第16話 意味不明、略してイミフです!
「――と、いうわけで。すっごく大変だったんですー!」
今日も今日とて、夕食後のわんこそばタイム。
仕事人間な旦那様と、時間を気にせずゆっくり話せる唯一の時間である。
……といっても、ほとんど私が一方的にしゃべっているだけなのだけど。今日のごはんやおやつで美味しかったもの、屋敷の中を探検した話など、とりとめのないことばかり。
でも、今日は違う。
伊達眼鏡がお似合いなヴィンス先生のマナー講座を、身振り手振りで熱く再現した。しばらく黙って聞き入っていた旦那様は、相変わらずの無表情で私を見返した。
「……別に、マナー練習など必要無い」
無愛想に告げられ首を傾げる。
王女様の誕生日パーティ、私は出席しなくていいってことかな?
疑問が顔に出ていたのか、旦那様は小さくかぶりを振った。
「王と王女に、祝意だけ伝えてすぐに出るからだ。お前は俺の横に居るだけで良い」
「……ええっ? 姪っ子さんのお誕生日会なのに、それでいいんですか?」
驚く私に、旦那様はやはり眉すら動かさない。
ぽんと私の額に魔力を移し、つれなく答える。
「単なる義理で出席するだけだ。――そもそも、俺が長居したところで周囲を緊張させるだけだろう」
「…………」
どうしよう。
口が裂けても「えーっ、そんな事ないですよぅ!」なんてお愛想は言えない……。
旦那様は苦悩する私に気付かないようで、再び魔力を私の額へ移す。その後、指で優しく私の前髪を整えてくれた。
この仕草が、わんこそばタイム終了の合図である。
私は腰かけていたベッドから機敏に立ち上がり、座ったままの旦那様に笑顔で挨拶する。
「それじゃあ、おやすみなさいっ」
旦那様ははっとしたように手を伸ばし、出て行こうとした私を掴んで引き留めた。
「待て」
「? はいっ」
まだ何か用事があるらしい。
私はもう一度ベッドに座り直し、隣の旦那様を首を傾げて見上げた。旦那様の言葉を待つ。
「…………」
待つ。
そして待つ。
ひたすら待つ。
「…………」
……なぜに、無言?
「あのぉ、旦那様?」
旦那様は私の方を見てすらいない。
つんつんと肩を突っついて注意を引いてみると、やっと険しい顔つきでこちらを見た。またしばし黙り込んだ後、怒ったような声で言い放つ。
「……俺は、明日休みだ。明後日も」
「へぇ! 珍しいですねー」
珍しいというより、私がこの屋敷に来てから初めてのことである。
ヴィンスさんから聞いた話によると、たとえ休みの日であっても、旦那様は欠かさず魔法士団に顔を出すらしい。強力な魔法を使うチャンスを逃したくないからだそうだ。
でも今は私が居るから、無理に魔法を使って魔力を減らす必要はないのだろう。
少しは役に立てているのかも、とじんわり嬉しくなる。そういえば、目の下の隈もだんだん薄くなってきた気がするし。
くすぐったさに小さく笑い、笑顔で隣に座る旦那様を見上げた。
「そっか、お休み……。なら、せっかくだから遊びましょ! 何かしたいことはありますか?」
張り切って問いかけると、強ばっていた旦那様の顔が少しだけ緩む。緩んだところで無表情に戻るだけなのだけれど、少なくとも怒っているような表情ではなくなった。
「……王都から、馬車で数時間程度の場所に。王族の別荘がある。保養地だ。湖畔の」
「…………」
単語だなぁ。
湖畔の別荘に一緒に行かないか?ってことかな、つまり。
「元素魔法が見たいと、前に言っていただろう。あそこなら人が居ないから、ちょうどいい」
ぷいと顔を逸らしながらぶっきらぼうに告げられ、私は思わず目を輝かせた。
湖畔の別荘。
ちょっとした遠出。
それからそれから……元素魔法!!
「行く! 行きます!!」
はしゃぎながら返事をすると、旦那様はググッと眉間にシワを寄せた。またしても怒ったような表情になっている。
「ならば明日の早朝出発する。一泊だ」
「はぁい! 急いで支度しないと!」
おやすみなさい!
早口で挨拶すると、振り返りもせずダッシュで旦那様の部屋を出た。さあ、何を持っていこう?
旅行の準備、心が躍る~!
***
翌朝。
まだ暗いうちに起床して、軽く朝食を取ったらすぐに出発した。今は旦那様と二人、カタカタと馬車に揺られている。
車窓から見える景色がだんだんと明るくなってきて、私は窓に張り付いて歓声を上げた。
「やったぁ! 今日はお天気良さそうですよ!」
昨夜からテンション上がりっぱなしである。
前世から含め、物心ついてから初の旅行……!
今世の孤児院時代では、みんなで何度か遠出したことはあるけれど、いずれも日帰りのピクニック。お泊りは正真正銘今回が初めてである。
「あああ、楽しみー! 湖も綺麗でしょう……ねえぇ……」
言葉の途中で、くああと大きなあくびが出た。
昨夜は準備に時間がかかったし、わくわくしすぎてほとんど眠れなかったのだ。
加えてカタコト揺れる馬車のリズムが心地よくて、どんどんまぶたが重くなる。
目をこする私に、旦那様は静かなまなざしを向けた。
「寝ていて構わない。着いたら起こす」
「それじゃあ……そ…します……」
しゃべっている途中でコトンと意識がなくなった。
だって。
到着したら、全力で……遊びたい……。
…………
…………
…………い……ぞ……
声が聞こえた気がして、ふわふわまどろんでいた意識が少しずつ浮上する。
「着いたぞ」
今度ははっきりと聞こえた。
ぼんやりと薄目を開ける。
「……ふあぁ……。了解、で……すうぅっ!?」
覚醒した瞬間、素っ頓狂な叫び声を上げてしまった。
なんと……なんと私は、旦那様にもたれかかって眠っていたのだ……!
きっと思いっきり体重をかけまくっていたに違いない。まさかヨダレは垂らしてないと思うけど!
慌ててしゃんと背筋を伸ばし、あまりの申し訳なさに眉を下げた。
「ご、ごめんなさいっ。重かったですよね?」
「いや」
短い返答が信じられず、私はぶんぶんと首を横に振った。
「絶対ウソですー! 寝てる人って重いもん! 私だって、何度も寄りかかられた事あるからわかりますっ」
その瞬間急激に温度が下がる。
……ありゃ? またですか?
「……誰からだ」
おどろおどろしい低い声で問いかけられ、ビクリと肩を揺らした。だ、誰からって……。
底冷えする目で私を見ている旦那様を、怖々と見返した。ごくりと唾を飲み込み、カクカクと口を開く。
「こ、孤児院の子供達。あと、ローズ」
すっと温度が上昇した。
寒さと突然の意味不明な怒りで、完全に目が覚めてしまった。
差し出された旦那様の手を取って、ヨロヨロと馬車から降りる。気持ちの良い風に吹かれ、そっと目を閉じ己の胸に手を当てた。
……旦那様の、クーラーポイントを学習しよう。
だって、体だけじゃなく、肝まで冷えてしまうもんね……?
これを新たなる課題とすることを、深く心に刻みつける私であった。完。
続きます!




