第24話 私はまだまだこれからなのです!
目の上が眩しくなり、一瞬だけ目を細めた。
ジーンさんとリオ君が「おおおっ」と歓声をハモらせる。
「――すごいすごい! あっという間に魔力を打ち消しちゃうんだねっ。もう測定器が光ってないもん!」
「ミアちゃん、大丈夫だった? 気分は悪くない?」
興奮の色を隠せないジーンさんを尻目に、リオ君が優しく気遣ってくれた。
私はなんとか作り笑いを返す。
「う、うん。大丈夫」
……なんだけど。
どうしよう。魔力、受け取っちゃった……。
心臓が痛くなるような心地がして、のろのろと魔力測定器を頭からはずした。
落ち込む私をよそに、ジーンさんとリオ君は楽しそうに議論している。
「ねえリオ。魔力を消し去る道具を開発したら、どんなところで使えると思う?」
「元素魔法を使う犯罪者の逮捕、拘束でしょ。魔力を消し去る手錠とかいいよね。……うん、これは国相手に商売になる」
盛り上がっている二人を見るともなく眺めた。
良くなっていたと思っていた気持ち悪さが、じんわりとぶり返してくる。
「――うわっ、ヤバ! 次の講義が始まっちゃう」
突然、リオ君が慌てたように立ち上がった。一直線に扉へ向かいかけ、思い付いたように私を振り返る。
「ミアちゃん、また来るんだよね?」
返事をしなければと思うのに、口がカラカラに渇いて答えられない。私が口を開くより早く、ジーンさんがニッと笑って私達を見比べた。楽しげに私の手を握る。
「もっちろん! 次は明後日のお昼からお願いしちゃおかな! ……シリルがさぁ、目を離すなとか偉そうに言うもんだから。あたしが講義のない時間帯しか無理なのよね」
ミアちゃんの予定は大丈夫?
ジーンさんから小首を傾げて尋ねられ、私は唇を湿らせてから頷いた。
「……大丈夫ですっ。なにせ暇人なんで!」
リオ君が嬉しそうに微笑む。
「よかった。明後日なら僕も一コマ空きがあるんだ。また会いに来ていい?」
「うんっ、もちろん!」
なんだかリオ君とは友達になれそうな予感がして、私は元気よく返事をする。今度は作り笑いではなく、心から笑うことができた。
手を振ってリオ君を見送ると、「さて」とジーンさんが改まったように私を見た。
握っていた私の手を放し、労るように頭を撫でてくれる。
「……ミアちゃん、やっぱりあんまし体調良くないでしょ? 今日はもう掃除はやめにして、迎えが来るまでのんびりお茶でも飲んどこうよ」
「や、駄目ですそんなの! お仕事だもんっ」
焦って首を振る私に、ジーンさんはぽかんと口を開けた。
「お仕事って……。給料が発生するワケじゃないんだから、そんな気にすることなくない?」
……へ?
今度は私がぽかんとする。
お互い間の抜けた顔で見つめ合うことしばし、ジーンさんがポンと手を打った。おかしくてたまらないという風に笑い出す。
「あぁ、なるほど! さてはシリルから聞いてないわね? お掃除の報酬は、ウチの実家で採れた新鮮野菜なのでーす! たくさん食べてね!」
いたずらっぽく告げられて、私は思わずずっこけてしまった。……そういえば「仕事というより手伝いのようなもの」って、旦那様も言ってたっけ。
旦那様てば言葉が足りないんだから!と苦笑してしまう。
「お野菜、大好きです! 楽しみにしてますね!」
クスクス笑う私に、ジーンさんは安堵したように頬を緩めた。
「ほっぺたに赤みがさしてきたわね。良かった良かった。……この惨状を、どうにかしてくれる救世主サマだもの……」
遠い目で室内を見回すジーンさんにつられて、私も改めて部屋を観察してみる。
ものすごく汚れているわけじゃないけれど、なんせ物が多すぎる。棚に収まりきらない本や怪しげな道具は、乱雑に積み重ねられているだけ。物によってはあまり使われていないのか、表面にはうっすら……ではなく、もっさりとホコリが積もっている。
「もしや、キノコとか生えてません?」
「うん、一度収穫したことあるわ!」
……冗談だったんですけど?
衝撃の回答にぷっと噴き出すと、心が軽くなっているのに気付いた。……モヤモヤと引っかかっている想いを、今なら素直に聞ける気がする。
「――ジーンさんて。旦那様とお友達、なんですよね?」
「うん、今はね! 最初は、風よけに使ってやろうと思って近付いたんだけどぉ」
バツが悪そうに舌を出すジーンさんに、目が点になる。風よけ……風よけ?
ジーンさんはほろ苦そうに微笑んだ。
「学生時代はね、あたし一人だけ飛び級で年下だったから。貴族ばっかの大学で、かなり浮いちゃってたのよねぇ……。オマケにあたしは農家の娘で平民だしさぁ」
「そ、なんだ……」
王立学院は平民も通えるけれど、半数以上は貴族なのだそうだ。学生時代、成績優秀なジーンさんは、勉強ではなくむしろ人間関係で苦労したらしい。
「――で。そんな中で目をつけたのが、『氷の魔王』と渾名される一匹狼。専攻は違ったけどかぶる講義も多かったから、利用できると思ってね」
……氷の魔王。
うぅん。
今の『氷の魔法士団長』の方が、通り名としてまだマシかもしんない。
しみじみ頷きながら、ジーンさんの話の続きを待つ。旦那様の昔の話が聞けて、楽しくなってきた。
ジーンさんも興が乗ったように身を乗り出す。
「そしたらなんと、あたしと全く同じこと考えてるヤツがいて! そいつは貴族だったけど、大学から入ったから馴染めなかったみたい。初等科から一緒の連中は、もうグループが出来上がっちゃってたしね」
え。
それってもしや……。
「……ヴィンスさん?」
首を傾げながら尋ねると、ジーンさんは嬉しそうに膝を打った。
「正解~! まだ女言葉に慣れてなかった頃の、初々しいヴィンスちゃんでーす!」
「えええええっ!?」
「あの頃はねぇ……。うっかり一人称が『オレ』になっちゃったり、慌てて語尾に『なのよ』とか付け足してみたり……」
ジーンさんが懐かしそうに目を細める。
あのヴィンスさんに、まさかまさかそんな時代がっ!?
……でも、どうしてわざわざ女言葉を使おうと思ったんだろ?
聞いていいものか迷っていると、ジーンさんがニヤリと笑った。ピッと人差し指を立て、焦らすように左右に振る。
「理由は一言で言えば、頑固親父への反抗ってとこかな。……ま、今度聞いてみなよぉ。アイツ酒飲ませたら口が軽くなるからさ」
「り、了解ですっ」
慌てて敬礼を返すと、私はジーンさんの腕をゆさゆさと揺さぶった。
ヴィンスさんの事情も気になるけれど、今は続き続きっ。旦那様達の学生時代っ!
目を輝かせる私に、ジーンさんはますます得意気に胸を張る。
「シリルのヤツ、最初は『俺に近寄るな』オーラがすごかったのよ。……や、最初っていうか在学中ずっと? それでも、シリルの側なら厄介な連中が寄ってこないし。あたしもヴィンスも意地でも付きまとってたってワケ」
やっと友達っぽくなれたのは卒業後かな。
ジーンさんの言葉に目を丸くする。
そっか、在学中ってことは二年間……。
――旦那様と仲良くなるには、それぐらい時間が必要なんだ!
不思議と晴れやかな気分になり、気持ちの悪さはすっかりどこかへ消えてしまった。
私は勢いよく立ち上がると、深々とジーンさんに頭を下げる。
「教えてくれてありがとうございます、ジーンさんっ。私、お掃除に戻るんで、続きはまた今度聞かせてくださいね!」
鼻歌交じりに、ホコリとの戦いを再開する私であった。




