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第21話 新たなお仕事開始です!

 翌日、別荘からの帰途。


 馬車に揺られながら、私は隣に座る旦那様を笑顔で見上げた。


「よかったですね、旦那様っ。アビーちゃんが元気になって!」


 昨夜は遅くまで女三人でおしゃべりしたり、カードゲームに興じたり。

 アビーちゃんは楽しそうな笑い声を上げていた。きっと、あの明るさが本来の彼女の姿なのだろう。


 旦那様は私達から離れたソファで、眉間にシワを寄せて読書をしていた。

 怒っているのかと心配になり覗きに行ったら、私には難解すぎる本だったので、思わず私までしかめっつらになってしまった。完全にフリーズしていると、旦那様からペンと優しく額をはじかれた。……誤作動起こしてると思われたのかも。


 今朝はアビーちゃん達が寝ている間に、また旦那様と二人きりで湖のほとりを散歩した。

 キラキラ輝く湖は綺麗だし、旦那様は私に歩調を合わせてくれるし、また元素魔法を見せてくれるし。嬉しくて私はニヤニヤしどおしだった。


「……はあぁ。楽しかったなぁ。また行きたい……」


 ほうっと大満足のため息をつく私に、旦那様が静かな視線を向ける。


「いつでも構わない。……俺が一緒ならな」


「はいっ。もちろん!」


 アビーちゃんもあの自然あふれる別荘を気に入っているそうなので、誘い合わせて行ってみてもいいかもしれない。想像するだけで楽しみで、また私はへらりと笑う。


 旦那様はそんな私をじっと眺め、躊躇うように口を開いた。


「……あの別荘は。先代の国王が、俺の母のために建てたものだ。平民出身の母が……息抜きできるよう、ああいう簡素な造りにしたらしい」


 旦那様のお母さん、私と同じ平民だったんだ……。

 それにそれに、と私は旦那様を見上げた。


「先代の国王様って……旦那様のお父さん、ですよね?」


「ああ。……在位中は平民に変装して町をうろつく、型破りな王だった」


 部下泣かせとも言うな、と旦那様が眉をひそめて呟く。


 そんな王様がいるのかと、おかしくなって私は小さく噴き出した。クスクス笑う私を見て、旦那様もふっと表情を緩める。


「――退位後は、爵位を受けて南部の方で悠々自適に暮らしている……らしい。俺の母も一緒だが、しばらく会ってはいない」


 私は目を瞬かせた。

 衝撃の事実に気が付いて、背中を冷や汗が流れる。


「あの、旦那様……? そういえば、私、ご両親に挨拶してません……」


 自分に両親がいないものだからすっかり失念していたが、挨拶もなしに結婚するのは非常識ではないだろうか。

 おろおろする私に、旦那様は小さくかぶりを振った。


「必要無い。あの二人は変わり者だし、気にしてすらいないだろう」


「や、駄目ですよっ。私、せめてお手紙書きます!」


 旦那様を揺さぶると、彼はしばし沈黙し、ややあって仕方なさそうに頷く。


「……なら、俺が書く」


 よかったぁーーーー!!




***



「――ふうぅん? 良かったわねぇ~。楽しかったみたいでさぁ」


 テーブルに頬杖をつき、ヴィンスさんが拗ねたように唇を尖らせる。

 思わず旦那様の表情を窺うが、旦那様は淡々と食後のお茶を口に運んでいるだけだった。


 別荘から屋敷へと戻ったその夜。

 一息つく間もなく、仕事帰りのヴィンスさんが訪ねてきたのだ。


 夕食を取りながら別荘での出来事を熱く語るうち、ヴィンスさんの機嫌がみるみる急降下してしまった。

 食事中にやかましかったかなぁ、と反省して眉を下げる私に、旦那様が面倒臭そうにかぶりを振る。


「放っておけ。単に自分も行きたかっただけだろう」


「――なっ、違うわよ! 近場すぎるし安上がりすぎるけど、アンタ達の新婚旅行みたいなものだもの。アタシ邪魔なんかしないわよッ!」


 眉を吊り上げてわめき出すヴィンスさんを、慌てて手を振ってなだめにかかる。


「そうですよね、ヴィンスさんは思いやりがあるからっ」


 私の言葉に「そぉよッ!」と鼻息荒く同意した後、彼は憤りを隠せないように大きく身を乗り出した。


「それなのに……王女殿下と側仕えの美女が合流したですってぇ!? それならアタシだって行きたかったぁ! 目の保養がしたかったぁ!」


 結局行きたかったんじゃんっ!?


 思わず苦笑いしてしまう。


「なら、次は一緒に行きましょ! 旦那様ともまた行こうって話してたんですよ~。ねっ、旦那様!」


「……そうだな」


 旦那様が軽く目を細めて同意してくれた。

 なんだか嬉しくなって、へらりと彼に笑い返す。


 ほんわか幸せを感じていると、「ちっがぁぁぁう!」というヴィンスさんの怒声が轟き渡った。


「アタシはそこに王女殿下と美女も足して欲しいのっ! むしろ必要不可欠なのっ! アタシだって『元素魔法すごーい、ヴィンス様天才ー!』って、チヤホヤされたいのよぉぉぉぉッ!!」


「…………」


 欲望の主張が激しすぎる。


 だが、ヴィンスさんにはお世話になっている。

 仕方ない、期待に応えてあげようではないか!


 私は胸の前で手を組んで、目を潤ませてヴィンスさんを見つめた。ぶりっと小首を傾げてみせる。


「ヴィンス様、すごぉいっ! ステキ、格好良い、大天才~!! ……さっ、旦那様もご一緒に!」


 意気揚々とうながすと、旦那様は胡乱な表情で私とヴィンスさんを見比べた。

 すぅっと目線を鋭くして、まばたきもせずヴィンスさんを見つめる。


「……他の追随を許さない、稀代の奇人変人ぶり」


 ぼそりと呟いた旦那様の言葉に、私とヴィンスさんはテーブルに頭を打ち付けた。


 おでこ痛……じゃなくて!


「旦那様っ。今の褒めてないです!」


「他より抜きん出ている事、それ自体が称賛に値する」


「何を真顔で心にも無いこと言ってんのよ、シリルッ!!」


 顔を赤くしてわめくヴィンスさんを無視して、旦那様はまたひとくちお茶を飲んだ。

 ヴィンスさんがピクピクと口元を引きつらせる。


「アンタねぇ……。人がわざわざ伝言を運んできてやったというのに!」


「伝言?」


 きょとんとする私を、ヴィンスさんは忌々しそうに見やる。


「フン、アンタの仕事の話よ。――今日、ジーンが魔法士団を訪ねてきたの」


 旦那様へと視線を戻し、ぶすりと吐き捨てた。


「何と言っていた」


「引き受けてくれるって。なるべく早くお願いしたいって言ってたわよ」


 旦那様は軽く頷くと、話についていけてない私を静かに見つめた。


「俺の学生時代の友人で、王立学院の教師をしている奴がいる。仕事というのは、そいつの研究室の掃除だ」


「アタシの友達でもあるんだけどね。ジーンは片付けが壊滅的に下手なのよ。だから、結構大変だと思うわよぉ?」


 ヴィンスさんがニヤニヤ笑いながら言うが、私が気になったのは旦那様の言葉の方。衝撃にぽかんと口を開けた。


 旦那様の友達……友達……。


 怖いの? 無口なの? はたまた女言葉なのっ?


 わくわくしてきて、「やりますっ」と勢い込んで返事した。旦那様もふっと息を吐いて頷く。


「仕事というより、個人的な手伝いのようなものだ。……だが、気分転換にはなるだろう」


「はいっ、もちろん! わぁあ、ありがとうございますー!」


 仕事ができること以上に、旦那様が私との約束を果たすために動いてくれたことが嬉しい。

 はしゃぐ私と無表情な旦那様を、ヴィンスさんが苦笑しながら眺めていた。

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