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滋丘透の魔術奇譚  作者: 安住ひさ
5章 変転の兆し
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5章 変転の兆し⑤

 今泉からの遊びの申し出があった時、透は今泉には悪いが断る方向で検討を進めていた。

 この時期なのである。休日呑気に遊んだせいで虚を突かれて死にました、なんてことになれば目も当てられない。だから、透はイツキと姫子に相談を持ちかけたのだ。おそらく、二人は反対するだろうということを考えて。

 しかし、両名ともその申し出に賛成した。むしろ、イツキなどは積極的な節さえあった。

「ここのところ大変なことばかりだ、こんな時こそ気分転換をした方がいい」

 イツキはそんなことを言っていた気がする。何故彼はこうまで楽観的になれるのだろうと、少し羨ましくも思った。

「透ちゃん、行くべきよ。いくら大事な事でも、適度に休まないと駄目になっちゃうから」

 次いで帰ってきた姫子に相談した時も同じ感じであった。透は反対に、姫子は休まないのかとその時に尋ねたのだが、姫子は「透ちゃんは知らないだろうけど、私は適度に休んでるわ。決してサボってるわけじゃないのよ」という返事が返って来た。

 真っ昼間に人気のある所で仕掛けてくるような阿呆はいないだろうし、万が一何かあればイツキをすぐにその場に呼び出せる。だから問題はないだろうということで、結局透は友人と出かける事になった。

 透は駅前にある意図不明のモニュメントの前で周りを見回す。休日だというのに、スーツを着込んでいる男性が携帯を片手に足早に駅舎内に入っていく。脇を見れば、路上パフォーマーが珍しそうな民族楽器を奏でており、ちらほらとそこで足を止める人がいる。

 特におかしな所はない、と。透は駅前の様子にそんな判断を下してはっとした。いつの間にか周囲を警戒する癖が身に付いてしまっていたのだと、透は一人苦笑いする。

 ふと、駅の入り口辺りでこっちに向かって手を振る人がいた。今泉である。

「何とか間に合った、かな」

「うん。ギリギリセーフ」

「よかった。五分前行動とか言われたらどうしようかと思ったよ」

「言わないって。学校じゃあるまいし」

「んじゃ、早速行きましょうか」


 透と今泉は予め予定していた、行き当たりばったりオーケーの緩いスケジュールに沿って駅の周辺を巡り、隣駅の近くで昼食を取り、話題になっているという映画を見に行った。

 今泉は心底楽しそうに笑いつつも、しばしば本人に気付かれない程度に透の事を気にかけてくれていると透には感じられた。透はそれが有難い反面、申し訳ない気持ちもあった。

 陽は西に沈もうとしている。東の空はもう夜の気配を帯びており、月が徐々にその存在を露わにしていた。

 市役所前の中央公園からの帰り道、前を歩いていた今泉は振り返る。

「さっきの演奏どうだった?」

「凄かった。ジャズ良く分かんないけど、それでもいいなって思えたよ」

「でしょでしょ。ジャズも悪くないでしょ」

「もしかして好きなの?」

「それなりにね。特に楽しい曲調の音楽がいい。元気が出てくる」

「ああ、確かに」

 交わされる他愛の無い会話。ただ、最近の出来事のせいか透にとってはそれがとても愛しいものに感じられた。

 人間は損な生き物だと透は思った。日常というものから突き放されないと、その良さを噛み締め理解出来ないのだから。


 もし、あの時巻き込まれていたのが今泉だったら。


 透はふとそんなことを考えてゾッとした。

 幸い里中は助かったものの、今度何かあった時、誰かが巻き込まれてしまった時、その誰かは無事ではないかもしれない。

 もしもその巻き込まれる人が、今泉だったら。

「おい、透さん」

 ぽん、と両肩を手で軽く叩かれるのを感じ、透ははっと前を見る。前には今泉が真剣な面持ちで透を見ていた。

「汗、すっごいけど、どしたの」

「え」

 言われて、透は自分の頬辺りを触ってみる。

 中途半端にぬるくて、少し不愉快な水滴を触った感覚。

「透」

「なに」

「何があったか知らないし、話せないなら話せなくてもいいんだけどさ、吐き出せる範囲で吐き出しちゃいなよ。心に溜まったもの出しちゃわないと、いつか決壊しちゃうよ」

「遥。うん、ありがとう。私、ほんといい友人持ったよ」

「な、なんだよ照れくさいこと言うなっての。こっちが恥ずかしくなるじゃん」

「いいじゃん。さっき恥ずかしいこと言ったんだし、今更でしょ」

「ま、それはそうだが」

 今泉は気恥ずかしそうに目を逸らす。心なしか、頬が赤くなっていると透は感じた。

「何かさ、凄い楽になった」

 別に憂鬱な問題が片付いたわけではない。だけど、論理的ではないのだけれど、心にまとわりついていた泥のようなものが剥がれ落ちたような気持ちがする。

「そっか。ま、何にせよよかったよかった」

 今泉は朗らかに笑う。本当に、なんてお節介焼き。まるで漫画みたいな娘だ。

 そんな悪態をつきながら、透は友人に感謝した。


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