表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/99

第12話 局所的に冬になるでしょう!

「くうぅ、温まるぅ~」


 あかあかと燃える暖炉の前、毛布にくるまってショウガ入り紅茶をずずずと啜る。


 まだ暖炉には早い季節だと思うんだけどなー。この屋敷だけ一足先に冬が来ちゃったなー。


「……大丈夫か」


 背後から平坦な声でぼそりと問いかけられ、揺り椅子に座ったままで旦那様を振り返った。ゆらゆらした揺れ心地がとっても素敵!


「はいっ、生き返りましたー! ……旦那様こそ大丈夫ですか? 冷え性なんですよね?」


 確か、初めて会ったとき副官さんがそう言っていたような。


 旦那様は私の言葉に眉根を寄せて、ぷいと顔をそむけた。


「俺は、慣れてる」


 むっつりと答える。


 ……ありゃ。なんか怒らせちゃった?


 上目遣いに様子を窺っていると、ノックと共に扉が開いた。鼻の頭を赤くした副官さんが入ってくる。


「あ~、さぶさぶ。陛下は無事お帰りになられたわよ。……シリル、アタシ達もそろそろ出勤しない? もう完っ全に遅刻だわ」


「…………」


 旦那様が無言で副官さんを見やった。


 副官さんはヒッと小さく悲鳴を上げて後ずさる。


「な、なに怒ってんのよ?」


 あ、やっぱり怒ってるんだ。


 旦那様の感情を正しく読み取れたのが嬉しくて、私はでへへとだらしなく笑み崩れた。出会ってたった二日目と考えると、なかなか上々な首尾と言えるのではなかろうか。


「……そして小娘はなに笑ってんのよッ」


「えへへ、なんでもないです~」


 上機嫌でまた紅茶を一口飲む。


 旦那様が無言で近付いてきて、私の椅子の背もたれに手を置いた。ゆらゆら揺れていた椅子の動きが止まってしまう。


「――落ち着いたのなら、今すぐ手続きに向かうぞ」


 ……手続き?


「ちょ、シリル。式はどうすんのよ。まさか誓約書だけ提出するつもり?」


「そうだ。式など必要無い」


 旦那様の冷たい言葉に、副官さんはみるみる柳眉を逆立てた。


「必要あるでしょおぉッ!? ――ちょっと小娘! ちゃんと主張しないと、このままじゃ式ナシになっちゃうわよ!?」


 瞳を爛々と燃え立たせ、険しい顔で私に噛み付く。


 ええと……?


 この国では、国教会に婚姻の誓約書を提出することで結婚が成立する。結婚式を挙げる際に提出するのがセオリーである……が。


「私も、別に。――誓約書だけでいいんじゃないですか?」


 あっけらかんと答えると、副官さんはあんぐりと口を開けた。……そんな驚く?


 名目だけの結婚に、華々しい式は必要ないだろう。

 それに式を挙げるとしたら、旦那様側の出席者だけとんでもなく豪華になってしまう。身分差を考えると、式なんてやめておいた方が無難だと思う。


「そういう事だ。ヴィンスは先に出勤しておけ」


「えっ……えっ……?」


 何やら副官さんが目を白黒させているが、私も勢いよく立ち上がった。

 くるまっていた毛布を丁寧に折り畳み、揺り椅子の上にふわりと置いておく。笑顔で旦那様を見上げた。


「準備完了ですー! 行きましょ、旦那様!」


「ああ」


 パッと駆け寄ると、旦那様は無表情ながらもなんとなく満足そうな様子で頷いた。そのまま二人で部屋を出ようとすると――


「待っちなさいよぉーーーっ!? せめて小娘は着替えなさいっ。そんなみすぼらしい格好で婚姻誓約書を提出するだなんて、他の誰が許してもこのアタシが許さないッ!!」


 扉の前に回り込み、鼻息荒く言い放つ。


 ええー、誓約書提出に服装規定があるんですかぁ?

 それにみすぼらしいって……一般庶民は皆こんなものなんですよぅ。


 ぷうとむくれる私など知らぬげに、副官さんは頬を上気させ計画を立て始めた。


「この家には若い女物の服なんか無いから、すぐに商会を呼びましょう! 髪とメイクはアタシがやるから問題ないわっ」


 よぉし、急がなくっちゃあ!


 意気揚々と言い置くと、弾むような足取りで立ち去ってしまった。


 ……えっと、お仕事は?


 胸の中で呟く私を、旦那様が静かな瞳で見下ろす。きょとんと見上げると、無言で腕を引かれ、うながすように肩を抱かれた。


「……行くぞ」


「ええっ!?」


 これから洋服屋さんが来るのでは?


「待っていたら日が暮れる。あいつのことは放っておけ」


「…………」


 ……置いて行かれたと知った時の、怒り狂う副官さんの姿が目に浮かぶ……。


 言葉に詰まる私を見て、旦那様は不機嫌そうに眉をひそめた。


「……服なら後日、いくらでも買ってやる。まずは誓約書だ」


 や、別に服を欲しがってるわけじゃないんだけれど。


 旦那様のあまりにきっぱりとした口調に驚き、弁解するのは止めにしてこっくりと頷いた。なんだかよくわからないけれど、よっぽど急いでいるのだろう。


 そのまま二人で足早に玄関へと向かう。


「――旦那様。馬車の支度が整っております」


 玄関で待ち構えていたジルさんが、流れるように扉を開けてくれる。

 無言で頷き返すだけの旦那様に代わり、私はジルさんに大きく手を振った。


「ありがとうございますっ。行ってきまーす!」


「はい、行ってらっしゃいませ。旦那様、奥方様」


 嬉しげに顔をほころばせるジルさんから見送られ、深緑色の四輪馬車に乗り込む。中は二人乗りになっていた。こういうのってクーペっていうんだっけ。


 カタリと揺れて馬車が動き出す。

 朝方の嵐の名残の水たまりが、陽光を反射してキラキラと輝いていた。


 隣に座る旦那様をわくわくと見上げる。


「すっごく可愛い馬車ですね!」


「ああ」


「あっ、旦那様! あそこにケーキ屋さんがありますよ!」


「ああ」


「猫が寝てますー! あはは、しっぽだけぴこぴこ動かしてる~」


「ああ」


 何を話しかけても「ああ」しか答えないけれど、決して機嫌が悪いわけではなさそうだ。

 だから私は気にせずに、窓から見える景色を逐一実況中継する。


 王都は『通過の町』からごく近いけれど、近すぎるせいか逆に今まで来る機会がなかった。目に見えるもの全てが目新しくて、隣の旦那様に報告せずにはいられない。


「はっ、お洒落なパン屋さん発見! ……一緒に孤児院で育った、フィンっていう同い年の男の子がいるんですけどね? その子、見習いパン職人なんですよー。いっつも練習で焼いたパンを差し入れてくれて、それがすごく美味しくて――」


 調子に乗ってペラペラしゃべっていると、馬車の空気が急激に冷たくなった。


 あれ……?

 クーラーのスイッチ入れちゃったかな……?


「……あっ、旦那様! あそこの花壇のお花、とっても綺麗ですねー?」


 寒さに震えながら、慌てて別の話題に変える。

 すっと冷たい空気が消え去った。


 ……旦那様。

 ワタクシ、あなたのクーラーポイントがわかりませぬぅっ!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ