第32話 運命的な再会、とは違います?
ジーンさんとリオ君にいとまを告げて、私とヴィンスさんはぶらぶらと校庭を歩く。秋が深まり、木々が少しずつ色付いていた。
綺麗なオレンジ色の落ち葉を発見し、拾い上げてまじまじと観察する。何枚か集めて懐に入れると、ヴィンスさんが不思議そうに目を瞬かせた。
「そんなもの拾って、どうするの?」
「乾かして栞にしようかなって。シリル様、よく本を読んでるから」
にぱっと笑いかけると、ヴィンスさんは虚を衝かれたように黙り込む。左胸に手を当てて、「うぅっ、穢れた心が浄化されるぅ~!」とわざとらしくヨロけてみせた。何ですかソレ。
「ヴィンスさんにもあげましょうか?」
「ヤメテ。アタシマダ死ニタクナイ」
……どうやら私の栞には、人を呪い殺す力があるらしい。
最近私への誹謗中傷がひどすぎる、とむくれていると、背後から私を呼ぶ声が聞こえた。
ぱっと振り返ったら、一直線に子供が駆けてくる。弾丸のように私の胸に飛び込んできた。
「――ミア姉様っ!」
「アビーちゃん!?」
はあはあと息を切らせて、アビーちゃんが満面の笑みで私を見上げる。頬を紅潮させ、その瞳はキラキラと輝いていた。
「うぅっ、相変わらず可愛すぎ……! 浄化されるぅ~!」
でへへと悶える私に、アビーちゃんは恥ずかしそうに微笑する。蜂蜜色のふわふわ頭をナデナデしていると、「ごきげんよう」と鈴を転がすような声が聞こえた。
「あっ、エマさん! こんにちはー!」
エマさんも相変わらずの色白美人だった。
胸元に大きなリボンの付いた、お洒落なコートがお似合いですぅー!
可愛い姪っ子とお洒落美女に囲まれて、私は得意気にヴィンスさんを振り返る。
ヴィンスさんもさぞかし興奮しているだろうと期待していたら――……
意外にも、彼は無反応だった。
というか、旦那様ばりの無表情で動きを止めている。その顔色は、まるで幽霊に遭遇したかのように真っ白だった。
「……ヴィンスさん?」
恐る恐る声をかけると、彼はハッとしたように息を呑む。
「――あ、ああ失礼。まさかこんなところで王女殿下とお会いするなど、驚いてしまいまして……」
取り繕うようにかぶりを振って、ヴィンスさんは跪いてアビーちゃんの手を取った。
「失礼いたしました、アビゲイル殿下。魔法士団所属、ヴィンセント・ノーヴァと申します」
「は、はい……。初めまして……」
アビーちゃんがはにかみつつ答えると、エマさんがふわりと前に出る。スカートをつまんで優雅にお辞儀した。
「姫様の側仕えを務めております、エマ・ライリーと申します。ふふっ。よろしくお願いいたしますわね、ヴィンセント様?」
「……ええ、こちらこそ。ライリー嬢?」
にこにこにこ。
「…………」
気のせいかな。
二人とも笑顔の割りに、ブリザードが吹き荒れているような……?
硬直していると、アビーちゃんも何事か感じ取ったのか、怯えたように私の後ろに隠れた。慌てて彼女の顔を覗き込む。
「ところで、アビーちゃんはどうして王立学院にっ? 私達はお友達に会いに来たんだけどっ」
「……あ……。わたしは……見学に、来たの」
「姫様は、初等科への編入を考えておられますの。国に戻られたばかりでしたから、今までは家庭教師を呼んでいたのですけれど……」
うつむきがちに答えるアビーちゃんの言葉を、エマさんがにっこり笑って引き取った。
アビーちゃんはコクリと唾を飲み込み、決心したように顔を上げる。
「王立学院に通ってるのは、貴族だけじゃないから。いろんなお友達ができるかもしれないし、たくさんお勉強もしたいし……」
「そっかぁ。きっと、アビーちゃんなら大丈夫だよっ」
前を向いて頑張るアビーちゃんを応援したくて、私はおどけたようにガッツポーズを作った。アビーちゃんも嬉しそうに頬を緩める。
エマさんは愛おしそうにアビーちゃんを眺め、頬に手を当てて可愛らしく微笑んだ。
「ミア様のおっしゃる通り、きっと大丈夫ですわ。生ゴミ息女共には、学院に通える学力がありませんから。奴らが学院の貴族枠にすら満たない阿呆で幸いでしたわ」
「…………」
相変わらず、毒舌でいらっしゃる……。
何と返すべきか迷っていると、突然隣から押し殺したような笑い声が聞こえた。口元を押さえたヴィンスさんが、あたかも今気付いたというように「おや、失礼」と眉を上げる。
「一瞬、淑女に相応しくない単語が耳に入った気がいたしまして。――いえ、きっと聞き間違いでしょう。まさかそんな、汚らしい言葉を使われるはずがありませんし……」
小馬鹿にしたようなヴィンスさんの台詞に、私は完全に思考が停止する。アビーちゃんも、目をまんまるにして固まってしまった。
対してエマさんは、気にした風もなくおっとりと小首を傾げた。
「相応しくない……ですか。ふふっ。女は女らしく、というわけですのね。――ヴィンセント様。僭越ながら、心よりお見舞い申し上げますわ」
「……見舞い?」
低い声で問い返すヴィンスさんに、エマさんはふんわりとお辞儀を返す。
「ええ、お見舞いです。『女はかくあるべき』という旧弊に凝り固まり、己で考えることを放棄した、憐れで愚かな空っぽ頭への。うふふ、その頭はお飾りなのかしら。振ったらカラコロ音がしそうですわね」
「…………」
ヴィンスさんの頬に、みるみる血が上る。
私は素早くアビーちゃんを引っ掴み、二歩三歩と彼らから距離を取った。その瞬間、ヒクヒクと震えていたヴィンスさんが爆発する。
「――だぁれが空っぽ頭ですってぇっ!? しかも言うに事欠いて、このアタシを旧弊呼ばわりとはいい度胸じゃないっ!!」
「あらまぁ。なんて男らしくない言葉遣いですの」
「ハッハー! アンタ、男は男らしくとか、旧弊に囚われちゃってるんじゃなぁい!?」
「二番煎じは見苦しいですわよ。独創性のカケラも無い男ですこと」
「……ちっ、ちょっと待って二人とも! 喧嘩はやめましょうよっ」
アビーちゃんを放し、白熱する二人の戦いに割り込んだ。もっと早くに止めるべきだったのかもしれないが、口を挟む隙がなかったのだ。
ゼーハー息切れするヴィンスさんの背中を撫でていると、エマさんが軽やかな笑い声を上げた。
「ふふっ。今日もわたくしの勝ち。これで三十三勝ゼロ敗ですわね」
「……へ?」
えぇっと、つまり……?
「……ヴィンスさんとエマさんって、知り合いだったんですかぁっ!?」
人気のない校庭に、私のすっとんきょうな叫び声が響き渡った。




