表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/99

第33話 見解の相違ってやつですね!

「拾ってきた葉っぱは、まず表面の汚れを拭き取ります。アビーちゃん、好きな葉っぱを選んでねっ」


 綺麗に色付いた葉っぱは、まるっとした形で愛らしい。アビーちゃんは真剣な表情で一枚一枚手に取って、しげしげと観察している。


 可愛いなぁ、と和みながら、不穏な空気を放っている二人にチラリと視線を移す。

 しかめっ面なヴィンスさんに対して、エマさんは平常通りのふんわり笑顔。だが、ギスギスした空気は間違いなくエマさんからも発生していた。


「えっと……。ヴィンスさんとエマさんも選びます?」


 恐る恐る尋ねると、ヴィンスさんは紅茶のカップをソーサーに戻し、憎々しげに私を睨んだ。


「フン。結構よ」


「あら、わたくしは喜んで」


「クッ、ならアタシが先に選ぶわ!!」


「…………」


 あれから。


 王立学院の校庭で延々と睨み合う二人を、拝み倒して我が家に来てもらったのだ。

 授業中の生徒さん達が興味津々で窓から見物していたし、あのままだと確実に授業妨害になっていただろう。


 屋敷への帰途、集めた落ち葉を栞にするのだと自慢したら、アビーちゃんが興味を持ってくれた。

 帰り着いてすぐ応接間に移動して、栞作りを開始したのだ。


「――ミア姉様っ。わたし、これにしますっ。色が一番きれいだから!」


 アビーちゃんが頬を上気させ、小ぶりの葉っぱを得意気に示した。うんうん、と私はでれでれと頷いて、彼女の頭を撫で回す。


「じゃ、次はお二人が――」


「アタシこれにするわっ!」


 私が言い終わらないうちに、ヴィンスさんがパーンッと葉っぱを選んだ。おおっ、カルタ女王!?


 対照的に、エマさんはおっとりと手を伸ばす。いくつか見比べてから、「これにしますわ」と中ぐらいの葉を選び出した。


 ヴィンスさんはニヤリと笑うと、得意気に自身の選んだ葉を見せびらかす。


「フン、アタシの葉っぱが一番大きいわっ」


「でも、虫食いがありますわ。いかに図体だけ大きくとも――……」


 いったん言葉を切り、ヴィンスさんの手の中の葉っぱと、ヴィンスさんの顔とを意味ありげに見比べる。


瑕疵(かし)があっては、ねぇ。……あら、ごめんなさいませ。勿論、落ち葉のお話ですわ?」


「…………」


 さて、私は余った中からコレにしよう。


 ぷるぷる震えるヴィンスさんを見ないようにしながら、私も自分の葉っぱを確認する。

 ヴィンスさんのほどは大きくないけれど、虫食いひとつない立派な葉っぱである。私はほっと胸を撫でおろした。


「奥方様。アイロンをお持ちしました。それと、古雑誌と当て布ですね?」


「わっ、ありがとうございます!」


 執事のジルさんにお礼を言って、早速アイロンのスイッチを入れる。魔力は充分だったようで、アイロンはすぐに温まりだした。


「古雑誌は、アイロン台の代わりにしまーす。薄い布で葉っぱを挟むようにして……」


 低温のアイロンをそっと押し当てて、葉っぱの状態を確認する。そしてまたアイロンを当てて、少しずつ葉っぱを乾燥させた。


「――はいっ、これで冷ましたら出来上がりです! 分厚い葉っぱだから、このままで丈夫な栞になると思うよー」


 アビーちゃんは真剣な表情で頷くと、緊張したようにアイロンを持ち上げる。エマさんがサッとアビーちゃんに寄り添った。


「姫様。やけどに注意してくださいな」


「う、うん……」


 アビーちゃんのことはエマさんにお任せして、私はそっとヴィンスさんの隣に移動する。顔を覗き込むと、ヴィンスさんは重いため息をついた。


「……ゴメンね。態度悪くって」


「ううん、そんなのはいいんですけど。……ヴィンスさん、大丈夫?」


「んーん、あんまし。クソ親父の事を思い出して、暗い気持ちになってるわ」


 ……クソ親父?


 首を傾げる私に、ヴィンスさんはふっと苦笑する。


「アタシの生家……ノーヴァ伯爵家は、ノーヴァ流っていう剣術を使う武の家柄なの」


「えええっ!?」


 初耳情報に絶叫すると、ちょうどアビーちゃんの栞が完成したところだった。アビーちゃんからアイロンを受け取ったエマさんが、私達を見てにっこりと微笑む。


「そしてわたくしは、小太刀を使う流派を生み出した、ライリー男爵家の生まれですの。同じ武に生きる貴族として、ノーヴァ伯爵家とは昔から交誼を結んでおりましたのよ」


「へえぇ……」


 エマさんと小太刀という意外な組み合わせに、思わず感嘆の吐息をついてしまう。

 エマさんはさっさとアイロンを使うと、「ヴィンセント様の番ですわ」とアイロンを差し出した。ヴィンスさんがしぶしぶと立ち上がる。


 場所を譲ったエマさんとアビーちゃんが、私の近くに移動してきた。


「……年に一、二度、交流のためにノーヴァ伯爵領を訪れるのが慣例でしたの。ですから、ヴィンセント様とは幼少の頃より親しくしておりますわ」


「…………」


 ま、まあ。

 喧嘩するほど仲がいいっていうもんね……?


 私が苦笑いしていると、エマさんは低い声で何やら呟いた。聞き取れずに首を傾げると、エマさんはキッときつい目でヴィンスさんを睨みつける。


「十七の時、例年通りノーヴァ家を訪ねましたわ。ヴィンセント様はいらっしゃらなかった。……跡継ぎを放棄して、王都へ家出したんですわよね? わたくしに一言も無く」


「な、なんでアンタに断らないといけないのよ」


 しどろもどろになって反論するヴィンスさんに、エマさんは底冷えする視線を送った。

 勢いよく立ち上がると、ぽかんとしているアビーちゃんに優しく手を差し伸べる。


「姫様。栞もできたことですし、そろそろ王宮へ戻りましょう。――ごきげんよう、ミア様」


「はいっ。お気を付けてっ」


 直立不動の姿勢になって、扉へ向かう二人を見送った。

 扉を閉める直前、エマさんは射抜くような瞳でヴィンスさんを振り返った。


「――ご存知ですか、ヴィンセント様? ……愛と憎しみって、紙一重なんですって。ああ……。またお会いできて、とっても嬉しいですわ」


 どうぞ、月のない闇夜にお気を付けあそばせ?


 ふんわり笑顔で歌うように言い残し、扉は無情にバタンと閉まる。


 衝撃に息をするのも忘れていた私は、バクバクする心臓を押さえ、興奮してヴィンスさんを振り返った。


「ヴィンスさんっ。今の、今の――愛の告白ってやつですよねっ?」


 ヴィンスさんは蒼白な顔で私を見返し、ヒクヒクと口元を引きつらせた。すうっと息を吸い込む。


「――ンなワケあるかぁぁぁっ!! 今のはどこからどう聞いても殺人予告よぉぉぉぉぉっ!!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ