第19話 姪っ子って可愛いのです!
突っ込みたい点はいろいろとあったけれど、ひとまず昼食を済ませてからということにして。
それぞれが好みの具材をパンに挟み、黙々と平らげることに集中した。
食に興味が無い旦那様の分は、僭越ながら私が作らせてもらった。カリカリベーコンに蜂蜜をかけたパンを手渡した時は、なぜか凍りついたように動きを止めていたけれど。
「……はっ! しまったぁ! そういえば旦那様って、甘いもの苦手でしたっけ!」
思い出した頃には時すでに遅しで、苦悶の表情を浮かべた旦那様が、最後のひと口をごくりと飲み込むところだった。顔をしかめながら、即座にぶどう酒で流し込んでいる。
「言ってくださいよー! そしたら私が食べたのにっ」
八つ当たり気味に旦那様の腕を揺さぶると、「苦手なものなど無い」とフイと顔を背けられた。嘘だぁ、見栄だぁ! 魚嫌いだって言ってたし!
むうぅと口を尖らせかけた私は、はたと思い付いて瓶詰めピクルスを手に取る。澄まし顔で旦那様に差し出した。
「なら、ピクルスもどうぞ~。酸っぱいのも平気なんですよね?」
「…………」
えへへ。
さっきからピクルスの瓶をさり気なく押しやってるの、私ちゃんと気付いてましたよ?
でも、お酢は身体に良いんですから!
「……もう、満腹だ」
期待を込めて見つめる私から視線を外し、旦那様はぼそりと呟く。両腕をしっかり組んだのは、絶対に食わんぞという意思の表れか。
「あっ、逃げた!」
「別に逃げていない」
わいわい言い合う私達の向かい側で、お姫様とエマさんは一言も発していない。もしやうるさかったかと、慌てて二人に頭を下げた。
「ご、ごめんなさいっ。私ってば無作法……で……?」
語尾が疑問系になってしまった。
お姫様は目をまんまるに見開いているし、エマさんも口元に手を当てて「あらまぁ」と言いたげなポーズで固まっている。……もしもーし?
怪訝に思って見返すと、お姫様がはっとしたように居住まいを正した。
「……あ、その。えぇと、あなたは……ミア、叔母様は……」
おーばーさーまーっ!?
あっ、そっか!
旦那様が叔父さんなんだから、私は叔母さんで正解かっ?
衝撃を受けてのけぞる私を見て、エマさんが軽やかな笑い声を上げる。
「姫様。ミア様はまだお若いのですから、『ミア姉様』でよろしいかと存じますわ」
「う、うん……。それでは、ミア、姉様……?」
頬を染めて上目遣いに見つめられ、私のハートはずっきゅんと撃ち抜かれた。破壊力がとんでもないです……!
「はいっ、なんでしょうお姫様っ!?」
私は大きく身を乗り出し、お姫様の手をがしっと握る。今度はお姫様がのけぞった。
旦那様が後ろから私の肩を掴み、そっと後ろに引き戻してくれる。アラすみません、ワタクシ前に出すぎてました?
お姫様がコクリと唾を飲み込み、決心したように帽子のつばを上げた。
「あ、あのその……。わたしのことは、お姫様じゃなくて、アビーって呼んでほしいです」
「わっかりました、アビーちゃん!」
即座に力強く請け負うと、お姫様……アビーちゃんは可愛らしくはにかむ。
胸に手を当てて、言葉を探すようにゆっくりとしゃべりだした。
「ミア姉様は……平民とうかがっています。その、嫌がらせとか、されてない……?」
「いいえ、全然。そもそも貴族のかたと交流してないですから」
ねえ旦那様!
笑いながら同意を求めると、旦那様は静かに頷いた。私はアビーちゃんに視線を戻し、続きをうながすように首を傾げる。
「わたしは……父様が選んだ子達が、一緒に遊んでくれるんだけど……。色が黒いとか、言葉遣いが平民みたいだとか、クスクス笑われてばかりで」
「えええっ!? アビーちゃんで黒かったら、私はどうなっちゃうのっ?」
アビーちゃんは確かに白くはないけれど、子供らしく健康的でいいと思う。驚愕する私を見て、エマさんがにっこりと微笑んだ。
「姫様もミア様も、色白でいらっしゃいますわよ」
「…………」
エマさんこそ、誰より色白ですよ……?
苦笑いする私をよそに、アビーちゃんが鼻をすすり、ごしごしと目元をこする。
「お父様も、言葉遣いと立ち居振る舞いを直しなさいって。あの、怖いお顔で叱りつけるの……。わたし、いつも泣いちゃうの」
「ああ~……。なんか、それは聞いた覚えが……」
思わず目を泳がせる。
王様にその気がなくても、あの顔で注意されたら、そりゃあねぇ……?
「お母様はお優しいけど、お兄様もわたしとほとんどしゃべってくれないし……。わたし、ルーナ公国に帰りたい……」
「――それで、この別荘に逃げてきたわけか」
それまで黙っていた旦那様が、冷たい声音で言い放つ。アビーちゃんがビクリと肩を震わせた。
「言いたい奴らには言わせておけ。いちいち乱されるな」
旦那様の言葉に、アビーちゃんはこぼれんばかりに目を見開く。その瞳から大粒の涙が落ちるのを見て、私は勢いよく立ち上がった。真ん中に置いている料理を避けて、アビーちゃんの隣に腰を下ろす。
「よしよし、泣かない泣かない」
ぎゅっと彼女を抱き締め、背中をぽんぽんと叩く。アビーちゃんは小さく泣き声を上げて、必死にしがみついてきた。
私はむうぅと旦那様を睨む。
「旦那様、今の言い方はないと思いますっ」
「甘やかすだけでは、貴族の馬鹿共には勝てん」
吐き捨てるように返され、私はきょとんと目を丸くした。えぇと、つまり……?
「……ああ、なんだぁ! 助言してあげようとしたんですねっ。なら、もう一度お願いします!」
わくわくと見つめると、旦那様はしばし黙り込んだ。
眉間のシワをぐぐっと深くして、今度は考えるように話し出す。
「……お前がそうやって泣いたところで。単に馬鹿共を喜ばせるだけだ。強くなれ。受け流せ。なんなら凍らせろ」
最後の一言に、旦那様以外の全員がだあっと崩れ落ちた。
や、それ犯罪でしょう!
……でも、それ以外は良い手かもしれない。
私はよろよろと体勢を立て直すと、アビーちゃんからそっと離れる。
「アビーちゃん。実は、私は魔力ゼロなんです」
秘密めかして囁くと、彼女は茫然と動きを止めた。いつの間にか涙も止まっている。
「オマケに、孤児院育ちなんです。子供の頃は、親がいないだの魔力がないだの、馬鹿にされまくってましたよー」
てへへと笑う私の後ろで、ユラリと怒気が立ち昇った――ような気がする。……ん?
恐る恐る振り返ると、旦那様が思いっきり不愉快そうに眉根を寄せていた。眦も吊り上がってるし……うん、怖いね……?
「だ、旦那様? これ、子供の頃の話ですからっ」
「わかっている」
ものすごく低い声で返される。
ほっと安堵の息を吐く私に、「だが」と呻くように続けた。
「今後、もしも余計な事を言ってくる輩が居たら。すぐに俺に教えろ」
「…………」
教えて……その後、一体どうする気です?
旦那様。
まさか……凍らせるつもりじゃ、ありませんよね……?




