第34話 人生イロイロあるようです!
「お帰りなさいシリル様! 今日、今日っ! ヴィンスさんてば、なんと愛の告白をされたんですよっ」
「お帰りシリル! 大変よ! アタシ……アタシッ! なんと殺人予告されちゃったのよォ!?」
旦那様は上着を脱ぎかけた手を止めて、胡乱な表情で私とヴィンスさんを見比べた。
しばし考えるように黙り込み、私を見つめて静かに頷く。
「……そうか。奇特な人間も居たものだ」
「ちょっと待てぃっ! なんでアタシじゃなくてミアを信じるのよッ!?」
わめき出すヴィンスさんを押しのけて、私は「そうなんですっ」と旦那様に詰め寄った。興奮のあまり旦那様の手を握り、その時の状況を熱く解説する。
思いを伝えるだけ伝えて、返事も聞かずにそっと退出したエマさん。
彼女は「再会できて嬉しい」と寂しげに微笑んでいた。けれど、その陰ではきっと涙をこぼしていたに違いない――……
「――って違ぁうッ! あれは嘲笑っていたのよっ。アタシは確かに『殺ったらぁ』っていう殺意を感じたわっ」
「私は愛情を感じましたっ」
「アンタに恋愛の何がわかる!?」
えー。
私にだってわかるもんー。
ぶうとむくれていると、旦那様が私の頭をぽんと叩いた。うながすように肩を抱かれ、三人でぞろぞろ食堂へと移動する。
夕食はヴィンスさんの独壇場であった。
子供の頃から何度もエマさんと剣の稽古をしては負けたこと。
口喧嘩ですら勝てたためしが無いこと。
エマさんの口が悪いのは昔からであること。
身振り手振りで熱く語る。
「へえぇ……。ヴィンスさんより、エマさんの方が強いんだぁ」
目を丸くする私に、旦那様がきっぱりと首を振った。
「それは無い。ヴィンスの剣の腕は相当だ。……手加減しただけだろう」
その内容にまた驚いていると、ヴィンスさんが嬉しそうに身をくねらせる。頬に手を当てて、でれでれと笑み崩れた。
「やぁだ、シリルってばぁ~。もっと褒めて~」
「…………」
旦那様は冷たい瞳でヴィンスさんを睨むと、私へと視線を移した。
「よって、殺人予告は放置して問題無い。以上」
「ですねっ。そもそも愛の告白だったし!」
「放置しないで!? なんって友達甲斐のないヤツらなのッ!?」
頷き合う私と旦那様を絶望的な表情で眺め、ヴィンスさんがぎゃあぎゃあとわめき出す。
軽く耳を塞ぎながら、私は小さく首を傾げた。
エマさんが怒っているのは、ヴィンスさんがエマさんに何も告げずに家を出たから。つまり、きちんと話していれば問題なかったわけだ。
「きっと、エマさんはちょっぴり拗ねてるだけだと思うんです。今からでも話し合えば大丈夫ですよ!」
「…………」
ヴィンスさんは思いっきり眉をひそめ、急に思い出したようにナイフとフォークを手に取った。そのまま返事もせずに、猛然と食事を取り始める。
ありゃ~。
家出について、よっぽど話したくないのかな?
困り果てていると、旦那様が給仕の執事さんを呼び寄せた。小さく何事か命じると、執事さんは即座に美しいグラスをふたつ持って来た。
グラスに真っ赤な液体をトクトクと注ぐ。
これってもしや――……
「お酒ですかっ? シリル様、私もひとくち飲みたいです!」
「却下だ」
にべもなく断られた。
くうぅっ。
前世と合わせたら、私だってもう成人してるハズなのに!
悔しがる私をよそに、旦那様とヴィンスさんは軽くグラスを持ち上げて乾杯する。さりげなく私も空のコップを持って参加してみた。華麗にスルーされたけど。
ヴィンスさんはグラスを口に運ぶと、物憂げなため息をつく。
たったひとくち飲んだだけで、みるみるうちに真っ赤になった。瞳を潤ませ、苦しそうに顔を歪める。
「あぁ……っ。別荘で出会った王女殿下の側仕えが、『エマ』だと聞いた時点で気付くべきだったわ……! ミアがあんまり褒め称えるから、あの毒舌いじめっ子と結びつかなかったのよ……」
わぁっと泣き伏すヴィンスさんを、旦那様が無表情に……もとい、面倒くさそうに見下ろした。
ヴィンスさんとは対照的にぐいぐい杯を重ねながら、おざなりな感じで口を開く。
「そもそも、なぜ家出した」
「もう何度も話したでしょっ! 家を継ぎたくなかったからよっ」
「なぜ継ぎたくない」
「剣術は好きだけど、一生の仕事にするほどの情熱はなかったから! これも前に言ったわよ!」
旦那様の熱のない問いかけに、ヴィンスさんは泣いたり怒ったりしながら律儀に答えていった。
(……なるほど)
私は二人の会話に黙って耳を傾けつつ、そっと旦那様の顔を窺う。旦那様は私に小さく頷きかけた。
私達の様子には気付かずに、ヴィンスさんは手酌でお酒をドボドボそそぐ。全く顔色を変えない旦那様の尋問のお陰で、私にも事情があらかた飲み込めてきた。
ヴィンスさんは女ばかりが三人続いた後の待望の嫡男で、当主であるお父さんの期待を一心に受けて育ったという。
「とにかく、とにかく厳しいクソ親父だったわっ。良い思い出なんかありゃしないっ。強くあれ、逞しくあれ、男は黙って丸刈りだー!ってアンタはハゲてるだけだろぉー!」
ヒック、としゃっくりしながらヴィンスさんは毒づいた。とうとう瓶からラッパ飲みを始めてしまったので、慌てて酒瓶を奪い取る。
ヴィンスさんは血走った目で私を睨むと、再び鼻をすすって泣き出した。
「兄弟子がいたのよ……。アタシよりも強くって、でも温厚で優しくって、他の弟子達からも人望があって……」
剣術への熱意並々ならぬその兄弟子さんこそ、ノーヴァ流を継ぐに相応しい人物だとヴィンスさんは考えた。考えたものの、赤の他人が伯爵家を継げるはずはない。
「そんな時よ。兄弟子と、アタシのすぐ上の姉が好き合ってると知ったのは。……嬉しかったわ。彼が婿養子に来てノーヴァ伯爵家を継げばいい。それこそが、全員幸せになれる道だって――」
思ったものの。
ヴィンスパパ、案の定大激怒。
親子ゲンカはこじれにこじれ、ノーヴァ家の皿という皿が割れる事態となったらしい。
「……なんで、お皿が割れるんです?」
「ノーヴァ流には皿投げの極意もある」
こっそり問いかけた私に、旦那様が大真面目な顔で告げる。……絶対嘘だ。最近わかるようになってきたんですからね?
「――と、いうワケで。アタシは十八のとき家を出たの。姉と兄弟子は結婚して子供も生まれたけど、クソ親父はいまだに納得してないわ。ノーヴァ伯爵家の跡継ぎは保留状態のままよ」
グラスに残ったお酒を一気に飲み干して、ヴィンスさんは完全に据わった目で締めくくった。
大体わかったけれど、残る疑問があとひとつ。
「……ちなみに、女言葉を使い出した理由は……?」
上目遣いに尋ねてみると、ヴィンスさんは気取った仕草で髪をかき上げた。
「親父の崇拝する『男らしさ』の対極を追求した結果ね。しゃべり方だけじゃないわ。うるつや肌にサラサラ美髪、そして細やかさあふれる心ばえ――。フッ、アタシってば何て完璧美人なの」
「…………」
聞けば、かつてのヴィンスさんは短髪ムキムキ、日焼けによる肌荒れも酷かったそうな。
家出はしたものの、ヴィンスさんは年に一度は休暇を取って里帰りしているらしい。お父さん以外の家族とは仲が良いし、お父さんに今の自分を見せつけるためでもあるそうだ。
当初は卒倒し血管が切れかけていたヴィンスパパも、年々美しくなる息子を前にして、だんだんと怒る気力も失せてきたらしい。
「恐らく、陥落は近いわね。なんだかんだで孫は可愛がってるし」
クックックッと含み笑いするヴィンスさんに、心の底から感心して大きく拍手した。
世の中、粘り勝ちってあるんだなー。
 




