でご用意しましょう。ポトフでしたら他の材料は……ベーコンとソーセージはこちらにございますよ。鍋はそちらをお使いくだ――……ひえぇっ!?」
シェフさんの突然の大絶叫に驚き、私は慌てて彼の目線を追った。厨房の入口に、腕を組んで寄りかかっているのは――
「……シリル様? どうしました?」
てててと近寄ると、旦那様はバツが悪そうに目を逸らす。んん?
「……別に。覗きに来ただけだ」
誤魔化すように告げられ、その瞬間ピーンときた。私は大きく頷いて、旦那様の腕を引っ張って厨房に招き入れる。大丈夫大丈夫、ちゃんとわかっていますとも!
「シリル様も手伝ってくれるんですね! なら、早速始めましょう!」
『…………』
気のせいだろうか。
刹那、絶望的な空気感が厨房を支配したような。
内心首をひねりつつ、私は泥だらけのじゃがいもを旦那様に手渡した。
「まず、野菜を洗いますっ。……あ、エプロンがないですね?」
「いや……。俺は、見学だけで構わない」
じゃがいもを返されたので、むぅと唇を尖らせながらも受け取る。遠慮なんてしなくていいのにー。
仕方なくじゃがいもの泥を落とし、皮をむくために包丁を手にした。本当はピーラーを使いたいのだけれど、どうやらここにはないらしい。
深呼吸して、じゃがいもに刃を当てる。
「――待て!」
鋭い制止とともに、旦那様が私から包丁とじゃがいもを奪い取る。その顔面は蒼白だった。
「角度が悪い! 指を怪我するだろうっ」
「えーっ、大丈夫ですよぅ。何度もやった事あるもん」
私はぷっと頬を膨らませた。
孤児院時代、料理は年長者が持ち回りで担当していたのだ。なぜか私はいつも下ごしらえに回されたので、味付けは苦手だが皮むきには自信がある。
「――いい。これは俺がやる」
きっぱりと言い放つと、旦那様はシェフさんに目をやった。無言の圧を感じ取ったのか、シェフさんが慌てて側に寄ってくる。じゃがいもを取り、器用に回しながら皮をむいていく。
鋭い目で観察していた旦那様はひとつ頷くと、私から奪ったじゃがいもに包丁の刃を当てた。先程のシェフさんと同じように、あっという間にスルスルと皮をむいてしまった。
その動きは危なげなく、とても料理初心者とは思えない。
「すごいすごいっ。シリル様ってば大天才!」
声援だけ送っている間に全ての皮むきが終わり、旦那様は再びシェフさんに視線を移す。シェフさんはまたも大慌てで寄ってきて、直立不動の姿勢になった。
「つ、次は野菜を切り分けましょう。大きめで構いませんので――……」
震え声で指導してくれるシェフさんに従い、旦那様は次々と野菜を切っていく。ブロックベーコンとソーセージも切り、焼き色を付け、野菜を加えて鍋で煮込み――
そこで、ようやっと気が付いた。
あれ?
私、何もしてなくない?
おかしいな。目から汗が……。
そっと目尻をぬぐい、厨房の片隅にひとり立ち尽くす私であった。完。
***
「……っ! 美味しいぃぃぃぃっ!!」
ひとくち食べた瞬間、その味に身悶えする。
じゃがいもほくほく!
玉ねぎトロットロ!
キャベツってこんなに甘かったっけ!?
「スープも美味しいっ。五臓六腑に沁みわたるぅ~!」
野菜の旨味が凝縮してるってやつですね!
焼き立てパンをひたして食べると、幸せすぎてもはや笑いしか出てこない。
ひとり大騒ぎしている私と違い、旦那様はいつも通り上品にスプーンを口に運んでいる。しかしその表情は至極満足げだ。
「はあぁ……。お代わりしよ。シリル様、また作ってくださいねっ」
「ああ」
旦那様はこっくり頷く。やたっ!
結局二回お代りして、めでたくお鍋はカラとなった。満腹のお腹を撫でて、私はしみじみと満ち足りたため息をつく。
料理上手な旦那様を持って、私ってばなんて幸せ者なんでしょう!?
 




