第30話 試行錯誤をするのです!
「――と、いうわけでっ。今日は私がやってみてもいいですか!?」
「それは、別に構わんが……」
旦那様が眉をひそめて答える。
無事に同意が得られたので、意気揚々と旦那様の左手を握った。
ジーンさんとリオ君から、簡単な注意事項だけ聞いている。期待に胸を高鳴らせつつ、表面上は真面目くさって旦那様の顔を覗き込んだ。
「いいですか? シリル様は何もしたらいけません。手先に魔力を込めるのも駄目。あくまで、私がシリル様の魔力を奪うんです」
「わかった」
旦那様も真剣な表情で同意する。
私はひとつ頷くと、すぅっと深呼吸して目を閉じた。
(……集中、集中……!)
旦那様の魔力を吸い取るのだ。
そう、私は掃除機になるッ!
部屋の片隅に残ったチリひとつ逃さない、鬼の吸引力を誇る掃除機よ……!
むむむむと眉間に力を入れて念じるうちに、ふと熱心な視線を感じた。
不審に思って目を開けると、旦那様のどアップが目の前にある。湖面を思わせる碧眼の瞳で、至近距離から静かに私を見つめていた。
「――うっひゃああっ!?」
一気に顔が熱くなり、慌てふためきながら顔を離す。
旦那様はそんな私を見て、からかうように目を細めた。……こっちは心臓がバクバクいっているというのに!
「もうっ、シリル様! 近いです、集中できません!」
「わかった」
文句を言うと、旦那様はまたも真顔で頷いた。
仕切り直しの深呼吸をして、再び私はぎゅっと目を閉じる。
(……集中、集中……!)
…………
…………
…………
お、なんかいい感じ。
神経が研ぎ澄まされてきた。これぞ明鏡止水ってヤツですねっ?
――さあ、ここから一気に魔力を――……
つんつん。
ハッと目を開けると、旦那様が無表情に私の髪を引っ張っていた。だあっと私は脱力する。
「もうっ……もうっ、シリル様! なんで邪魔するんですかぁ!?」
胸ぐらを掴まんばかりに私が抗議すると、旦那様は小さく首を傾げた。
「別に。俺の事は気にするな」
大真面目に告げる。
いやいや、気になりますよ!
そして邪魔ですよ!!
――それから。
必死で念じる私をよそに、旦那様は私の手を握り返したり、頭を撫でたり。
その都度私は集中を乱され、結局その夜の実験は失敗に終わってしまった。
……シリル様。
あなた、さては面白がっていますね?
***
二日後、ジーンさんの研究室にて。
成果が得られなかったことを申し訳なく思いつつ、彼女に実験結果を報告した。……旦那様がどれだけ邪魔だったか、身振り手振りで熱く語るというオマケ付きで。
「――それで、昨日は旦那様が仕事に行ってる間、ドライヤーの魔石から魔力を吸おうと試したんですよっ」
もちろん、魔石に魔力を込めたのは旦那様だ。私は魔石に手をかざし、魔力を根こそぎ奪おうと頑張った。またも人間掃除機と化したのだ。
「……でも。失敗しました。多分」
「多分?」
振り上げた腕を虚しく下ろした私に、ジーンさんはこてんと首を傾げる。私は彼女に詰め寄らんばかりの勢いで頷いた。
「はいっ。そりゃあ最後には、ドライヤーは動かなくなったけど――」
魔力を吸おうと念じては、ドライヤーのスイッチを入れて確認する、ということを繰り返したのだ。
これでは単に魔力切れを起こしただけなのか、魔力吸収に成功したのかわからない。
私の報告を聞いて、ジーンさんは難しい顔で考え込む。
「うぅん。……生活魔法は念じるだけでイイとはいえ、普通は物心つく頃には自然とできるようになるものだしねぇ……。慣れないミアちゃんは、とにかく反復するしかないのかもしれないわ」
うーん、そっかぁ。
最初は軽い気持ちだったけれど、だんだん私も本気になってきた。こうなったら、なんとしても魔力吸収を成功させたい。
二人してうぅむと唸っていると、突然ジーンさんが目を輝かせ、ぽんと手を打った。
「そだっ! シリルの手じゃなくて、額から魔力を吸ってみたらどうだろう!?」
……額?
きょとんとする私に、ジーンさんは熱心に頷く。
膝に載るぐらいの小型サイズな黒板を取り出し、白いチョークで簡単な人間の図を描いた。
「魔力はね、血液のように身体中を巡ると言われているの。こんなふうにね」
説明しながら、黒板の人間図にぐるぐると矢印を描き足す。
初めて聞く話が面白くて、私はぐっと身を乗り出した。興味津々に黒板を覗き込む。
「そして、魔力の中心は額にあるっていうのが定説なの。おでこは魔力を溜めるコップって例えればわかりやすいかな?」
赤いチョークに持ち替えて、おでこの部分に色を塗る。ジーンさんは空いた方の手を、見せつけるようにひらひらと振った。
「対して、魔力操作に適しているのは手の方ね。だから人は、手から魔法を使うのよ」
「魔力操作、ですか?」
よく理解できないでいると、ジーンさんは笑って掃除機の魔石に手をかざした。魔力を充填された魔石が淡く光る。
「こんな感じね。前にも言ったけど、魔法を使う時に大切なのはイメージよ。きっと手の方がイメージしやすいんだと思うわ。生活魔法だけじゃなく、元素魔法だって手から放つでしょ? 目や口からじゃなく」
「…………」
それは、単に見た目の問題では?
目や口から魔法を放つ人がいたら怖いと思う。
うっかり想像してしまって、お腹の底から笑いがこみ上げてきた。私はお腹を押さえながら、息も絶え絶えに首を縦に振る。
「わ、わかりました……っ。今夜から、旦那様のおでこに……触ってみることにします……っ」
ジーンさんは、得たりとばかりににっこり微笑んだ。
「うん、試してみて! ……ところで、どうしてそんなに笑ってるの?」
「……な、ナイショですっ……!」
目からビームを発射する旦那様を想像してしまっただなんて、口が裂けても言えやしない。
それこそ墓場まで持って行かなければ。
震え続ける私の背中を不思議そうに撫でながら、ジーンさんは「にしても」とすべすべした眉間にシワを寄せた。
「またシリルに邪魔されたら困るわよねぇ。まさか、シリルがそんな子供っぽい真似をするなんて。……あっ、いっそ縛りあげちゃったらどう!?」
「無理ですっ」
さも良いことを思い付いたと言わんばかりのジーンさんに、全力で突っ込む。
「……とにかく! なんとか頑張ってみますっ。旦那様だって、そろそろ邪魔するのに飽きたかもしれないし」
言いながら、無いだろうなぁと心の中でこっそりため息をついた。
……だって。
ちょっかいを出す時の旦那様、すっごくイキイキしていたもんね?
 




