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第2話 まさかまさかの事態です!

 翌週。


 予定通り、王都から魔法士団の小隊が派遣されて来た……らしい。

 到着後すぐに作戦を開始し、たったの一晩で魔獣を殲滅してしまった……らしい。


「――本当に凄かったんだぜ! ほとんど一人で倒しちまいやがったんだ! 氷の元素魔法で一気にバシャーンッて、ドシャーンッて!!」


「ほへー」


 ちなみに元素魔法とは基本的に地火風水の魔法を指すが、氷や雷の魔法もまとめて元素魔法と呼んだりする。要は自然の力を借りた攻撃魔法ということだ。


「一晩中張り込んでた甲斐があったぜ! お陰で今日は一日ずっと眠かったけどな! それでよぉ……って聞いてんのかよミアッ!!」


 身振り手振りで熱く語っていたフィンが、くわっと私に噛み付いた。私は慌てて紙袋の中身から視線を剥がす。


「聞いてる、聞いてる。――でもさ、あんまり美味しそうなんだもん。丸パンは今夜の晩ごはん用として、こっちのちっちゃいドーナツは、今食べちゃってもいいかな?」


「ああ――……うん」


 なぜかフィンが顔を赤くする。

 ごしごしと目元をこすった。


「そっちは注文とは別だから。単なるオマケ。つぅか、オレが作ったんだ。……だから、お前が、一人で食べていい……」


「――あぁら、ミアだけ? あたしも貰っちゃおうかしらぁ」


 腕を組んだローズが勝手口から現れた。

 私はぱっと彼女に駆け寄って、得意げに紙袋の中を見せびらかす。


「見て見てローズ! これ、フィンが作ったんだって! さっすが私の弟だよねぇ」


 惚れ惚れと言うと、ローズがぷっと噴き出した。

 フィンはフィンで、なんだか珍妙な顔で息を呑んでいる。一拍置いて、顔を真っ赤にしてわめき出した。


「――誰がっ、お前の弟だ! 血なんか繋がってねぇし、そもそも同い年だろが!」


「同じ孤児院育ちなんだから、血が繋がってなくたって家族なのっ。年はまあ……精神年齢の話?」


 前世と合わせたら、ワタクシ三十オーバーですのよ。ほほ。


「自立したのはオレの方が先だった! ……見てろよ、一日も早く一人前のパン職人になってやるんだからな!!」


 頼もしい捨て台詞を残し、フィンは鼻息荒く町長宅を出て行った。うむ、配達ご苦労であった。


 がさごそと紙袋からミニドーナツを取り出し、ローズと分け合ってはむっと口に入れた。ちょっと揚げすぎたせいかカリカリで、でもむしろそこが美味しい。


 十五の時……私よりも数カ月早く孤児院から出たフィンは、パン職人見習いとして日々修行に励んでいる。こうやって配達ついでに会いに来てくれるのが嬉しい。


「……フィンってばホント、昔から変わらないわよねぇ」


「そんなことないよ、随分大人っぽくなったもん。私のことも『魔力ナシのくせに』とかいじめなくなったし」


 からかうように言うローズに、弟に代わって一生懸命反論する。

 ローズが笑って答えようとしたところで、ライラさんが勝手口から飛び出してきた。その顔は引きつっており、いつも温厚な彼女らしくない。


「良かったミア、ここだったのね! 今夜、大事なお客様が泊まられることになったの。あなたは客室を整えて頂戴。二部屋お願いね!」


 慌ててドーナツを飲み込み、ぱんぱんと手を払って中に飛び込んだ。

 厨房では顔を強ばらせたマシューおじさんが、大車輪で夕食の支度をしている。片隅にそっとパンの紙袋を置くと、「おう!」と短く返事を寄越された。


 二人の常と違う様子を訝りつつも、私も大急ぎで客室を準備する。

 大事なお客様ということなので、町長夫妻とローズの寝室から、今朝生けたばかりの花をパクってきた。花屋に買いに行く暇はなさそうだし、まあこれでよかろうて。


「ライラさん、出来ましたっ」


 声をかけると、てきぱきとテーブルに食器をセッティングしていたライラさんが顔を上げる。


「ありがとうミア! ごめんなさい、お腹減ってるわよね? 夕食の給仕が必要だから、私達の賄いはその後になりそうなの……」


 申し訳なさそうに眉を下げる彼女に、笑って首を振った。


「ご心配なく、さっきドーナツを食べましたから。……それより、お客様ってどなたなんですか?」


 私の問いかけに、ライラさんはぐっと喉を詰まらせる。ちょいちょい、と私を手招きした。耳元でひそひそと囁きかける。


「……驚かないでね。なんと、魔法士団長様とその副官様なのよ……」


 ……はい?


「おかしいわよね? こんな『通過の町』の、まだ畑の被害しか出してない魔獣の掃討ごときに、魔法士団長が来ていたなんて。……宿屋が町長に泣きついて来たらしいの。他の団員ならともかく、氷の魔法士団長のお世話など無理です、だって」


 わからなくもないけどね、とライラさんはため息をついた。


 どうやら隊の他のメンバーは宿屋に泊まるけれど、魔法士団長とその副官だけは町長宅に招待することとなったらしい。魔獣の脅威を退けてくれたお礼、という名目で。


「なるべく給仕は私がするから、ミアは補助だけお願いね? 怖いでしょうけど、少しだけ我慢して頂戴ね」


 怖い……怖い、かなあ?


 魔法士団長について、私が知っていることはそれほど多くない。


 二十五歳にして魔法士団を率いる若き天才であり、王様の異母弟でもあるということ。

 氷の元素魔法を得意とし、本人も氷そのものに冷酷非情、ニコリとも笑わない、表情筋が死んでいる……とかなんとか。


 うぅむと考え込んでいるうちに、当のご本人様とその副官さんが到着した。

 町長の奥方様が、にこやかに二人をダイニングまで案内する。……奥様、笑顔のほっぺたが引きつってますよ?


 私はぱっと後ろに引っ込んで、厨房のマシューおじさんとダイニングのライラさんの間に立ち、それぞれのフォローに忙しく立ち働いた。


 こっそり夕食のテーブルを覗いてみると、氷の魔法士団長様は噂通りの無表情っぷりで、終始無言を通していた。なんとか話題を振ろうとする町長は冷や汗をかき、同席する奥様とローズもハラハラした顔をしている。

 優しげな副官さんは素知らぬ顔で料理を味わうばかりで、助け舟を出してくれる様子は無い。……なんかギスギスした夕食だぁ。私、使用人で良かったー。


 それでも、後はデザートを残すばかりとなり。

 厨房のマシューおじさんが、やりきった顔で盛り付けを完成させた。嬉しげに私を振り返る。


「ミア、紅茶は頼んだ! 俺ぁもう駄目だ……。手洗い行ってくる!」


 ダッシュで出て行ってしまった。

 我慢してたのね、おじさん!


 ちょうどよく厨房に戻ってきたライラさんにデザートを託し、私は喜んで紅茶の用意を始める。

 何を隠そう、町長宅で一番美味しい紅茶を淹れられるのはこの私!


 電気ケトル……ではなく魔力ケトルでお湯はすでに沸かされていたので、まずはポットにとぽとぽとお湯を注ぐ。事前にポットを温めておくのがコツなのだ。


 偏屈魔法士団長の好みがわからないので、クセがなく万人受けする茶葉を選んだ。

 魔力ケトルに水を足し、ぽちりとスイッチを入れる。うんともすんとも言わない。


 ――まさかまさかの魔力切れ……?


「うわぁい!!」


 マシューおじさん……はトイレ!

 ライラさん……は給仕中!!


 ――となると、後はローズしかいない。


 腹をくくり、ダイニングへと急ぐ。

 どうやってローズを呼び出すべきかと悩むまでもなく、運良く当の本人がダイニングから出てきた。不思議そうに小首を傾げる。


「あらミア、どうしたの? あたしはちょっとお手洗い……わっ!」


 がしっとローズを掴んで廊下の隅に引っ張る。


「ローズごめーんっ! ケトルに魔力を込めてえぇ!!」


 半泣きで拝む私を見て、即座に事情を察したらしい。ローズが苦笑しながら頷きかけた、その時だった。


「――使用人の分際で、主家の娘に頼み事だと? しかもたかだか生活魔法ごときで」


 背筋が凍りそうな冷たい声音で吐き捨てられ、思わずビクリと飛び上がる。恐る恐る振り返った。


「…………っ」


 その迫力に息を呑む。


 目の前で壁のように立ち塞がるのは、冷酷非情と名高い氷の魔法士団長。

 感情を感じさせない冷え切った瞳で、じっと私を見下ろしていた。

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