第23話 何事も実験、なのですか?
結論から言うと、焼き芋はとてつもなく美味しかった。
ねっとり甘々。
これはもはや、焼き芋ではなくスイートポテト。野菜じゃなくてスイーツやぁ……!
三人全員が無言になり、夢中になって平らげた。
いつの間にか、私のお腹が気持ち悪いのも治っていて。どうやら食べすぎではなく、単に空腹だっただけらしい。
お腹を撫でる私の隣で、ジーンさんが幸せそうにほあぁと長いため息をつく。
「美味しかった……。温まった……。そして、幸せになった……」
「熾火でじっくり焼くのがコツなんだ。一限目が休講になったからこそ出来た傑作だね」
少年が得意そうに胸を張る。
感謝の視線を送ると、彼はふわりと微笑んだ。
「ジーン姉さんのいとこの、リオ・ハイドだよ。十七歳だけど、飛び級で大学生やってます」
「ええっ!? すごーい!」
専門分野が学べる大学は、この世界では通常十九歳から二年間通う。……のだけれど、そもそも大学まで行ける人がそう居ない。
感嘆する私に、リオ君はくすぐったそうに笑う。
「すごくないよ。ジーン姉さんなんて、十六歳で大学を卒業しちゃったんだから」
謙遜するけれど、ジーンさんもリオ君もすごいことに変わりはないと思う。熱弁すると、ジーンさんは気取ったように人差し指をぴぴっと振った。
「ま、天才と比べたらダメってことよ。――少年よ、己を卑下する事なく、最善を尽くすべしべし!」
「や。僕は別に、自分を卑下してないけどけど?」
リオ君がいたずらっぽく言うのを聞いて、私は思わずプッと噴き出した。クスクス笑う私に、リオ君も照れたように頭を掻く。
「……なんか、意外だなぁ。あの魔法士団長の選んだ人だって聞いたから、もっと怖いのかと思えば」
「選んだっていうより、脅して手に入れちゃったのよシリルのヤツは! あたし、ちゃんとヴィンスから聞いて……ととっ!!」
鼻息荒く言い放った後、ジーンさんが慌てたように自分の口を塞ぐ。
リオ君は一瞬ぽかんとした後、さも不快そうに眉をひそめた。
「……脅してって……。何それ、最悪だな」
リオ君の言葉にあっけにとられ、私はしばしのあいだ動けなくなった。はっと我に返り、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる。
「ちっ、違うの! 旦那様は体調が悪くて、私が魔力を消せるから必要で! ああ見えて意外と優しいひとで、ああでも、強制クーラーは時々寒いかな!?」
自分で言ってて訳がわからなくなってきた。
ますますパニックになりながらも、必死でリオ君に詰め寄る。
「――とにかく! うちの旦那様は、最悪なんかじゃありませんっ」
フンスと胸を張ると、リオ君はあんぐりと口を開けた。ややあって、感心したように微笑む。
「よくわからないけど、ひとまず熱意は伝わったよ。うん。――ところで、魔力を消せるってどういうこと?」
「…………」
口が滑り申した。
こてんと可愛らしく首を傾げるリオ君に、私の体質を教えていいものか迷っていると、ジーンさんがうきうきと身を乗り出した。
「それそれ! ミアちゃんって、譲渡された魔力を消しちゃうんですって! それもヴィンスから聞いて――……あっ、口止めされてたわ」
駄目じゃん!
ずっこける私とリオ君に、ジーンさんはてへっと舌を出した。……誤魔化されませんよ?
「魔力譲渡、かあ……。生活魔法の一種だけど、普通は使う機会ないよね。よっぽど相性の良い魔力じゃないと、身体が拒否反応起こしちゃうし」
リオ君が体勢を立て直し、興味津々といった顔で私を見つめる。
「ね、じゃあさ。試しに僕の魔力を渡していい? 僕、魔法工学を専攻してるから、魔力の流れに興味があるんだ」
「あっ、それいいかも! あたしも興味あるあるぅ!」
ジーンさんが大はしゃぎして、積まれた本を倒しまくりながら背後の戸棚を開く。木箱を取り出し、嬉しげに中の物を私に手渡した。
長いベルトの中央に、ガラスのように透明な石がついている。
何に似ているかと言われると――……
「……腕時計?」
でも、文字盤がないし、時刻を示す針もない。
……というか、ベルト部分が長すぎる。腕に巻いたらかなり余ってしまうだろう。
首をひねる私に、ジーンさんがフフンとふんぞり返った。
「それはね、王立大学魔法工学科天才美人教師ジーン様々の……」
「長いよ、姉さん。まあ、平たく言えば魔力測定器ね」
ずこっとコケるジーンさんを無視して、リオ君は私の手から魔力測定器を奪い取る。素早くジーンさんの背後に回り込み、彼女の頭に装着してしまった。
ジーンさんの額に当たった透明な石が、ピカッと黄色く光り輝いた。
こっ、これは……!
「…………」
「今『ダサッ』って思ったでしょ」
ぎくぎくぅっ!
リオ君の鋭いツッコミに、「そんなことないよぉ」と取り繕ってはみたものの。
おでこの魔力測定器は気が抜けたようにペカペカ瞬き、見た目がなんともコミカルだ。……うん、これはヘッドライトだな。
ジーンさんがよいせとヘッドライトをはずす。
「あたしの魔力じゃこんなもんだけどね。リオがつけたらまばゆいばかりに輝くのよ! さっ、リオ!」
「断る。……さっ、ミアちゃん」
にこにこにこ。
笑顔全開のいとこコンビからうながされ、私は仕方なくヘッドライトを受け取った。しぶしぶ頭に装着してみる。
「……わっ、やっぱ光らないんだぁ!」
ジーンさんが私の顔を覗き込み、嬉しげに拍手した。
そんな彼女を押しのけて、目を輝かせたリオ君が私の前に立つ。
「じゃ、早速試してみよう! いい、ミアちゃん?」
「う、うん……」
頷きかけて、はっと気が付く。
魔力の受け渡しは、私と旦那様の契約なわけで。
他の人から魔力をもらうのは、契約的にアリなのか……?
「――やっぱり待っ……」
止めようとした時には、すでに遅く。
魔力を宿したリオ君の右手が、魔力測定器を避けて私の額を優しく撫でた。




