第14話 予測不能って楽しいのです!
「アンタの髪、色は悪くないのよね。明るい栗色ってアタシ好きよ」
食堂まであと一歩というところだったのに、副官さんに拉致されて、自室へと逆戻りしてしまった。
問答無用で鏡台に座らされ、背後から髪をいじられる。
お腹減ったんだけどなぁ……。
胸の中でしんみり呟く。
副官さんはそんな私に気付かないようで、小鼻をうごめかして私の後ろから鏡を当てた。
「――さっ、どぅお? この複雑かつ優雅な編み込みはっ」
鏡に目を移し、思わずぽかんと口を開けてしまった。
うわスゴっ!
細かく編み込まれた私の髪は背中に流れ、うなじのあたりでひとつにまとめられている。大きなリボンで結われており、派手すぎるぐらい真っ赤なリボンが、私の栗色の髪に綺麗に映えていた。
「可愛い~! こんなに赤いリボン初めてつけましたっ!」
さっきまでの不満はどこへやら、はしゃぎながら副官さんを振り返る。やっぱり女子として、可愛い髪型にはテンション上がるっ。
副官さんはふふんと得意気に胸を張った。
「栗色には赤が合うからね。アンタに似合うと思って、わざわざウチから持って来てあげたのよ。感謝しなさいよね!」
「はいっ。ありがとうございます、副官さん!」
満面の笑みでお礼を言うと、副官さんは小さく苦笑した。
「ヴィンス、でいいわよ。どうやらアンタとの付き合いは末永くなりそうだし? ――これから改めてヨロシクね、ミア」
手を差し伸べられ、慌てて副官さん……ではなくヴィンスさんの手を握る。
「こちらこそ……! よろしくお願いします、ヴィンスさんっ」
嬉しさに顔がだらしなくにやけ、照れ隠しに腕を上下にぶんぶん振った。彼も楽しそうに笑い声を上げる。
「さ。アンタの偏屈旦那が待ち構えているでしょうから、そろそろ行くわよ」
テキパキと鏡台の前を片付けながらヴィンスさんが言う。
本当は旦那様も私の部屋に入ろうとしたのだけれど、「女の身支度を覗くんじゃないわよ!」とヴィンスさんから追い出されてしまったのだ。
私も勢いよく立ち上がり、大きく伸びをした。
「はーい! ……ところでヴィンスさんて、美容とかに詳しいんですね? 髪のアレンジまで出来るなんてすごーい!」
賛辞を送ったら、なぜかヴィンスさんがピタリと動きを止める。眉根を寄せて振り返った。
「ああ……まあ、ね。最初は『フリ』だったんだけど……だんだん本気でハマってしまったというか……。……結局、性に合ってたってことかしらね?」
うつむき加減に、最後は自問自答するように呟く。
……フリ?
首を傾げる私に、ヴィンスさんははっとしたように顔を上げた。
「ああ、なんでもないわ。アタシの話は置いといて……とりあえず朝食ね! せっかく早起きしてご馳走になりに来たんだから! ……あら、でももうこんな時間? 今日も確実に遅刻でしょうね」
それでいいのか魔法士団!?
あまりの緩さにずっこけてしまった。
これ以上遅くなっては大変と、慌ててヴィンスさんの背中を押して部屋を出る。
部屋から出てすぐヴィンスさんは足を止めた。
「――あら、シリル。先に食べてても良かったのに」
ぴょんと彼の背中から飛び出すと、不機嫌オーラ全開な旦那様が壁に寄りかかっていた。あはは、今朝と全く同じ格好。
ニマニマして見上げる私を、旦那様も無言で見返した。
ヴィンスさんの力作をよく見て欲しくて、わざとらしくお辞儀したあと、旦那様の前でくるりと一回転する。長いスカートがふわりとなびいた。
「どうですかっ? すっごく可愛いと思いませんか!?」
わくわくと旦那様に詰め寄る。
さあさあ、ヴィンスさんの神業を褒め称えてくださいっ。
だが、旦那様はすっと目を逸らして「ああ」と短く答えただけだった。えーっ、それだけぇ?
「ホンット素直じゃないわねぇ」
くすくすと笑うヴィンスさんを、旦那様はギロリと睨みつけた。ヴィンスさんは「ヤダ怖ぁい」と茶化すように言って、軽く肩をすくめるだけだったけど。
「……終わったならもう行くぞ。今出れば間に合う」
「ええっ? アタシの朝食は!?」
「抜け」
「そんなああああっ!? ここの朝食、今日も楽しみにしてたのにっ!」
二人の漫才のようなやり取りに、焦りながら割って入る。旦那様の服を掴んで揺さぶった。
「駄目ですよ、旦那様! 朝はきちんと食べないとっ」
「…………」
旦那様は眉をひそめて考え込み、ややあって小さく首を縦に振る。
「……出勤してから何か食べる」
本当かなぁ、と疑いつつ、仕方なく私も頷いた。
さすがに二日連続で遅刻するのはアレだしね……。
ぶうぶう文句を言うヴィンスさんをなんとか宥めながら、三人で足早に玄関へと向かった。
「ンもう、それじゃあ行ってくるわね」
玄関に着いてもまだぶうたれているヴィンスさんに、苦笑しながら大きく手を振る。
「はいはい。行ってらっしゃい、ヴィンスさん」
「ええ。……あっ、そうだミア。明日商会がこの屋敷に来るよう手配しておいたから、アタシも立ち会うわ。明日はアタシも休みだし、アンタ一人じゃどんな服を選べばいいかわからないでしょ?」
なんと。
それは大助かりである。
「ありがとうヴィンスさんっ。助かります!」
勢い込んでお礼を言うと、隣にいる旦那様からユラリと黒い何かが立ち昇った……ような気がする。
ヴィンスさんが旦那様にニヤリと笑いかけた。
「あぁら、ゴメンなさい。もう行かなくちゃよね? アタシ空腹だけど頑張るわミア、じゃあねミア、また明日ねミア」
「? はいっ、ヴィンスさん。また明日!」
やけに私の名前を連呼するのを不思議に思いつつ、笑顔でもう一度彼に手を振る。それから旦那様へと視線を移した。
「旦那様もお気を付けて! お仕事がんばってくださいね!」
「…………」
無言の旦那様は口を開きかけ、何も言わずに閉じる。そして意を決したように再び口を開き――やっぱり何も言わずに閉じてしまった。
辛抱強く待っていると、旦那様が眉を吊り上げて私を睨んだ。なになにっ?
旦那様はいかめしい顔で深呼吸して、やっと言葉を発した。
「…………ああ」
「…………」
散々溜めてそれだけですかっ?
思わずだあっと崩れ落ちる。
旦那様は憮然とした表情になると、肩を震わせて笑っているヴィンスさんの首根っこを引っ掴んだ。そのままくるりと回れ右して出発しまう。
慌てて二人の背中に向かい、もう一度「行ってらっしゃい!」と叫んだ。
二人が馬車に乗り込むのを見送って、ふうとため息をつく。
……ウチの旦那様、やっぱり何考えてるかわかんないかも……。
でも、なぜだかそれが楽しい。
我知らず口元がほころんで、胸の奥からくすくす笑いがこみ上げてきた。




