スコッパーの信念
何かを掘る者は無口、というのは嘘だ。
「くそっ、硬いな」
今日も俺はブツブツと言いながら、スコップを突き刺す。がさりと音を立てて、冷たく固まった土を掘り進める。スコップを持ち上げるたびに、湿った土のにおいを嗅いだ。
俺の目的はただ一つ。
「あった」
スコップの先に当たる物を感じた。スコップを置き、手探りで土をかき分ける。そして手のひらに余るぐらいの大きさの鉱石を発見した。赤い照明の下で確認する。
虹色に輝いている。
「これはいいかもしれない」
腰に持っていたハンマーを取り出し、その鉱石を軽く叩く。少し削れば、どういう中身か見えるはず。
ところが欠けた鉱石から見えたのは、泥のような色の中身だった。
「外れだ」
と吐き捨て、その鉱石を放り捨てる。俺が望んだものじゃない。外の世界でも評価されないだろう。
照明灯の赤い光に染まる洞窟。俺は頭に巻いた汗まみれのタオルを取った。そしてため息をつく。
「果てしないな」
この洞窟は不思議だ。土の中には手ごろな鉱石が眠っている。その鉱石の価値はまちまちだ。玉石混交を体現しており、同じ石はひとつもない。そして新しい朝が来たら、土は元通りに戻り、新しい鉱石が埋まっている。
無限の可能性を秘めた洞窟を、スコップ一本で掘り進める。
『スコッパー』。そんな俺たちを人はこう呼ぶ。
「今日も見つからないな」
と俺はまた愚痴を呟いた。自分で言ってはみたが、それは当然だ。宝石が見つかることは稀で、ましてやダイヤモンドのような一級品が見つかるなんて、百日掘っても、有るか無いかだ。大抵はつまらない石しか見つからない。
ここ数週間も、俺のため息が表す通り、宝石は見つかっていない。表面の色に心を踊らされては、がっかりする。その繰り返しだ。
スコップを持つ手に、飽きと疲れが襲いかかる。
「何のために」
と口に出して、自問自答する。誰かに褒められることもない。その鉱石に感謝されるわけでもない。俺がやっと発見した宝石も、市場に出されて研磨されたら、発見した者の名前などすぐに忘れられるだろう。
『もう止めたらどうだ』
三日前、ある友人に出会った。彼は以前までスコッパーをしていた。しかし今はキレイな服を着ていて、宝石をいくつも手につけている。汚れたワイシャツ姿の俺とは大違いだ。
彼は忠告する。
『俺の宝石を見ろよ。どれも市場で評価された作品だ。あんな洞窟から探さなくても、良いものは容易に見つかる』
確かに、市場の評価は確実だ。中身までくっきり見えた状態で、買い手に提示される。品質が保証されている。
彼はスコップはもう捨てたらしい。
『もっと楽をしようぜ。結果は同じだろう』
頷きかけた。しかし自分の中の違和感が押し止める。俺が見つけたいのは、そんな“きれいに収まった”石じゃない。
俺は黙った。そのうち、彼は去っていった。その背中に、同意も反論も出来ず、俺は立ち尽くす。
一体、何のためにやっているのだろう。見つからない答えを探すように、今日も怠惰にスコップを振るう。
その時、背後から足音がした。
「よう。今日もいるな」
俺と同じように、汚れたシャツを着る男がスコップを持って現れた。そして俺の隣で地面を掘り始める。その顔を、俺は知っている。
「タヌキさん」
この界隈では有名な人だ。ベテランとして名が通る彼のあだ名を、親しみを込めて呼んだ。
彼の名前は憶えていない。髭面で、目の下に隈が絶えずある容姿が、タヌキそっくりだから名付けられたと聞いている。スコップを持つそのゴツゴツとした手は、歴史を感じさせる。
彼なら答えが分かるかもしれない。彼の一心不乱に掘り進める様子を見て、ふと感じた。
休憩時間になり、スコッパーたちは一斉に外へと出る。冬の空気は澄んでいて旨い。俺はその冷たい大気を堪能しながら、それとなく、枯れた大木に腰を下ろす彼と並んで座った。
タヌキさんは渋い顔を俺に向ける。そして太い声で話しかけてきた。
「さっきも会ったな」
「ええ。タヌキさんは毎日いますね」
「まあな」
彼は黒い髭を撫でる。手に付いていた土が、そのまま髭に付いた。短い髪はぼさぼさで、このまま街に出たら通報されてしまうかもしれない。そんなことを心配する。
「どうした。俺の顔を見つめて」
休憩の時間は短い。俺はタヌキさんに単刀直入に質問する。
「タヌキさんはどうしてスコッパーをしているんですか」
それを聞いて、タヌキさんはニヤリと笑った。薄い唇から見えた歯は黄色く汚れていた。
「お前も悩んでいるな。よく聞かれる質問だ」
と言うとタヌキさんは、ポケットから鉱石を取り出した。普段見つける鉱石よりも小ぶりだ。
彼はその鉱石を見せてくれた。
「よく見てみろ。一見するとつまらないが、ここが面白い。この中心部だ」
「えっと……うわっ」
俺は驚いた。半分に割れた鉱石の真ん中に、小さな宝石たちが輪を描いて埋まっていた。黄色・赤色・緑色・青色の美しいバリエーションを見せている。
タヌキさんはまた笑う。
「市場には出せない。これを削って一つ一つの宝石を取り出したら、良さが無くなってしまう。価値のない石だ」
「これが、価値が無いんですか」
「他の人にはな。俺は違う。どんな宝石よりも、俺はこの石が好きだ。大きな家がいくつも買える価値のあるダイヤモンドなんかよりもだ」
そう言うと、タヌキさんはその石を大事そうにしまった。そして彼は答える。
「俺がスコッパーをやっている理由はこういうところだ。“自分にとって”面白い石を探すためだよ」
「自分のため……」
「市場の評価なんてどうでもいいんだ。面白いと感じたら、他の人がどう思おうとも、俺にとっては宝物さ」
そしてタヌキさんは俺の目を覗きこむ。
「お前も自分だけの宝物を見つけたことがあるんじゃないか。だからこの洞窟に来てしまうのだろう」
「宝物……」
俺は記憶をたどる。
そうだ。子供の頃、小川に沈んでいた石の一つが眩いばかりに光っていたことを思い出す。でも、他の人にはその光が見えなかった。結局父親に止められて、それを拾えなかった。その時の後悔と憧れの気持ちがぶり返す。
俺はあの石が欲しい。
「自分で見つけるしかないな」
輝きだした俺の目を見て、タヌキさんは用が済んだと言わんばかりに立ち上がった。そしてスコップを担いで、洞窟へと戻っていく。その土ぼこりで汚れたシャツを見せつける後ろ姿は、世間では到底カッコいいとは評価されないだろう。
でも、俺は好きだ。
「俺もやるか」
とスコップを持ち直す。幾分か、スコップを持つ手に力が戻った気がする。
誰のためでもない。誰かに褒められるわけでもない。
ただ、自分のため、自分を満足させるためだけに、俺たちは掘る。
それがスコッパーとしての信念だろう、と俺は思う。