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第1話 声を大にして叫びたい!

 独断と偏見による掃除の極意、その一。


 室内では箒を使い、なるべくゴミを一ヶ所に集めるべし。


 こうしておけば、アラ便利。

 魔動掃除機の使用が、必要最低限で済むではありませんか!

 これぞ使用人(私)による使用人(私)のための、素晴らしき節約術!!


「……いやいや。絨毯(じゅうたん)の上は、きちんと掃除機をかけて頂戴ね。ミア」


 悦に入っていたところを先輩のライラさんから突っ込まれ、私はぷうと頬を膨らませた。


「ええ~っ。それじゃあ掃除機が魔力切れ起こしちゃうじゃないですか。……神よどうか、コロコロという便利道具を我に与えたまえ……!」


 それなら魔力だって必要ないし。

 この世界にコロコロが存在しないのが悔やまれるっ。


「まぁた意味のわからない事を言って。ミアは本当に面白いわね」


 くすくすと笑われ、つられて私も照れ笑いする。もともと長くは怒っていられない性格なのだ。


 ライラさんに魔力を補充してもらい、絨毯にも丁寧に掃除機をかけ終わったところで、厨房担当のマシューおじさんからお使いを頼まれた。

 ここ町長一家に住み込みの使用人は、私とライラさんとマシューおじさんの三人きり。和気あいあいとして仲の良い、アットホームな職場です。


 門を出たところでポニーテールにしていた髪をほどき、ふるふると首を振って手櫛で整えた。栗色の髪は自分でもかなり気に入っているが、ぴょんぴょんハネる癖毛が悩みの種だ。


 ぽかぽか陽気の昼下り、外に出るとなんとも気持ちがいい。頬を緩ませて歩き出した途端、背後からガバリと抱き着かれた。


「――ミアっ。あたしも行くわ!」


 弾んだ声で話しかけられ、私はあえて仏頂面を作る。重々しく彼女を振り返った。


「……ローズお嬢様。お勉強は終わられたのですか?」


 慇懃に言ってやると、ローズは楽しそうに声を立てて笑う。ぱっと腕をほどいて、私の前に回り込んだ。


「いいじゃない。息抜きよ、息抜き。――口止めとして、アイスを奢ってつかわそう」


「やったぁ! ローズってば太っ腹ぁ!!」


 即座に手の平を返すと、「調子いいんだから」と苦笑された。二人できゃいきゃい騒ぎながら、足早に市場へと向かう。


 ローズは町長の家のお嬢様だが、私にとっては幼馴染でもある。町長の家自体、使用人も家族同然に扱ってくれるおおらかな職場なので、ローズと二人の時はいつもこんなものだ。


「ねぇ、ミアは聞いた? 近々、王都から魔法士団が派遣されてくるらしいのよ」


「ほえー」


 アイスは何味にしようか。

 普段だったら王道のバニラ派なんだけれど、たまにはこってり甘いチョコでもいいかもしんない。


「最近、魔獣に畑を荒らされる事件が頻発してるでしょ? 人的被害が出る前に、一気に掃討するんですってよ」


「ほうほう」


 いや、アイス屋のお姉さんは意欲的だから、またまた新味を開発している可能性も?

 この間の焼肉味はイマイチ……どころか激マズだったけれど、お姉さんの挑戦には敬意を表さねばなるまい。


 よし、新味を試してみようではないか!

 たとえ失敗したとしても、今日は奢りだから私の懐は痛まないっ!


「――真面目に人の話を聞けっ!!」


「あいたぁっ!!」


 後頭部に空手チョップを食らい、恨めしげに隣を歩くローズを見つめる。あらまあ、なんて暴力的なお嬢様ですコト!


「……なんか失礼なこと考えてたでしょ」


「ぎくりっ」


「全くもうっ。天下の魔法士団が来るってのに、興味を示さないなんてミアぐらいのものよ?」


 えーっ、そうかなぁ?


 ローズの言葉に首を傾げる。


 確かに、生活魔法とは全く違う、派手な元素魔法を生で見てみたい気はする。でも魔獣との戦闘なんて危険なもの、一般人には決して見物させてくれないだろう。


「だったら、目先のアイスの方が大事じゃない?」


「……あんたって、時々現実的よね」


 つまらなさそうに眉根を寄せるローズに、思わず小さく笑ってしまった。


「だってぇ。元素魔法どころか、生活魔法すら私には使えないんだよ? 魔法士団なんて雲の上のさらに上! 私の興味の対象外だよ」


 生活魔法というのは、魔力を動力源とする道具に己の魔力を注ぎ込む――ただそれだけの魔法である。

 掃除機も洗濯機も冷蔵庫も、この世界では電気ではなく魔力によって動く。生活魔法は使えて当たり前、むしろ使えないとか何ソレありえなぁい!という、魔力ゼロな私にはなかなか厳しい世界なのだ。


「――別に、生活魔法なんて使えなくたっていいじゃない! 周りの人間が魔力を補充すれば済むことだもの。ミアはそんなこと気にしなくたっていいの!」


 一瞬言葉に詰まった後で、ローズはムキになったように言い募る。私はそんな彼女をぽかんと眺めた。


「うん、別に気にしてないよ? 私は健康だし、マシューおじさんのごはんは毎日美味しいし、ローズは今日アイスを奢ってくれるし。――うわ、すっごい幸せだね私!!」


 飛び跳ねて喜ぶ私に、ローズはぷっと噴き出した。


「そうね、幸せね。よぉしっ、今日は勇気を出して一緒に新味を試すわよ! ……聞くところによると、ピーマン味らしいけど」


「うわ苦そうッ!!」


 爆笑しているうちにアイス屋に到着した。

 先に入口をくぐったローズからふっと目を逸らし、雲ひとつない青い空を見上げる。


 ローズに言ったことは嘘じゃない。


 私は生まれつき魔力ゼロだし、幼くして両親を亡くしたし、孤児院では魔力なしとして馬鹿にされて育ったし。


 それでも、居心地の良い職場にも、心優しい友人にも恵まれた。


 ――そして何より、今の私は何にも代えがたいものを手に入れたのだ。


「友達と一緒に青空の下を歩いて、おしゃべりして、買い食いなんかしちゃって。……ああ、ホント健康って素晴らしい! 健康(ケンコー)サイコー!!」


 空に向かって叫ぶ私に、通行人の目が点になる。一足先にアイス屋に入っていたローズが、慌てたように回れ右して戻って来た。


「もおぉっ、また意味不明なことをっ! いいからとっとと行くわよ!?」


 ずりずりと私を引きずるが、私はそれでもニヤニヤ笑いをとめられない。


 ――前世の私は病気に苦しみ、たったの十六歳でこの世を去った。


 日本とは全く違う世界に生まれ変わったこと、そして前世の記憶があることに、そりゃあ最初は驚いたけれど。

 風邪ひとつ引かず健康に、すくすくと十七歳まで成長することができたのだ。もう前世の享年を追い越してしまった。


「――はいお待たせっ。これぞ自信作・にがピーマン味よ!」


 お姉さんから手渡された真緑色のアイスを、わくわくと心を弾ませて受け取る。おおっ、見た目は抹茶味みたいで美味しそう!


 ローズといっせーので口に入れた瞬間、その仰天の味に二人そろって悶絶した。


「……苦いーーー!!」


「死ぬぅーーー!!」


 目に涙を浮かべながら、ゲラゲラと笑い合う。


 平和で温かくて、楽しくてたまらない私の毎日。

 魔法士団の来訪が、そんな私の日常を一変させることになるだなんて。


 ――この時の私は、全く想像もしていなかったのだ。

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