第31話 これって苦行なのですか!?
夕食後、恒例のわんこそばタイムがスタートした。
額から魔力を吸うことを提案すると、旦那様は一瞬目を瞬かせた。
「ああ、額……。そうだな。魔力の源はそこにある」
納得したように頷いてくれたので、早速試してみることにする。
旦那様の手を握る代わりに、片手を持ち上げて額にかざした。ぎゅっと目を閉じ、必死に念じる。
「…………」
旦那様は途中までは大人しくしていたものの、やがて飽きたのか、私の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜだした。……昨夜までと違って、両手とも自由なのが仇になったか。
しかし、私は動じない。
今夜こそ魔力吸収を成功させたい私は、かつてないほどの集中力を発揮していたのだ。
そう、集中――……
できない!!
「――駄目だぁっ! シリル様っ。この体勢、手が疲れます!」
だんだん腕がだるくなってきて、私はあえなく音を上げた。
コレだったら、やっぱり手から吸った方がいいのかも。いやでも……と迷っていると、旦那様が私の頭にぽんと手を置いた。自らがボサボサにした私の髪を、手櫛で丁寧に整えてくれる。うん、猿の親子かな?
されるがままだった私は、はっと打開策を思い付いた。ぱしりと旦那様の手を掴み、目を輝かせて彼を見上げる。
「シリル様! 私の膝に寝てくださいっ」
旦那様はコキンと固まった。
……あれ。もしや伝わらなかった?
私はベッドに座り直し、自分の膝をぽんぽんと叩く。
「ここに寝るんです! その方がやりやすいから!」
「……は?」
茫然とした旦那様が、ぽつりと言葉を落とす。
焦れた私は、ぐいぐいと旦那様の腕を引っ張った。
「さぁ早くっ。実験のためですよっ」
「…………」
なぜか旦那様は顔をこわばらせ、躊躇うようにゆっくりと私の膝に頭を乗せた。ぎくしゃくと四角ばった動きだった。
内心首を傾げたけれど、今優先すべきは魔力吸収である。
大きく深呼吸して、再び旦那様の額に手をかざす。
「……シリル様。目、閉じません?」
カッと目を見開いた旦那様の顔が怖すぎる。
恐る恐るうながすと、旦那様は素直に目を閉じてくれた。
しかし、その眉間にはシワが寄っていて、深く苦悩しているかのような顔をしている。もしくは苦痛を感じているような顔。……拷問じゃないんですけど?
とんだ濡れ衣にむくれつつ、私もそっと目を閉じる。
膝に乗せた旦那様の頭が、いい感じに集中力の重石となった。凪いだ心で、静かに念じる。
かざした手の指先から、すうっと何かを吸い込んだ気がした。はっとして目を開けると、旦那様も驚いたように目を瞬かせている。
旦那様は勢いよく体を起こし、真剣な瞳で私を見つめた。
「……今」
「はいっ。うまくいきました……よね?」
嬉しさに頬を緩める私に、旦那様もふっと目を細める。
しかしすぐに無表情に戻り、私の肩を抱いて引き寄せた。
「実験終了だな。――いつも通りの方法に戻すぞ」
言うなり自らの手に魔力を込め始めた旦那様に、慌ててぶんぶんと首を振る。腕でバッテン印を作ってガードした。
「待って待って! 感覚を忘れないうちに、もう一回やりたいです!」
「……なら、手から――」
「手じゃ駄目っ。額で成功したんだもん。額からやりたいんです!」
「…………」
旦那様は、なぜか苦虫を噛み潰したような顔をした。
それでも、唇を尖らせる私が引かないとわかると、無言で頷いてまた膝に頭を乗せてくれる。
うきうきする私とは対照的に、旦那様はやはりツラそうな表情をしていた……。
***
「――と、いうわけで! 魔力吸収、見事に成功しましたぁっ」
「おおおお、すっごぉい!! つまり、魔力がなくても魔力操作は可能ってことね!!」
はしゃぎながらハイタッチする私とジーンさんを、リオ君が一言も発さずに眺めていた。隣のヴィンスさんは、がっくりと肩を落としてうつむいている。
「……ちょっとっ。リオもヴィンスも、なんでそんなに暗いのよ!? 役に立つかどうかは別として、新たな発見には違いないじゃないっ。学問とは、無駄を積み重ねながら進歩していくものなのよ!?」
噛み付くジーンさんに、リオ君は顔色を悪くしながら小さくかぶりを振った。
「……や、魔法士団長のその時の心境を思うと……。同情を禁じ得ないっていうか……」
……何が?
きょとんとしてジーンさんと顔を見合わせていると、うつむくヴィンスさんから「ごふぇ」だか「ぐぶぅ」だかいう奇声が漏れた。……断末魔かな。
実験成功から一夜明け、ジーンさんの研究室である。
今日はお掃除の日ではなかったけれど、一刻も早く実験結果を伝えたくてお邪魔したのだ。休日で我が家に遊びに来ていたヴィンスさんも付き合ってくれた。
「……っていうかさ。ミアちゃんは膝枕とか平気なの? ヴィンスさん発ジーン姉さん経由で聞いちゃったけど、魔法士団長とは契約関係なんだよね? 本当の夫婦どころか、恋人ですらないって聞いたけど」
眉をひそめたリオ君から問われ、私は思わず首を傾げる。平気かって聞かれても……。
「契約関係でも、私と旦那様は家族だもん。だったら膝枕ぐらい普通だよー」
孤児院ではよく幼い子供達に膝枕をしてあげていた。まだまだ親が恋しい年頃の子達にとって、私は優しいお姉さんだったのだ。
得意気に説明する私に、リオ君は「うっわ子供扱いかぁ」とげんなり呟いた。
「ま、いんじゃない? ヴィンスとミアちゃんから聞く限り、最近のシリルって退行してるみたいだし。食堂を凍らせただのヴィンスの頬をつねっただの、ホント笑っちゃったわよ」
ジーンさんがお茶を飲みながら呑気に返すと、それまで黙り込んでいたヴィンスさんが顔を上げた。その顔は真っ赤で、口元がヒクヒクと引きつっている。
「そうそう、そうなのよっ! あの万年無表情男が、ミアが絡むと予想外の動きをするから可笑しくって――」
勢い込んで話すヴィンスさんに、首をひねりつつ視線を向けた。私と目が合った途端、ヴィンスさんがブフォッと噴き出す。
「ひっ……膝枕……っ。しかも、手は出せないっ……! なにソレ何の拷問!? うぷぷぷぷぷっ!!」
「…………」
意味のわからないことを言いながら、ヒーヒー大爆笑するヴィンスさんに、むぅっと唇を尖らせた。なぜかリオ君まで沈痛な表情で頷いてるし。
……皆々様。
私の膝枕に対する暴言、酷すぎません?




