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第3話 勇気を出して伝えてみよう!

 ――その身の内から発されるのは、とんでもない威圧感。


 完全に足がすくんで動けなくなってしまった。

 男に弁解しようにも、喉がひりついて声すら出せない。


 放心しながらも目の前に立つ男をまじまじと観察する。

 青みがかった美しい銀髪に、冴え冴えとした碧い瞳。それからそれから――


(……顔色わっる)


 我ながら呑気だとは思うけれど、最初に出てきた感想がそれだった。


 だって、血の気が感じられないぐらい青白いのだ。

 完璧に整った端正な顔立ちを、額に縦線が入ったような顔色が台無しにしている。プラスマイナスゼロ……どころか完全にマイナス。


 眉間に寄せたシワもひどい。そして目の下も真っ黒い。ちゃんと寝てますか?と尋ねたくなるレベルだ。


 全体的に、迫力がすごい割に存在感が薄い気がする。……いや、存在感ではなく生気が薄いのかも。


 呆けたように黙り込んでいる私を見て、男がぐぐっと眉間のシワを深くする。


「――まともに口をきくことすら出来ないのか?」


 侮蔑するような口調で問われ、慌てて意識をこの場に戻した。ごくりと生唾を飲み込む。

 口を開こうとした私を制するように、小刻みに震えるローズが男の前に進み出た。


「……ち、違うのです、閣下。この、子は――」


 か細い声で訴えようとするローズを、今度は私が引っ張り背中に庇う。私のために、大切な友達に無茶をさせるわけにいかない。


 震える体を叱咤して、すうぅっと大きく息を吸い込んだ。


「申し訳ありませんっ! 私はぁっ、生活魔法が使えないんですぅっ! なにせっ魔力がゼロですからあああああっ!?」


 自分でもビビるほどの大声が出た。


 いや私よ、相手は耳の遠いおじいさんじゃないんだからさ……?


 選手宣誓のような私の雄叫びに驚いたのだろう、ダイニングからバタバタと町長夫妻とライラさんが飛び出してくる。


 魔力ケトルを片手に足を踏ん張る私を見て、一同は即座に事情を察したらしい。

 氷の魔法士団長に負けず劣らず蒼白になりながら、町長が勢いよく頭を下げた。


「――申し訳ありません、閣下っ! その娘は骨惜しみしない働き者なのですが、いかんせん一切の魔法が使えないのです。どうかご容赦くださいませっ」


 慌てて私達も町長に続き、全員で深々と頭を下げる。

 あああ、雇主と友達と先輩に迷惑をかけてしまったぁー!


「――ほう。魔力がゼロ、ですか。なかなか珍しい人間ですね?」


 笑みを含んだ涼やかな声が聞こえてきて、私達は弾かれたように顔を上げた。


 ゆったりとこちらに歩み寄って来るのは、氷の魔法士団長の副官さんである。

 真っ黒な墨のようにつややかな長髪を、首の後ろでひとつにくくっている。切れ長の目の、柔らかい物腰の美人さんだ。


 彼は小首を傾げると、いたずらっぽく微笑んだ。


「廊下で議論するのも何ですし、ダイニングに戻りませんか? ――そちらの下働きのお嬢さんもご一緒に」


 にこやかな割に、なんだか有無を言わせない雰囲気だ。

 無言で頷いた私達は、ぞろぞろとダイニングへと移動する。チラリと氷の魔法士団長に目をやると、彼は眉をひそめて私を見ていた。


「――さて。それでは、お嬢さんにはこれを差し上げましょう」


 ダイニングに着いた瞬間、副官さんはくるりと振り返り、胸元のポケットからガラスの小瓶を取り出した。

 怖々受け取って目の高さに持ち上げると、黄みがかった液体が入っている。


「……ヴィンス。何の真似だ?」


 氷の魔法士団長が不機嫌そうにぼそりと呟く。冷めた目で副官さんを見やった。


「泊めていただくお礼ですよ。……それに、死ぬまで生活魔法すら使うことが出来ないというのは、ね。彼女が可哀想じゃないですか」


 ……うぅん、哀れまれる筋合いでもないんだけどな。


 戸惑いながらも、手の中の小瓶をじっと眺める。副官さんの話から推測するならば、恐らくコレは――


「ええ、魔力補充薬です。それを飲めば、生活魔法程度でしたら簡単に使えますよ」


 にっこりと微笑む。


 魔力補充薬というのは、その名の通り魔力を「補充」するための薬である。決して「回復」させるためのものではない。


 魔力というのは、食事や睡眠など、きちんと休養を取ることで自然回復するものらしい。

 補充薬とはその摂理を無視して、服用した者に上限以上の魔力を与える薬だ。これを飲めば、魔力のない私でも、その身に魔力を溜め込むことができる。


「……あの、でも。コレって高価なんですよね? 私のような庶民が使うには、もったいないような」


 しどろもどろになって反論するが、副官さんは気にした風もなく私から瓶を奪い返した。きゅぽっと蓋を開け、流れるように私に手渡す。


「さあ、どうぞどうぞ」


「…………」


 何気に押しの強い副官さんから機嫌よく促され、さすがの私も観念した。


 一生の思い出として、一度くらい生活魔法を使ってみてもいいかもしんない。

 元・日本人の私としては、やっぱり魔法に対する憧れもあるし。いえ、生活魔法なんて地味なもんですけども。


 深呼吸して、小瓶を唇に当てる。そのまま一気に飲み干した。

 ローズも町長たちも、固唾を呑んで見守っている。


「……いかがです?」


 副官さんからわくわくした表情で尋ねられ、私は大きく頷いた。感謝の気持ちを込めて、満面の笑みで彼を見上げる。


「まったりとしてコクがあると思います!」


 氷の魔法士団長を除く全員が、だああっと崩れ落ちた。……はれ?


「――誰が味の感想なんか聞いてっ……コホン」


 甲高い声で激高しかけた副官さんが、取り繕うように咳払いをする。

 町長は困ったように眉を下げ、おずおずと進み出た。


「……ミア。せっかくのご厚意なのだし、生活魔法を試してみなさい。魔石に手をかざして念じるだけでいい」


 魔動製品にはすべて魔石が埋め込まれており、魔石に魔力を補充することで働くのだ。


 町長にうながされるがまま、私はおずおずとケトルの魔石に手を当てた。

 深呼吸して、己の魔力を魔石に流し込むようイメージする。


(……ふぬぬ~! 魔力さん、どうかケトルを動かして……!)


 お湯が、お湯が必要なんです!


「…………」


「…………」


「…………?」


 おかしい。


 魔力が充填された瞬間、魔石は淡い燐光を放つはず。それなのに、ケトルの魔石はちっとも光らない。


「……壊れてるんじゃないかしら?」


 困ったように呟きながら、ライラさんが今度はハンディ掃除機を取って来てくれた。


(……ふんぬぐぅー……!)


「…………」


 それから。


 洗濯機、冷蔵庫、魔力レンジ、エトセトラ。


 やっとトイレから出てきたマシューおじさんも合流し、町長宅をぞろぞろと移動しながら試したけれど、どれもダメ。スタート地点のダイニングまで戻って来た。


 ちなみに氷の魔法士団長はひとりダイニングで留守番していた。お帰りと言うでもなく、先程と変わらず直立不動の姿勢のまま、無言で私達を見やる。


「――まさか、家中の魔動製品が壊れているとは」


「壊れる時は一気に壊れるって言いますものねぇ、あなた」


「……いや、そんな訳ないでしょう!!」


 沈痛な顔で頷き合う町長夫妻を、副官さんが噛み付くように怒鳴りつけた。

 額に青筋を立てて、不快げに私に視線を移す。


「あなたは、一体何なんです? 魔力補充薬が効かないなんて――」


「どけ、ヴィンス」


 それまで無表情に腕を組んで突っ立っていた氷の魔法士団長が、副官さんを押しのけて大股に近付いてきた。慌てて私も姿勢を正す。


「……娘。これを見ろ」


 突然目の前に手の平をかざされた。

 ぽかんとして見入っているうちに、その手はみるみる青白い光を放ち出す。


「――シリル!? 何をっ……!!」


 副官さんが顔色を変えて怒鳴った。


 氷の魔法士団長は、そんな彼を一顧だにせず。

 光り輝くその手を、私の額に強く押し当てた。

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