第4話 夕食
割り当てられた部屋でメイドのグレースと話をしていると、夕食の時間だと声がかかった。
グレースは付いて来れないらしいので部屋で待っていてもらうことにする。
部屋を出るとすでに何人かクラスメイトが廊下に出ていた。
「桂もやっと出てきたか、後は谷だけだな」
聖は相変わらず、どこか神経質そうにイライラとしている。
その横にいる祭も俺とは目も合わせようとせず、おそらく谷の部屋であろうドアを見つめている。
「桂君の部屋はどうだった?」
泉はいつも通りな感じで俺に話しかけてくれた。
「すごく豪華な部屋だったよ、メイド付きなんてどこの金持ちだよって感じかな?」
「うふふ、じゃあ同じような感じなのねきっと。後でそっちの部屋に行っても構わない?」
「ああ、もちろん大歓迎だよ。メイドさんがいるとはいえ一人じゃさすがに退屈過ぎる」
「それじゃあ、夕食後に時間を見て伺うわ」
「ああ、楽しみにしてるよ」
泉と話していると谷も廊下に出てきたので、案内してくれる男の人の後をぞろぞろと付いて行く。
食堂と言われたが、俺の知っている食堂とはかけ離れた豪勢な部屋に案内されると、20人は座れるであろう大きな長いテーブルに俺たちの席が用意されていた。
聖と祭が隣り合って座り、その向かいに俺、泉、谷の3人が座る。
こちら側に座った谷に、聖と祭は驚いたような眼を向けるが谷は知らん顔だ。
「おい桂!芹那になにをした!?」
「はぁ?いきなり何言ってんのお前?」
突然切れる聖。なんで俺が何かしたって決めつけてるんだこいつ。
正直こいつの相手をするのが面倒以外の何物でもなくなってきた。
「芹那は俺と穂乃華、一輝といつもつるんでたんだぞ。それが何でお前の方に座ってるんだ!?」
「なんで谷の座る位置で俺がお前に文句を言われる必要があるんだ?直接谷に聞けばいいだろ?」
お前は幼稚園児か!って突っ込みたいのを我慢して谷にパスを回そうと試みる。
「くっ、桂のくせに生意気なっ」
「もう黙っててくれるか。仲良しグループからお友達が離れた八つ当たりは迷惑でしかない」
だが、パスは奴に奪われてしまったようで謎の理論で俺を攻撃しようとしてくる。
「貴様っ!誰に口をきいているつもりだっ!」
「お前しか今喋ってるやつはいないだろ?転移したときどこかに頭でもぶつけたのか?」
沸点の低い奴だなこいつ。それに俺の話は丸っとスルーしやがる。
「表に出ろっ!どちらが芹那に…」
「そこまでですっ!」
切れだした聖を、王女の声が遮った。
現れた王女はいつの間にか着替えており、結構ラフな感じのピンクのワンピースに白っぽい上着を軽くはおり、見事なブロンドは頭の後ろに奇麗にまとまっていた。
「何があったのですか?廊下にまで怒鳴り声が聞こえていましたよ」
「こいつが俺にふざけた態度をとるんで、教育しようとしていただけだ」
「そうなのですか?カツラ様」
「いや?谷がこっちの席に座ったのが気に入らないらしくて、俺相手に癇癪を起こしているだけのように見えたが」
「ふふふ、桂君はっきり言い過ぎよ」
「ほんと、真也ってガキ見たいなところあるからね」
俺の説明に泉と谷が突っ込んでくる。その内容は聖の怒りに油を注ぐだけだったが。
「貴様ら、全員ぶっ飛ばしてやる。芹那も今なら謝れば許してやる!さっさと謝るんだ!」
「はぁ?なんで?別に私がどこに座ろうと私の勝手じゃないの?それとも真也にお伺いを立てないと椅子に座ることも出来ないの?
そんな態度がお子様だって言うの、もともとそんな感じはあったけどこっちに来てからもっとひどくなってるよ真也」
「俺に口答えするな!わかった芹那は俺を裏切ったんだ、もう謝っても許すことはないから後悔してるがいい」
「なんか意味わかんないけど、この程度で切れるような奴と絡まないでいいんならもうそれでいいや。バイバイ真也」
「ちっ、もう俺のもとには戻れないんだからな、分かってるのか!?この俺、聖 真也 の友人ではなくなるということだぞ!?」
「だから、それにどんな価値があるっての?意味わかんないし。もういいじゃんバイバイってことで」
「お二人とも少し冷静に、勇者様同士もめ事は避けて頂けますようお願いしますわ」
「フィア王女がそういうのでしたら、お前ら王女に感謝するんだなっ」
王女の言葉に、聖はどこかのスイッチが切り替わったかのように素直にうなずくと、俺達に捨て台詞を吐いて席に座りなおした。
俺と泉、谷はお互いの顔を見つめあい、ため息をつくのであった。
「お待たせしました、夕食の準備が整いましたので召し上がってください」
王女がそう言うと、俺達が入ってきたのとは別の扉が開き料理人やメイドたちがカートを押しながら入ってきた。
だが、結構な数の料理を持ってきていると思われるが、食欲を刺激するようなにおいは漂ってこない。
「ひょっとしてメシマズの異世界じゃないだろうな」
俺が思わず呟くと、
「うわぁ、それは勘弁してほしいなぁ。最悪自分で作るしかないってやつでしょ」
「えぇ、美味しくないのは無理!ある意味犯罪だよ」
泉と谷も不安があったようだ。そんな俺達を相変わらず不機嫌な顔で睨みつける聖。我関せずとばかりに料理人たちを眺める祭。
「まあ最悪、勇者に誇りをもってそうな奴に押し付けてしまうか」
俺はポーカーフェースで横の二人に呟くと、笑いをこらえるように2人ともうつむくのだった。
「わが国での最高の料理となります。召喚された皆様はお疲れでしょうからたくさん召し上がって下さいね」
「ああ、ありがとうフィア王女」
聖は不機嫌な顔から一転してにや下がった顔で王女を見ている。
食卓には硬そうなパンと無色のスープ、何かの肉の塊を焼いただけのようなもの、水っぽい野菜のサラダと、油まみれの炒め物など、
罰ゲームもびっくりというような料理が並べられる。
スープは恐らく出汁とかを取ってないんだろう、野菜の水煮の水分だけのような感じで青臭く塩辛いだけだった。
肉は大丈夫と期待したのだが、下味もつけず、筋切りもせずに赤みを丸ごと焼いただけの肉は、ただただ硬くてパサついてで無理だった。
サラダも新鮮な野菜なら塩だけでも食べれると思ったのだが、萎びた葉物を見るだけで食欲がなくなった。
炒め物に至っては、油を混ぜてぐちゃぐちゃにしているため見た目も悪く、油に沈んだ具材に手を付ける勇気はなかった。
飲み物は何とか飲めそうな果実水っぽいものだったので、カチカチのパンなら味だけはましだろうとゆっくりと時間をかけてパンをかじる。
さすがの聖もこの料理には引いているようだが、王女の前だからか無理やり口に突っ込み引き攣った笑顔を浮かべている。
「いかがでしょうか?皆様のお口に合えばよいのですが」
「え、ええ、とても美味しいですよ、美味しいですとも」
聖が明らかに挙動不審な様子で王女に応える。
おれは泉と谷を見てにやりと笑うと、王女に応えた。
「申し訳ありませんが私たちの口には合わないようです。おそらく文化の違いや食材の違いなどがあるのでしょう
明日以降我々の世界の料理の知識をお伝えしますので、お互いの文化を擦り合わせ昇華させていきましょう」
「あら、お口に合わなかったのですね。でも正直に言っていただけて良かったですわ
それに異世界の食文化まで教えていただけるとはとても光栄ですわ。料理長にも伝えておきますので、ぜひよろしくお願いしたしますわ」
「こちらこそ、準備頂いたにもかかわらず大変失礼な事をしたと思っています。
ただ、口に合わなかったのはこちらの3人だけのようなので、申し訳ありませんが我々はいったん部屋に戻らせていただきます」
「そうですね、シンヤ様は気に入って頂けたようですのでこのまま召し上がってくださいね。
祭様はお口に合いましたか?」
「悪いけど、私も合わないみたい。あいつらと一緒に失礼させてもらうわ」
「おい、穂乃華。俺を置いていくのか?」
「何言ってるの?私はこの料理が口に合わないから仕方なく失礼するの。
真也の口には合うんでしょ、ならしっかり食べたらいいじゃない。」
「あの、やはりお口に合わなかったのでしょうか?」
王女が悲しそうな顔で聖の顔を見る。
「そんなことはない!美味い、美味いですよ」
「良かったわ」
花の咲いたような笑顔で王女が笑うので、聖は完全に逃げ場を無くしたようだ。
「じゃあ、俺達は失礼するから。フィアーノ王女、聖のお相手をお願いします。」
俺は王女に声をかけて食堂を出た。
俺の後から泉、谷、それに祭までもが退席してきた。
それぞれの部屋までは無言で耐えていたが、限界を迎えたようで4人で爆笑した。
「あれは食べれないよねぇ」
「でも真也は美味しいって言ってたよ」
「あれが美味しいって、馬鹿舌にも程があるわよ」
「美味しい食事を5人前も食べれるんだから、聖も幸せだろうな」
「桂って結構エグイことするよね」
「ほんと、私なら耐えられないわ。でも真也が変な絡み方したんだし自業自得よね」
聖のおかげで、聖を除く4人のわだかまりは解けいい雰囲気になったと思う。
明日以降も色々あるだろうが、聖がオチ担当になってくれればうまく回るだろう。
承認欲求が馬鹿みたいに高いうえ、王女の機嫌取りに必死なのを隠そうともしないんだ、自ら墓穴を掘ってくれるだろう。
俺達は明日以降の料理について軽く話すと、それぞれの部屋に戻っていった。
「おかえりなさいませ、カツラ様」
「ただいま、グレース」
部屋にはメイドのグレースが待っていてくれた。
「早速で悪いけど何か摘まめるものはないかな?」
「夕食を食べてこられたのではないのですか?」
「ちょっとこっちの料理は俺たちの口に合わなかったんで、ほとんど食べていないんだ」
「そういうことでしたら調理していないモノの方がいいですね。此方の果物でしたらそのまま召し上がれますわ」
飾りかと思っていた果実は十分食用で、見た目と味の乖離に戸惑うことはあったが、それでも美味しく食べることが出来た。
腹が落ち着くと、グレースに食堂での一幕を面白おかしく伝え、2人で楽しく過ごしていた、
聖の顔まねで、グレースが腹を抱えて笑っているときに部屋の扉がノックされた。
グレースは慌てて乱れた服を直し、ただその顔は笑いをこらえているのが丸わかりで、横で見ているこちらも笑い出しそうだった。
この時間に来る相手は想像がついたので、変顔のグレースに対応をお願いした。
「泉です、お邪魔してもよろしいかしら」
「入ってもらって」
予想通りの声に俺はグレースに案内を頼む。
「何か楽しそうな声がしてたけど、いつのまにそんなにメイドさんと仲良くなったの?」
「何となく話しているうちかな?こっちの世界のこととか色々教えてもらってたんだよ
それにグレースは俺の専属で面倒を見てくれるらしいからね、仲良くなってまずいことなんか無いだろ?」
「それはそうだけど、桂君こっちに来てキャラ変わってない?」
「うーん、自分ではわからないけどそう見えるのならそうかもしれないな」
「前は誰とも喋らず、教室の隅で本を読んでるイメージだったわ。メイドさんと笑い転げてるってちょっと想像がつかない」
「ああ、別に人間嫌いって訳じゃないよ。前は話そうと思える状況じゃなかった、教室で話していれば頭の悪いのが絡んでくるだろ?
理解できないルールで頭の悪い奴ともめるのは避けたかったからね」
「そういうことね納得したわ、そういうところすごく冷静に判断してそうだったわ。それで今は気兼ねなくメイドさんとお話しできてるってことなのね」
「そういうこと、グレースは頭もいいし美人だし、勇者ってことで俺を立ててくれるんだよ。
仲良くなりたいって思うのが普通だと思うんだけどなぁ」
「やっぱり貴方も男の子なのね、美人がいいなんて自分から言うと思わなかったわ」
「この状況、少なくともこっちに来た中で今一番友好的な泉さんに嘘をついてもメリットは何もないし。出来るだけ腹を割って親睦を深めたいとは思ってるよ」
「ふふふ、ありがとう。少なくとも聖君にそう言われるよりも大分嬉しいわ」
「それより、何か用事があったんじゃないの?」
「そうね、例の魔王を倒せってことなの。どう回答するつもりなのかなって気になってね」
「それは気になるよね。条件も確認せずに雇用契約を結ぶようなバカは放って置いても、少なくとも断ったらどうなるのか?
逆に協力するとなった場合、具体的に何をする必要があるのか?いきなり魔王に挑戦ってことにはならないだろうからその間何をするのか?
討伐に失敗したらどうなるのか?他にもいろいろ確認する必要はあると思うんだ」
「それはそうよね、ゲームみたいに勇者だから魔王を倒さなきゃいけないなんてことはないだろうし」
「グレースから聞いたところによると、勇者ってこの世界で一番偉いんだって。つまり王様の言うことに無条件に従う必要はないってことらしい」
「そうなの?そんな大事なことは先に教えてほしかったわね。悪いように取れば重要な情報を隠して私たちを利用しようとしているってふうにも考えられるわね」
「そういうこと。つまり情報が少なすぎるんだ。だから出来るだけ回答は引き延ばして、この世界で生きていくための力を手に入れるのがまずは最初かな?」
「スキルの力があれば、それなりには暮らせるんじゃない?」
「確か泉さんは"聖女"だったよね?回復魔法が使えるのなら病院的なものを開けば十分稼げるとは思う。
ただ"聖女"って宗教が絡んでそうだから、そのあたりの情報はぜひ欲しいよね」
「そっか、宗教に取り込まれてしまう可能性もあるのね。日本人だからか宗教に良いイメージはないわよね」
「俺達はこの世界の情報が圧倒的に少ないんだ。だからこの世界の情報を可能な限り収集するのが先決だと思う」
「だからメイドさんと仲良くなったって訳ね?」
「その言い方だと、情報収集のためにグレースを利用しているように聞こえない?」
「うふふ、ちょっとした焼きもちよ。自分よりも仲のいい女性がいたから嫉妬してるだけよ」
「そういう言い方をされると、泉さんが俺に好意があるって誤解しちゃうよ?」
「あら、結構素直に伝えたつもりなんだけど。桂君のこと好きよ私。元の世界に居たときは悪くはないかなって程度だったけど、こっちに来てからの桂君は素敵だもの」
「えぇっと、こんな時なんて言えばいいのかわからないな」
「笑えばいいんじゃない?ふふふ」
「ネタはいいから!ちょっと混乱気味だけど、ありがとう。好きって言ってもらえて素直にうれしいよ」
「いきなり彼女にしてなんて言わないから安心して。私の気持ちを知ってもらえれば今は十分よ」
「そう言ってもらえると助かる。ってこの言い方も卑怯な感じだな…まずは友人からってことでよろしく、泉さん」
その後、グレースも交え俺たちは結構遅くまでにぎやかに話し込んでいた。