第37話 穴があったら入りたいです!
三軒目の雑貨屋さんで、それを見つけた。
「――可愛いっ」
フェルト生地で出来た、こぶし大くらいのクマのぬいぐるみ。首には赤いリボンを巻いている。
「いかがですか? 邪魔にならない大きさだから、玄関やリビングに飾っても素敵だと思いますよ」
店員さんが旦那様の方を見ないようにしながら、にこやかに勧めてくれる。……三軒目にして、ようやく話しかけてもらえたよ……!
熱心にぬいぐるみを観察する私を見て、旦那様が不思議そうな顔をした。
「……それを、学院で使うのか?」
旦那様の言葉にはっとして、慌ててクマを棚に戻す。そうだそうだ、実用的なものを探していたんだった。
……でも、可愛い。
アビーちゃんに似合いそう。
やっぱり諦めきれず、再びクマを手に取って思案する。
「うぅん……。……あっ、紐を縫い付けて、キーホルダーみたいにしたらどうでしょう? そしたら通学カバンに付けられるし!」
そういえば、こちらの世界ではぬいぐるみのキーホルダーは見たことがない。縫い物には自信がないけれど、アビーちゃんが持ち歩いてくれたら嬉しいし、挑戦してみようかな。
よし、と私は大きく頷く。
「これにしますっ」
「はい、ありがとうございます! そういう事でしたら、箱と包装紙は別にしてお付けしますね」
手芸屋さんの場所まで教えてくれた親切な店員さんに見送られ、意気揚々と店を出た。
隣を歩く旦那様をそっと見上げる。
朝みたいに顔色は悪くなさそうだけれど。
「シリル様、疲れてないですか? たくさん付き合わせちゃってごめんなさい」
「別に構わない。……こんな風に王都を歩く事は無いしな」
私はきょとんと目を丸くする。
王都に来たばかりの私と違って、旦那様は王都で暮らしているのに。考え込んでいると、旦那様は胡乱げに私を見下ろした。
「……俺が、雑貨店に縁があるとでも?」
「――ああ! ……じゃあ、手芸屋さんなんか、もっと縁がないですね」
思わずクスクス笑ってしまう。
旦那様と手芸屋さん、ミスマッチで面白いかも。
想像すると楽しくなってきて、旦那様の腕をぐいぐい引っ張った。
***
「うわぁ、綺麗な紐がいっぱい……! どれにしようかな。リボンに合わせて赤い色? シリル様、どれがいいと思います?」
「薄い色」
「シンプルがいいってことですねー」
旦那様の端的な返答に、私はうんうんと頷く。
確かにメインはクマなんだし、目立たない色の方がいいのかも。あれこれ悩んだ末に、淡い黄色の編み紐を選び出した。
「よろしければ、あちらの作業台をお使いください。お客様用に開放しているんですよ」
手芸屋のお姉さんから案内されて、小さな作業台へと移動する。針と糸も貸してくれるそうなので、早速紐を縫い付けることにした。
「…………っ!」
ぷるぷるぷる。
最初の難関。
針に、糸が通らない……!
もたもたする私に痺れを切らしたのか、「貸してみろ」と旦那様が私から針と糸を奪い取った。あっさりと糸を通してしまう。
「ありがとうございます! じゃあ、早速紐を――」
紐を、紐を――
……どの辺に縫い付けたらいいですかね?
下手な場所に縫ったら安定が悪くなりそう。
失敗して、ぬいぐるみに穴だけ開ける事態は避けたい。
頭を抱え込む私を、旦那様が呆れたように眺めた。クマを手に取り、目の高さに持ち上げる。
「……左右対称にする必要があるだろう。なら、この辺りで――」
「お願いしますっ。ハイ針と糸!」
己のチャレンジ精神よりも、出来上がりの美しさを取ることにした。つまりは、手先が器用そうな人に丸投げ。
断られるかと思ったが、案に相違して旦那様は真剣な表情でクマを見つめる。鋭く瞳を光らせて、一気呵成に針を突き刺した。
「――おおおっ!!」
「…………」
拍手する私の方は見ずに、何度か針を往復させて紐をしっかりと縫い留める。紐を掴んでクマを持ち上げてみると、重心が傾くことなく見事な出来栄えだった。
旦那様は無表情に頷き、それから小さく首を傾げた。
「……で。この糸はどうすればいいんだ」
「あっ、玉止めするんです! やり方は――……」
やり方は。
……私、自己流なんだよな。
最後の最後で失敗するわけにはいかない。
困り果てていると、恐る恐るといった様子で手芸屋のお姉さんが近付いてきた。
「あのう……。玉止めは、まず……針を押さえまして……」
震える声で、旦那様に話しかける。
なんて優しい店員さん……!
感動に打ち震える私の隣で、旦那様は店員さんの指示に従い、黙々と縫い物を仕上げた。その横顔はやはり真剣そのもので、もしかしたら細かい作業が好きなのかもしれない。
微笑ましく見守っていると、不意に店員さんの様子が変わっている事に気が付いた。
うっすらと口を開けて、熱のこもった瞳で旦那様を見つめている。――なんか、見惚れてる……みたいな……。
「…………」
そう、だよね。
旦那様は格好良いし。出会った頃とは見違えるぐらい、顔色も肌荒れも良くなったし。今は縫い物に集中してて、なんなら可愛いくらいだし……。
でも。
なんか、こう。
(……胸が、モヤモヤする……)
さっきまで沸き立っていた気持ちが急にしぼんで、私はぼんやりと二人を見比べた。
店員さんが隔てなく旦那様に声を掛けてくれるのは、本来喜ばしい事のはずだ。
王族というレッテルで遠巻きにされていた旦那様が、王都の人々と交流できるようになれば、どんなに素晴らしいことだろう。
――それなのに、私はそれを喜べない。
最低最悪な結論に達して、自己嫌悪に陥ってしまう。
うつむく私の隣で、玉止めに成功した旦那様が余分な糸をパチリと切り落とす。編み紐をつまみ、満足げにクマを持ち上げた。
「……できた」
そっとクマを近付けられ、私は慌てて意識をこの場に戻す。ぷらぷら揺れるクマが可愛くて、落ち込みながらも笑みがこぼれた。
「すごいですっ。さすがはシリルさ――……。……私の、旦那様」
……ん?
私……。今、なんて言った?
我に返り、頬が一気に熱くなる。
ひゅっと息を吸い込むと、目を瞬かせる旦那様の腕を引っ掴み、私は勢いよく立ち上がった。
「――お姉さんっ。教えてくださってありがとうございましたっ。それでは失礼します!」
唖然としている店員さんに頭を下げて、逃げるように店を出る。さっきの自分が恥ずかしすぎて、バクバクいう心臓を押さえた。
あれじゃあ、まるで。
旦那様は私のだって……威嚇、したみたい。
(……って子供じゃないんだから!)
なんであんなこと言っちゃったんだろ!
うがぁと悶える私を、旦那様が真顔で覗き込んだ。
「さすがは……何だと?」
「――ちゃんと聞こえてたくせに、聞き返さないでくださいっ」
自分でも顔が真っ赤になっているのがわかる。
思いっきり睨みつけると、旦那様は面白がるように目を細めた。
「いや。聞こえなかった」
「もおぉっ! 言葉が勝手に口から出たんですっ。なんだか変になってたんですっ!」
道行く人が何事かと振り返る中、地団駄を踏む私であった。




