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第20話 氷とけて、地固まる?

「――では、いきますよーっ。準備はいいですかぁ!?」


 昼食を終えて戻った、別荘のリビングにて。


 旦那様は二階に上がってしまったので、リビングにいるのは私とアビーちゃんとエマさんだけだ。

 腕まくりして呼びかける私に、アビーちゃんは緊張の面持ちで頷く。私は精一杯憎々しげに唇を尖らせた。


「あぁら、姫様! ズイブン日に焼けていらっしゃいますのねぇ~」


「え、ええそうですわ! わわわたくし日に当たるのが大好きですのっ」


 声を震わせながらも、胸を張って答えるアビーちゃん。

 さぁさ、まだまだ続けますよっ。


「お姫様なのに平民と遊ぶなんて、信じられなぁい」


「お、お友達になるのに身分は関係ありませんわっ」


「姫様ってば髪がふわふわ~」


「う、生まれつきですのっ」


「目が大きいわぁ~。まつ毛も長いし~」


「あ、ありがとうございますっ」


 エマさんがパンパンと手を叩き、「そこまで!」と叫んだ。

 呆れたような視線を私に向ける。


「ミア様、途中から褒めちぎっておりましたわよ?」


 ……ありゃ?


 頭を掻く私に、エマさんがふぅとため息をついた。


「ミア様に悪役は無理そうですわねぇ……。かと言って、わたくしに姫様を貶める役なんてできませんし」


 困り果てた私達は無言で顔を見合わる。

 私もエマさんも無理となると、候補者はあと一人しかいない。私は勢いよくハイッと手を挙げた。


「旦那様にお願いしましょうっ」


「却下ですわ。姫様が再起不能になります」


 うぅん、やっぱ駄目かぁ。


「……そうなると。残りの選択肢は『凍らせる』し、か……」


「ど、どうしたの姉様?」


 言葉を止めて黙り込んだ私に、アビーちゃんが怯えたように肩を震わせる。

 エマさんがおっとりと微笑んで手を打った。


「――ああ、なるほど。生ゴミ貴族だけに、いっそ凍らせてしまえと? そうですわね、このままでは腐っていくだけですものね」


「違いますぅっ! そうじゃなくてぇ!!」


 恐ろしい解釈をするエマさんにぶったまげ、腕をぶんぶん振り回して否定する。……淑女然とした笑顔で何てこと言うんだ、この人は……。


「あら、違いますの? さすがは氷の魔法士団長の奥方様と思いましたのに」


「もおぉっ! うちの旦那様だって、人を凍らせたりはしませんよっ?」


 強制クーラーは発動するけども!


 胸の中でこっそり付け加え、改めて二人に説明する。


「旦那様との約束を思い出したんですっ。氷の元素魔法を見せてくれるって」


 私の言葉に、二人は対照的な反応を示した。


 エマさんは爛々と瞳を輝かせ、アビーちゃんは息を呑んで後ずさる。私は慌ててアビーちゃんと視線を合わせた。


「大丈夫、怖くないです! 前に少しだけ見たことあるんですけど、雪の結晶がすごく綺麗ですからっ。――私、旦那様を呼んできます!」


 二人の返事を待たず、くるりと背を向けて二階に駆け上がる。

 意地悪練習は行き詰まってしまったのだし、息抜きだって必要です!




***



「――俺がいいと言うまで、全員その場から動くなよ」


「はーいっ」

「わかりましたわ」

「……はぃ……」


 無表情に指示を出す旦那様に、私とエマさんは元気よく、アビーちゃんは囁くように返事する。


 二階の旦那様の部屋を訪ね、元素魔法を見せてほしいとお願いすると、旦那様は最初難色を示した。あまり人に見せびらかすものではないそうだ。


 それでも、アビーちゃんを元気づけたいのだと両手を合わせて拝んだら、しぶしぶながらも頷いてくれた。……なんだかんだで可愛い姪っ子が心配なのだろう。やっぱり優しいひとなのだ。


 旦那様は私達に背を向けて、湖に向かってその手を伸ばす。


 手先がぼんやり青く揺らめいたと思った瞬間、手のひらから眩しいほどの光が放たれた。光は一直線に湖の上を走り、その軌跡上があっという間に凍りついていく。


 大きな湖なので向こう岸には届いていないが、それでもかなりの長距離が凍ってしまった。


「……っ。すごい、すごい!」


 歓声を上げる私に、「もう動いて構わない」と旦那様が無愛想に告げる。


 私が動くより早く、アビーちゃんが湖に向かって駆け出した。凍りついた湖に手を伸ばし、恐る恐る触れている。


「冷た……っ。すごく、綺麗だった……!」


「――信じられませんわ。これ程の魔法を、こんなにもあっさりと……!」


 アビーちゃんの後ろに立ったエマさんも、感嘆したように呟いた。

 旦那様が褒められたのが嬉しくて、私はだらしなく笑み崩れてしまう。


「そうなんです、旦那様はすごいんです! ね、旦那様っ?」


 はしゃぎながら胸を張ると、旦那様は無言で目を細めた。……もしかして、ちょっぴり照れてる?


「……これ、上を歩いてみてもいいんですかっ?」


 頬を上気させて旦那様を振り返るアビーちゃんに、エマさんが小さくかぶりを振った。


「いけませんわ、姫様。氷がとけて湖に落ちたら危険ですし、何より滑りますもの」


 アビーちゃんだけでなく、私もがっくりと肩を落とす。氷の道……歩いてみたかったなぁ……。


 旦那様は私達から距離を取ると、軽く手を振ってキラキラした粒子を出現させた。

 おそらく、以前見た魔法と同じものだろう。前に見た時より数は少ないけれど、大きな雪の結晶に見覚えがある。


 旦那様は空中に浮かぶ粒子から離れ、地面から小石をいくつか拾った。私とアビーちゃんに手渡す。


「投げてみろ」


「……? 了解ですっ」


 えいっと投げると、粒子に命中した小石が一瞬にして凍りついて地面に落ちた。私達はわっと歓声を上げる。


 それからは夢中になって、アビーちゃんと二人ですべての粒子に小石を当てた。命中するたび、エマさんが称えるように拍手してくれる。

 アビーちゃんは凍りついた石を拾い上げ、嬉しそうに見つめた。


「冷たぁ……。すごい。魔法って、楽しいです……!」


「楽しいだけじゃない。危険だし、扱いも難しい。……だが……」


 旦那様は無表情にアビーちゃんを見下ろす。アビーちゃんも緊張したように背筋を伸ばした。


「――だが、興味を持ったなら学べばいい。元素魔法に限らず、己の知りたいと思った事を。そうすれば、貴族の馬鹿共の雑音など気にならない」


「は、はいっ」


 平坦な声音ながら、内容には優しさを感じる。

 アビーちゃんにもそれがわかったのだろう、強ばっていた顔が緩み、花が咲いたように微笑んだ。


 私まで嬉しくなって、アビーちゃんの側にかがみ込む。


「よかったね、アビーちゃんっ。これから困ったことがあったら、叔父さんに相談するといいよ! もちろん私にもっ」


「はいっ!」


 二人でほのぼのと笑い合う。


 湖の上の氷がとけて、ぱしゃりと音を立てるのが聞こえた。

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