第33話 見解の相違ってやつですね!
「拾ってきた葉っぱは、まず表面の汚れを拭き取ります。アビーちゃん、好きな葉っぱを選んでねっ」
綺麗に色付いた葉っぱは、まるっとした形で愛らしい。アビーちゃんは真剣な表情で一枚一枚手に取って、しげしげと観察している。
可愛いなぁ、と和みながら、不穏な空気を放っている二人にチラリと視線を移す。
しかめっ面なヴィンスさんに対して、エマさんは平常通りのふんわり笑顔。だが、ギスギスした空気は間違いなくエマさんからも発生していた。
「えっと……。ヴィンスさんとエマさんも選びます?」
恐る恐る尋ねると、ヴィンスさんは紅茶のカップをソーサーに戻し、憎々しげに私を睨んだ。
「フン。結構よ」
「あら、わたくしは喜んで」
「クッ、ならアタシが先に選ぶわ!!」
「…………」
あれから。
王立学院の校庭で延々と睨み合う二人を、拝み倒して我が家に来てもらったのだ。
授業中の生徒さん達が興味津々で窓から見物していたし、あのままだと確実に授業妨害になっていただろう。
屋敷への帰途、集めた落ち葉を栞にするのだと自慢したら、アビーちゃんが興味を持ってくれた。
帰り着いてすぐ応接間に移動して、栞作りを開始したのだ。
「――ミア姉様っ。わたし、これにしますっ。色が一番きれいだから!」
アビーちゃんが頬を上気させ、小ぶりの葉っぱを得意気に示した。うんうん、と私はでれでれと頷いて、彼女の頭を撫で回す。
「じゃ、次はお二人が――」
「アタシこれにするわっ!」
私が言い終わらないうちに、ヴィンスさんがパーンッと葉っぱを選んだ。おおっ、カルタ女王!?
対照的に、エマさんはおっとりと手を伸ばす。いくつか見比べてから、「これにしますわ」と中ぐらいの葉を選び出した。
ヴィンスさんはニヤリと笑うと、得意気に自身の選んだ葉を見せびらかす。
「フン、アタシの葉っぱが一番大きいわっ」
「でも、虫食いがありますわ。いかに図体だけ大きくとも――……」
いったん言葉を切り、ヴィンスさんの手の中の葉っぱと、ヴィンスさんの顔とを意味ありげに見比べる。
「瑕疵があっては、ねぇ。……あら、ごめんなさいませ。勿論、落ち葉のお話ですわ?」
「…………」
さて、私は余った中からコレにしよう。
ぷるぷる震えるヴィンスさんを見ないようにしながら、私も自分の葉っぱを確認する。
ヴィンスさんのほどは大きくないけれど、虫食いひとつない立派な葉っぱである。私はほっと胸を撫でおろした。
「奥方様。アイロンをお持ちしました。それと、古雑誌と当て布ですね?」
「わっ、ありがとうございます!」
執事のジルさんにお礼を言って、早速アイロンのスイッチを入れる。魔力は充分だったようで、アイロンはすぐに温まりだした。
「古雑誌は、アイロン台の代わりにしまーす。薄い布で葉っぱを挟むようにして……」
低温のアイロンをそっと押し当てて、葉っぱの状態を確認する。そしてまたアイロンを当てて、少しずつ葉っぱを乾燥させた。
「――はいっ、これで冷ましたら出来上がりです! 分厚い葉っぱだから、このままで丈夫な栞になると思うよー」
アビーちゃんは真剣な表情で頷くと、緊張したようにアイロンを持ち上げる。エマさんがサッとアビーちゃんに寄り添った。
「姫様。やけどに注意してくださいな」
「う、うん……」
アビーちゃんのことはエマさんにお任せして、私はそっとヴィンスさんの隣に移動する。顔を覗き込むと、ヴィンスさんは重いため息をついた。
「……ゴメンね。態度悪くって」
「ううん、そんなのはいいんですけど。……ヴィンスさん、大丈夫?」
「んーん、あんまし。クソ親父の事を思い出して、暗い気持ちになってるわ」
……クソ親父?
首を傾げる私に、ヴィンスさんはふっと苦笑する。
「アタシの生家……ノーヴァ伯爵家は、ノーヴァ流っていう剣術を使う武の家柄なの」
「えええっ!?」
初耳情報に絶叫すると、ちょうどアビーちゃんの栞が完成したところだった。アビーちゃんからアイロンを受け取ったエマさんが、私達を見てにっこりと微笑む。
「そしてわたくしは、小太刀を使う流派を生み出した、ライリー男爵家の生まれですの。同じ武に生きる貴族として、ノーヴァ伯爵家とは昔から交誼を結んでおりましたのよ」
「へえぇ……」
エマさんと小太刀という意外な組み合わせに、思わず感嘆の吐息をついてしまう。
エマさんはさっさとアイロンを使うと、「ヴィンセント様の番ですわ」とアイロンを差し出した。ヴィンスさんがしぶしぶと立ち上がる。
場所を譲ったエマさんとアビーちゃんが、私の近くに移動してきた。
「……年に一、二度、交流のためにノーヴァ伯爵領を訪れるのが慣例でしたの。ですから、ヴィンセント様とは幼少の頃より親しくしておりますわ」
「…………」
ま、まあ。
喧嘩するほど仲がいいっていうもんね……?
私が苦笑いしていると、エマさんは低い声で何やら呟いた。聞き取れずに首を傾げると、エマさんはキッときつい目でヴィンスさんを睨みつける。
「十七の時、例年通りノーヴァ家を訪ねましたわ。ヴィンセント様はいらっしゃらなかった。……跡継ぎを放棄して、王都へ家出したんですわよね? わたくしに一言も無く」
「な、なんでアンタに断らないといけないのよ」
しどろもどろになって反論するヴィンスさんに、エマさんは底冷えする視線を送った。
勢いよく立ち上がると、ぽかんとしているアビーちゃんに優しく手を差し伸べる。
「姫様。栞もできたことですし、そろそろ王宮へ戻りましょう。――ごきげんよう、ミア様」
「はいっ。お気を付けてっ」
直立不動の姿勢になって、扉へ向かう二人を見送った。
扉を閉める直前、エマさんは射抜くような瞳でヴィンスさんを振り返った。
「――ご存知ですか、ヴィンセント様? ……愛と憎しみって、紙一重なんですって。ああ……。またお会いできて、とっても嬉しいですわ」
どうぞ、月のない闇夜にお気を付けあそばせ?
ふんわり笑顔で歌うように言い残し、扉は無情にバタンと閉まる。
衝撃に息をするのも忘れていた私は、バクバクする心臓を押さえ、興奮してヴィンスさんを振り返った。
「ヴィンスさんっ。今の、今の――愛の告白ってやつですよねっ?」
ヴィンスさんは蒼白な顔で私を見返し、ヒクヒクと口元を引きつらせた。すうっと息を吸い込む。
「――ンなワケあるかぁぁぁっ!! 今のはどこからどう聞いても殺人予告よぉぉぉぉぉっ!!!」




