表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/99

第34話 人生イロイロあるようです!

「お帰りなさいシリル様! 今日、今日っ! ヴィンスさんてば、なんと愛の告白をされたんですよっ」


「お帰りシリル! 大変よ! アタシ……アタシッ! なんと殺人予告されちゃったのよォ!?」


 旦那様は上着を脱ぎかけた手を止めて、胡乱な表情で私とヴィンスさんを見比べた。

 しばし考えるように黙り込み、私を見つめて静かに頷く。


「……そうか。奇特な人間も居たものだ」


「ちょっと待てぃっ! なんでアタシじゃなくてミアを信じるのよッ!?」


 わめき出すヴィンスさんを押しのけて、私は「そうなんですっ」と旦那様に詰め寄った。興奮のあまり旦那様の手を握り、その時の状況を熱く解説する。


 思いを伝えるだけ伝えて、返事も聞かずにそっと退出したエマさん。

 彼女は「再会できて嬉しい」と寂しげに微笑んでいた。けれど、その陰ではきっと涙をこぼしていたに違いない――……


「――って違ぁうッ! あれは嘲笑っていたのよっ。アタシは確かに『()ったらぁ』っていう殺意を感じたわっ」


「私は愛情を感じましたっ」


「アンタに恋愛の何がわかる!?」


 えー。

 私にだってわかるもんー。


 ぶうとむくれていると、旦那様が私の頭をぽんと叩いた。うながすように肩を抱かれ、三人でぞろぞろ食堂へと移動する。


 夕食はヴィンスさんの独壇場であった。


 子供の頃から何度もエマさんと剣の稽古をしては負けたこと。

 口喧嘩ですら勝てたためしが無いこと。

 エマさんの口が悪いのは昔からであること。


 身振り手振りで熱く語る。


「へえぇ……。ヴィンスさんより、エマさんの方が強いんだぁ」


 目を丸くする私に、旦那様がきっぱりと首を振った。


「それは無い。ヴィンスの剣の腕は相当だ。……手加減しただけだろう」


 その内容にまた驚いていると、ヴィンスさんが嬉しそうに身をくねらせる。頬に手を当てて、でれでれと笑み崩れた。


「やぁだ、シリルってばぁ~。もっと褒めて~」


「…………」


 旦那様は冷たい瞳でヴィンスさんを睨むと、私へと視線を移した。


「よって、殺人予告は放置して問題無い。以上」


「ですねっ。そもそも愛の告白だったし!」


「放置しないで!? なんって友達甲斐のないヤツらなのッ!?」


 頷き合う私と旦那様を絶望的な表情で眺め、ヴィンスさんがぎゃあぎゃあとわめき出す。


 軽く耳を塞ぎながら、私は小さく首を傾げた。

 エマさんが怒っているのは、ヴィンスさんがエマさんに何も告げずに家を出たから。つまり、きちんと話していれば問題なかったわけだ。


「きっと、エマさんはちょっぴり拗ねてるだけだと思うんです。今からでも話し合えば大丈夫ですよ!」


「…………」


 ヴィンスさんは思いっきり眉をひそめ、急に思い出したようにナイフとフォークを手に取った。そのまま返事もせずに、猛然と食事を取り始める。


 ありゃ~。

 家出について、よっぽど話したくないのかな?


 困り果てていると、旦那様が給仕の執事さんを呼び寄せた。小さく何事か命じると、執事さんは即座に美しいグラスをふたつ持って来た。


 グラスに真っ赤な液体をトクトクと注ぐ。


 これってもしや――……


「お酒ですかっ? シリル様、私もひとくち飲みたいです!」


「却下だ」


 にべもなく断られた。


 くうぅっ。

 前世と合わせたら、私だってもう成人してるハズなのに!


 悔しがる私をよそに、旦那様とヴィンスさんは軽くグラスを持ち上げて乾杯する。さりげなく私も空のコップを持って参加してみた。華麗にスルーされたけど。


 ヴィンスさんはグラスを口に運ぶと、物憂げなため息をつく。

 たったひとくち飲んだだけで、みるみるうちに真っ赤になった。瞳を潤ませ、苦しそうに顔を歪める。


「あぁ……っ。別荘で出会った王女殿下の側仕えが、『エマ』だと聞いた時点で気付くべきだったわ……! ミアがあんまり褒め称えるから、あの毒舌いじめっ子と結びつかなかったのよ……」


 わぁっと泣き伏すヴィンスさんを、旦那様が無表情に……もとい、面倒くさそうに見下ろした。

 ヴィンスさんとは対照的にぐいぐい杯を重ねながら、おざなりな感じで口を開く。


「そもそも、なぜ家出した」


「もう何度も話したでしょっ! 家を継ぎたくなかったからよっ」


「なぜ継ぎたくない」


「剣術は好きだけど、一生の仕事にするほどの情熱はなかったから! これも前に言ったわよ!」


 旦那様の熱のない問いかけに、ヴィンスさんは泣いたり怒ったりしながら律儀に答えていった。


(……なるほど)


 私は二人の会話に黙って耳を傾けつつ、そっと旦那様の顔を窺う。旦那様は私に小さく頷きかけた。


 私達の様子には気付かずに、ヴィンスさんは手酌でお酒をドボドボそそぐ。全く顔色を変えない旦那様の尋問のお陰で、私にも事情があらかた飲み込めてきた。


 ヴィンスさんは女ばかりが三人続いた後の待望の嫡男で、当主であるお父さんの期待を一心に受けて育ったという。


「とにかく、とにかく厳しいクソ親父だったわっ。良い思い出なんかありゃしないっ。強くあれ、逞しくあれ、男は黙って丸刈りだー!ってアンタはハゲてるだけだろぉー!」


 ヒック、としゃっくりしながらヴィンスさんは毒づいた。とうとう瓶からラッパ飲みを始めてしまったので、慌てて酒瓶を奪い取る。


 ヴィンスさんは血走った目で私を睨むと、再び鼻をすすって泣き出した。


「兄弟子がいたのよ……。アタシよりも強くって、でも温厚で優しくって、他の弟子達からも人望があって……」


 剣術への熱意並々ならぬその兄弟子さんこそ、ノーヴァ流を継ぐに相応しい人物だとヴィンスさんは考えた。考えたものの、赤の他人が伯爵家を継げるはずはない。


「そんな時よ。兄弟子と、アタシのすぐ上の姉が好き合ってると知ったのは。……嬉しかったわ。彼が婿養子に来てノーヴァ伯爵家を継げばいい。それこそが、全員幸せになれる道だって――」


 思ったものの。


 ヴィンスパパ、案の定大激怒。

 親子ゲンカはこじれにこじれ、ノーヴァ家の皿という皿が割れる事態となったらしい。


「……なんで、お皿が割れるんです?」


「ノーヴァ流には皿投げの極意もある」


 こっそり問いかけた私に、旦那様が大真面目な顔で告げる。……絶対嘘だ。最近わかるようになってきたんですからね?


「――と、いうワケで。アタシは十八のとき家を出たの。姉と兄弟子は結婚して子供も生まれたけど、クソ親父はいまだに納得してないわ。ノーヴァ伯爵家の跡継ぎは保留状態のままよ」


 グラスに残ったお酒を一気に飲み干して、ヴィンスさんは完全に据わった目で締めくくった。


 大体わかったけれど、残る疑問があとひとつ。


「……ちなみに、女言葉を使い出した理由は……?」


 上目遣いに尋ねてみると、ヴィンスさんは気取った仕草で髪をかき上げた。


「親父の崇拝する『男らしさ』の対極を追求した結果ね。しゃべり方だけじゃないわ。うるつや肌にサラサラ美髪、そして細やかさあふれる心ばえ――。フッ、アタシってば何て完璧美人なの」


「…………」


 聞けば、かつてのヴィンスさんは短髪ムキムキ、日焼けによる肌荒れも酷かったそうな。


 家出はしたものの、ヴィンスさんは年に一度は休暇を取って里帰りしているらしい。お父さん以外の家族とは仲が良いし、お父さんに今の自分を見せつけるためでもあるそうだ。


 当初は卒倒し血管が切れかけていたヴィンスパパも、年々美しくなる息子を前にして、だんだんと怒る気力も失せてきたらしい。


「恐らく、陥落は近いわね。なんだかんだで孫は可愛がってるし」


 クックックッと含み笑いするヴィンスさんに、心の底から感心して大きく拍手した。


 世の中、粘り勝ちってあるんだなー。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ