第38話 身分違いは駄目なのですか?
気が付けば、通行人の皆様から思いっきり野次馬されていた。
考えてみれば当然である。
天下の魔法士団長に、真っ赤な顔をした女がわめいているのだ。そりゃあ面白い見世物でしょう……。
焦った私は旦那様の腕を引き、目についたカフェへと緊急避難した。
慌てふためく私とは対照的に、旦那様はやっぱり面白がっている様子だった。歩き方までのんびりしていたし。
店員さんが持ってきてくれた水を一気に飲み干して、私は向かいに座る旦那様をチラ見する。
悠然とメニュー表を眺める旦那様は、なんだかとっても機嫌が良さそう。
(……本当、わかるようになってきたなぁ……)
思わず苦笑してしまう。
見た目は同じ無表情でも、嬉しそうだったり怒っていたり、面白がっていたり拗ねていたり。意外と感情豊かな人だと思う。
ぼんやり見つめていると、旦那様がふっと顔を上げた。ドキリとして姿勢を正す。
「――決まったか」
「ああ、はいっ。えぇと、えぇと……。ミルクティーとケーキにします!」
店員さんを呼び、オススメだというケーキを頼んでみた。たくさん歩いて焦りまくって、お腹も減ってきたことだしねー。
「シリル様は、飲み物だけ?」
「別に空腹じゃないからな」
甘い物も嫌いだもんなぁ。
納得しつつ、もう一度じっくりメニュー表を確かめる。
ふんふん。
本格的な食事は無くて、ケーキは三種類。飲み物は紅茶からハーブティーまで揃っていて、かなり充実、と……。
「……まだ何か頼むのか?」
「あ、違うんです!」
怪訝そうな旦那様に笑ってみせる。
「ジルさんが、カフェ好きだから。どんな感じだったか報告しようかなーって」
将来カフェを開くのがジルさんの夢なのだと話すと、旦那様は目を瞬かせた。しばし黙り込み、窓の外へと視線を移す。
「……そういう話を、今まであいつとした事は無かったな。俺が幼少の頃から、仕えてくれているんだが」
ぽつりと呟く旦那様に驚いて、私は目を丸くした。
「なら、今度聞いてあげたらジルさんも喜ぶと思いますよ。ジルさん、王都のカフェにすっごく詳しいんです。お菓子作りも上手だし……」
熱弁していると、旦那様がふと眉をひそめた。
視線が私の背後に向けられていたので、私も反射的に振り返る。
「…………」
若い男の人が、顔を強ばらせてこちらを凝視していた。
こざっぱりとした服装で、見た目だけなら学生さんのようだ。炎のような赤い髪と瞳に見惚れていると、不意に不愉快そうに見下ろされた。
「へっ……?」
思わずのけぞる私をひと睨みして、赤髪さんは旦那様に頭を下げる。
「――こんにちは、団長。こんな所でお会いするとは、奇遇ですね?」
皮肉げに口角を上げる彼に、旦那様は淡々と頷いてみせた。
「ああ。――ラルフ、お前も休みだったか」
***
「魔法士団所属、ラルフ・ダイアーと申します。どうぞお見知りおきを、奥方様?」
「あっ、私はミアと言います! こちらこそ、よろしくお願いします!」
ラルフさんが同席を申し出たため、私は旦那様の隣に移り、ラルフさんに席を空けた。
自己紹介を済ませた後は、ラルフさんは一切私に話しかけてこない。私は顔に笑みを貼り付けたまま、旦那様とにこやかに話すラルフさんを観察した。
たらり、と背中を冷や汗が流れる。
(……うん。気のせいじゃなく……)
時折私に向けられるラルフさんの目は、侮蔑の光を宿していた。
メラメラと燃えるような怒りも感じる……。
表面上は平静を装って、私はミルクティーのカップを手に取った。
……あ、ヤバい。
ミルクティーの水面すっごい揺れてるぅ。
飲むのは諦めて、ティーカップをソーサーに戻す。
今までそれなりに苦労して生きてきたつもりだけれど、ここまで真っ正面から悪意をぶつけられた経験はない。しかも、初対面の相手から。
頭の中はパニックで、もはや顔すら上げられなかった。
膝の上に置いた手を握り締めていると、それまで無言だった旦那様が動いた。私の目の前にあるケーキの皿を、自分の側に引き寄せたのだ。
ぽかんと見守る私に構わず、旦那様は優雅な所作でフォークを使い、ケーキをひとくち大に切り分けていく。ひとかけらをフォークに突き刺すと、添えられているクリームをたっぷり付けて持ち上げた。
「……? シリルさ……むぐっ」
旦那様が食べるのかと思いきや、問答無用でケーキを口に突っ込まれた。
えっ?
コレはもしや、「はい、アーン」ってやつですか!?
「ちょっ、シリル様……むぐぐっ」
赤面する間もなく、ふたくち目を追加される。
や、まだ咀嚼してな……!
混乱しつつもマッハで口を動かし飲み込むと、さらに次を突っ込まれた。早い早い早いっ!
怒涛の勢いでケーキを食べさせる旦那様に、私は付いていくだけで必死だった。決死の覚悟でケーキを飲み込みながらも、頭の片隅では冷静にひとつの結論に達する。
(……間違いない……っ)
これ、親鳥のヒナへのエサやりだぁー!!
絶対甘い雰囲気のアレと違ーう!!
味わう余裕もなくケーキを完食すると、旦那様はすかさず私のティーカップを手に取った。そうはさせじと、慌てて私はカップを奪い返す。自分で飲めます、飲めますともっ!
涙目になってミルクティーを飲む私の隣で、旦那様はひたとラルフさんを見つめた。それまで茫然とエサやり風景を眺めているだけだったラルフさんが、ビクリと肩を揺らす。
旦那様は静かに口を開いた。
「――ミアは、俺の妻だ。侮辱するならば、これ以上お前と同席させるつもりは無い。……帰るぞ」
最後の台詞は私に言って、叩きつけるようにテーブルにお金を置く。腕を引かれ、私も慌てて旦那様に従った。
「……っ。待ってください、団長!」
椅子を蹴倒す勢いで立ち上がったラルフさんが、私をきつく睨みつける。つかつかと私達に歩み寄ると、険しい顔で私と旦那様を見比べた。
「その娘は、平民でしょう? 失礼ですが、団長はただでさえ――……」
「母親が平民だから侮られている、か? それがどうした。身分などどうでもいい。俺は――」
掴まれた腕に力が込められ、私は驚いて旦那様を見上げる。旦那様も、凪いだ瞳で私を見返した。
「俺は、何があろうとミアを手放す気は無い。差し出口は許さん」
冷たく言い放ち、旦那様は今度こそ踵を返す。カフェの出口で振り返ると、ラルフさんは蒼白な顔で立ち尽くしていた。




