表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/99

第10話 手を合わせていただきます!

「さあ。どうぞお召し上がりください、奥方様」


「ふわぁ……とっても美味しそう……。いただきますっ!」


 広いテーブルに並べられたのは、何種類ものパンにジャム、果物……。選び放題じゃないですかぁ!


 そして目の前にはほかほかのスープに、分厚いハムと太いソーセージ、温野菜のサラダ。

 でもでも、私の目が釘付けになったのは、何と言っても焼きたてのパンケーキ!

 二段重ねのパンケーキの傍らには、ホイップバターがこんもりと添えられている。


 ジルさんがパンケーキにトロリと蜂蜜をかけてくれたので、心を弾ませながらナイフとフォークを取る。おおっ、ナイフいらないぐらいふわっふわ!


 フォークで突き刺したひと切れにバターを絡め、はむりと口に入れた。ケーキにしみ込んだ蜂蜜とバターが、噛んだ瞬間じゅわっと口の中に広がる。


「…………っ」


 目を丸くする私に、「そんなに美味しいですか?」と副官さんが苦笑した。旦那様も無言で私を眺めている。


 もぐもぐ咀嚼して嚥下すると、夢中になって頷き返した。


「すっごい、すっごい美味しいです……! 旦那様は食べないんですかっ?」


 副官さんの前にもパンケーキが給仕されているけれど、旦那様の前には温野菜のサラダだけ。……ウサギさんのごはんかな?


「団長は甘いものがお嫌いなのですよ。加えて朝はほとんど召し上がりませんし」


 無言の旦那様に代わり、副官さんが答えてくれた。私は驚愕のあまり目を見開いた。


「えぇっ、ちゃんと食べなきゃダメですよ! 一日の始まりは朝食に有り……! 活力も馬力も出ませんっ」


 慌てて籠に入ったロールパンを手に取り、ナイフで切り込みを入れてバターを塗る。仕上げに分厚いハムを挟んでみた。


「はいっ、どうぞ!」


「…………」


 即席ロールパンサンドを差し出すと、何故か食堂の空気が凍りついた。


 副官さんは息を呑み、給仕してくれている執事さん達も完全に動きを止めてしまった。全員顔から血の気が引いている。


 どうしたんだろ、と首を傾げていると旦那様が動いた。無言で手を伸ばしてロールパンサンドを受け取り、もくもくと口に運ぶ。


 ちゃんと食事を取ってくれたのが嬉しくて、私は目を輝かせて旦那様を見つめた。


「美味しいですかっ?」


「……普通だ」


 えーっ、それ絶対美味しいヤツなのに!


 むうとむくれると、「まあまあだ」と言い直してくれた。まあまあかぁ、普通よりは美味しいってことかな?


「私はソーセージを挟もうかなぁ。あ、でもジャムもいろんな味があるし……。うぅ、迷う~」


「好きに食べろ」


「はいっ」


 お言葉に甘えて、いろんな種類のジャムを少しずつ味見することにした。だってどれも美味しそうなんだもん。


 一口大にちぎったパンにジャムを塗っていると、視線を感じてふと顔を上げる。

 副官さんがあんぐりと口を開けて私を見ていた。


「……どうかしましたか?」


 副官さんは私の質問には答えず、口を開けたままギギギと首だけ動かし、今度は旦那様をじっと見る。またギギギと私の方に首を戻した。


「……なんか……見てはいけないものを、見てしまったっていうか……。明日には、世界が滅びるかもしれないっていうか……」


 ブツブツとよくわからないことを呟いている。


 どうやら独り言みたいなので、副官さんは放っておいてジャムの食べ比べに集中した。

 甘いジャム、酸っぱいジャム、ほろ苦さを感じるジャム……。みんな違ってみんな美味ーい!


「――でも、私的ナンバーワンはこれですねっ」


 じゃんっと白いジャムを指差すと、旦那様は無言でジルさんに視線を移した。ジルさんは慌てたように背筋を伸ばす。


「そちらはミルクジャムでございます。お気に召されましたか?」


「はいっ。濃厚ですっごく美味しかったです」


 へらりと笑うと、ジルさんも顔をほころばせた。二人でほのぼのと笑い合う。


「……なんかアタシ……コホン。わたしは色んな意味でお腹がいっぱいになりました。ご馳走様です」


 副官さんが遠い目をしながらお皿を下げさせ、紅茶のカップに手を伸ばす。どうやら食後のお茶に移行するらしい。

 旦那様もとっくに食べ終わっており、優雅な所作でお茶を飲んでいた。そんな彼をわくわくと見つめる。


「まだ果物も食べていいですか?」


「好きなだけ食べろ」


「ありがとうございますっ」


 ゴツンと音を立てながら、副官さんがテーブルに頭を打ち付けた。……さっきからどうされました?


 女子力とはすなわち戦闘力ですよー?


 落ち着きのない副官さんを心の中でからかっていると、副官さんはヨロヨロと顔を上げる。


「……シリル。アーノルド陛下には、結婚のお許しをいつ頂くのですか?」


 額を押さえながら、疲れた声で問いかけた。


「帰ってすぐ使いは出しておいた」


「そうですか……。謁見が叶うまで、恐らく数日といったところでしょうね」


 二人の会話に目を丸くする。


 実のお兄さんなのに、会うには数日もかかるのか。王族というのは大変らしい。


 ふんふんと頷きながらブドウを食べていると、副官さんが意地悪そうに私を見た。


「早速、行儀作法を学ばないといけませんねぇ。あなたがマナー違反をした場合、恥をかくのはシリルですから」


「――んぐっ。……えええええっ!?」


 ブドウが喉に詰まりそうになった。


 謁見っ? マナー!?

 私の辞書には無い言葉ですよっ?


 大混乱していると、「別に構わん」と旦那様が静かな声で告げた。思わず縋るように彼を見る。


「今さら下がって困る評価は無い。……あまり気負うな」


「……でも」


 そう言ってくれるのはありがたいけれど、迷惑をかけるのはやっぱり嫌だ。

 しゅんと落ち込む私に、「まだ時間はある」とぼそりと声をかけてくれた。


 旦那様の言葉を受けて、副官さんもやれやれとかぶりを振った。


「……そうですね。とりあえず、私が礼儀作法を仕込みましょう」


「あ、ありがとうございますっ」


 勢い込んで礼を言う。


 ほっと一安心したところで、目の前の果物に意識を戻した。さてお次は、と。


「――ってまだ食べるワケッ!?」


 顔を真っ赤にした副官さんから大喝され、ひゃあと飛び上がる。


「え、いけなかったです!?」


「別に構わん」


「……ああ……。なんか、アタシもうダメかも……」


 副官さんは完全にテーブルに突っ伏してしまった。ダメって何が!?


 目を白黒させていると、食堂の外から何やら騒がしい物音が聞こえてきた。不審に思って目を向けた瞬間、大きな音を立てて扉が開かれる。


「――シリルッ! 婚約者を連れ帰ったというのは、まことの話か!?」


 豪華な礼服に身を包んだ男の人が、荒い息を吐きながら仁王立ちしている。射殺しそうな目で、鋭く氷の旦那様を睨みつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ