表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/99

第14話 予測不能って楽しいのです!

「アンタの髪、色は悪くないのよね。明るい栗色ってアタシ好きよ」


 食堂まであと一歩というところだったのに、副官さんに拉致されて、自室へと逆戻りしてしまった。

 問答無用で鏡台に座らされ、背後から髪をいじられる。


 お腹減ったんだけどなぁ……。


 胸の中でしんみり呟く。


 副官さんはそんな私に気付かないようで、小鼻をうごめかして私の後ろから鏡を当てた。


「――さっ、どぅお? この複雑かつ優雅な編み込みはっ」


 鏡に目を移し、思わずぽかんと口を開けてしまった。


 うわスゴっ!


 細かく編み込まれた私の髪は背中に流れ、うなじのあたりでひとつにまとめられている。大きなリボンで結われており、派手すぎるぐらい真っ赤なリボンが、私の栗色の髪に綺麗に映えていた。


「可愛い~! こんなに赤いリボン初めてつけましたっ!」


 さっきまでの不満はどこへやら、はしゃぎながら副官さんを振り返る。やっぱり女子として、可愛い髪型にはテンション上がるっ。


 副官さんはふふんと得意気に胸を張った。


「栗色には赤が合うからね。アンタに似合うと思って、わざわざウチから持って来てあげたのよ。感謝しなさいよね!」


「はいっ。ありがとうございます、副官さん!」


 満面の笑みでお礼を言うと、副官さんは小さく苦笑した。


「ヴィンス、でいいわよ。どうやらアンタとの付き合いは末永くなりそうだし? ――これから改めてヨロシクね、ミア」


 手を差し伸べられ、慌てて副官さん……ではなくヴィンスさんの手を握る。


「こちらこそ……! よろしくお願いします、ヴィンスさんっ」


 嬉しさに顔がだらしなくにやけ、照れ隠しに腕を上下にぶんぶん振った。彼も楽しそうに笑い声を上げる。


「さ。アンタの偏屈旦那が待ち構えているでしょうから、そろそろ行くわよ」


 テキパキと鏡台の前を片付けながらヴィンスさんが言う。


 本当は旦那様も私の部屋に入ろうとしたのだけれど、「女の身支度を覗くんじゃないわよ!」とヴィンスさんから追い出されてしまったのだ。


 私も勢いよく立ち上がり、大きく伸びをした。


「はーい! ……ところでヴィンスさんて、美容とかに詳しいんですね? 髪のアレンジまで出来るなんてすごーい!」


 賛辞を送ったら、なぜかヴィンスさんがピタリと動きを止める。眉根を寄せて振り返った。


「ああ……まあ、ね。最初は『フリ』だったんだけど……だんだん本気でハマってしまったというか……。……結局、性に合ってたってことかしらね?」


 うつむき加減に、最後は自問自答するように呟く。


 ……フリ?


 首を傾げる私に、ヴィンスさんははっとしたように顔を上げた。


「ああ、なんでもないわ。アタシの話は置いといて……とりあえず朝食ね! せっかく早起きしてご馳走になりに来たんだから! ……あら、でももうこんな時間? 今日も確実に遅刻でしょうね」


 それでいいのか魔法士団!?


 あまりの緩さにずっこけてしまった。


 これ以上遅くなっては大変と、慌ててヴィンスさんの背中を押して部屋を出る。

 部屋から出てすぐヴィンスさんは足を止めた。


「――あら、シリル。先に食べてても良かったのに」


 ぴょんと彼の背中から飛び出すと、不機嫌オーラ全開な旦那様が壁に寄りかかっていた。あはは、今朝と全く同じ格好。


 ニマニマして見上げる私を、旦那様も無言で見返した。

 ヴィンスさんの力作をよく見て欲しくて、わざとらしくお辞儀したあと、旦那様の前でくるりと一回転する。長いスカートがふわりとなびいた。


「どうですかっ? すっごく可愛いと思いませんか!?」


 わくわくと旦那様に詰め寄る。


 さあさあ、ヴィンスさんの神業を褒め称えてくださいっ。


 だが、旦那様はすっと目を逸らして「ああ」と短く答えただけだった。えーっ、それだけぇ?


「ホンット素直じゃないわねぇ」


 くすくすと笑うヴィンスさんを、旦那様はギロリと睨みつけた。ヴィンスさんは「ヤダ怖ぁい」と茶化すように言って、軽く肩をすくめるだけだったけど。


「……終わったならもう行くぞ。今出れば間に合う」


「ええっ? アタシの朝食は!?」


「抜け」


「そんなああああっ!? ここの朝食、今日も楽しみにしてたのにっ!」


 二人の漫才のようなやり取りに、焦りながら割って入る。旦那様の服を掴んで揺さぶった。


「駄目ですよ、旦那様! 朝はきちんと食べないとっ」


「…………」


 旦那様は眉をひそめて考え込み、ややあって小さく首を縦に振る。


「……出勤してから何か食べる」


 本当かなぁ、と疑いつつ、仕方なく私も頷いた。

 さすがに二日連続で遅刻するのはアレだしね……。


 ぶうぶう文句を言うヴィンスさんをなんとか宥めながら、三人で足早に玄関へと向かった。


「ンもう、それじゃあ行ってくるわね」


 玄関に着いてもまだぶうたれているヴィンスさんに、苦笑しながら大きく手を振る。


「はいはい。行ってらっしゃい、ヴィンスさん」


「ええ。……あっ、そうだミア。明日商会がこの屋敷に来るよう手配しておいたから、アタシも立ち会うわ。明日はアタシも休みだし、アンタ一人じゃどんな服を選べばいいかわからないでしょ?」


 なんと。

 それは大助かりである。


「ありがとうヴィンスさんっ。助かります!」


 勢い込んでお礼を言うと、隣にいる旦那様からユラリと黒い何かが立ち昇った……ような気がする。


 ヴィンスさんが旦那様にニヤリと笑いかけた。


「あぁら、ゴメンなさい。もう行かなくちゃよね? アタシ空腹だけど頑張るわミア、じゃあねミア、また明日ねミア」


「? はいっ、ヴィンスさん。また明日!」


 やけに私の名前を連呼するのを不思議に思いつつ、笑顔でもう一度彼に手を振る。それから旦那様へと視線を移した。


「旦那様もお気を付けて! お仕事がんばってくださいね!」


「…………」


 無言の旦那様は口を開きかけ、何も言わずに閉じる。そして意を決したように再び口を開き――やっぱり何も言わずに閉じてしまった。


 辛抱強く待っていると、旦那様が眉を吊り上げて私を睨んだ。なになにっ?


 旦那様はいかめしい顔で深呼吸して、やっと言葉を発した。


「…………ああ」


「…………」


 散々溜めてそれだけですかっ?


 思わずだあっと崩れ落ちる。


 旦那様は憮然とした表情になると、肩を震わせて笑っているヴィンスさんの首根っこを引っ掴んだ。そのままくるりと回れ右して出発しまう。


 慌てて二人の背中に向かい、もう一度「行ってらっしゃい!」と叫んだ。

 二人が馬車に乗り込むのを見送って、ふうとため息をつく。


 ……ウチの旦那様、やっぱり何考えてるかわかんないかも……。


 でも、なぜだかそれが楽しい。

 我知らず口元がほころんで、胸の奥からくすくす笑いがこみ上げてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ