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滋丘透の魔術奇譚  作者: 安住ひさ
5章 変転の兆し
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5章 変転の兆し④

 北上山を源流とし市内東部を流れる十日川(とおかがわ)、その十日川沿いに建っているビルの三階に『道庵』と名付けられた喫茶店がある。三十席程の店内は休日昼間という事も相まってか席の半数程が埋まっており、各々談笑の声が混ざり、環境音を作り出している。

 店内の奥まった方の窓際の席に法水は手帳を広げ、一人珈琲を飲んでいた。

「相席、いいですか」

「ああ、どうぞ」

 何故他に席があるのにわざわざ自分の所に座るのか、疑問に思いつつ法水が手帳から顔を上げると、そこにいたのは彼の良く見知った顔であった。

「久しぶりだな、法水」

 スーツ姿に茶色の鞄を提げたその中肉中背の男は遠慮なく法水の向かいに座る。法水はさり気なく手帳をしまった。

小栗(おぐり)か。驚いたよ。こっちに来てたのか」

「うちの会社の拠点がこっちにあるからな。ま、つまり異動ってやつだ」

 小栗と呼ばれた男はそう言って苦笑しながら、やって来た店員に注文をする。

「おい、ひょっとして粗相でもして左遷されたのかい」

「失礼な奴だな。地方にも失礼だ。いや全く、東京の人間はこれだからいけない。大方、山手内部が世界の中心とでも思い上がってるんだろう」

「まさか、それこそとんだ誤解だよ。それに東京っていっても私の生まれた所は南の果てだ。別に都会風吹かせられるような場所じゃあないぜ」

「どうだか。まあいいそんな事は。それより話を戻すんだが、驚いたのはこっちの方だよ。何故お前が朝比奈にいる」

「色々あってね。話が込み入ってるんだ。済まないが、これ以上の詮索はしないでくれ」

「成程。お前大変だな」

「いや、そうでもないよ。実際、朝比奈はいい感じの所だし来てよかった。前を見れば海があるし、振り返れば山もある。観光はともかく、住むには最高の環境じゃないか」

「まあな。刺激は少ないかもしれないが、住むには悪くない」

 二人はしばし談笑に花を咲かせる。年齢故か、内容は互いの近況報告が大半だった。

「なあ、お前は政治家になったりはしないのか」

 会話が一区切りした後、唐突に小栗は尋ねた。

「考えた事ないな。いきなりどうした?」

「いいや別に。ただ、お前なら総理大臣だって夢じゃないなと思っただけだ」

「まさか。基盤となる場所も、コネクションも家柄も金も何もない。こんなぽっと出の人間じゃ、せいぜいが月並みな代議士の太鼓持ちがいいところだ」

「どうかな。百姓上がりや何処の馬の骨とも知らぬ人間が首相になった例もあるんだし、いけるんじゃないか。陳腐な表現だが、お前には不利を覆すだけのカリスマ性があると思うぜ。有力な支援者を味方に付けるんだ」

「そこまで買ってくれるなんて嬉しいね。だが、昔の社会と今の社会とでは話が違うだろう。昔は戦国時代だから太閤も夢じゃなかったのかもしれないが、今はさしづめ江戸時代真っ只中だ。手柄を立てたら農民でも、というのは通じないさ」

「つまり、お前は政治家に興味はないというわけか」

「興味がないわけではないが、なるつもりはないよ。私一人がどんなに頑張ったところで、社会も人も簡単に変えられないからな」

「法水?」

「いや、何でもない」

「そうか。さて、と。そろそろ行くよ」

「これから何か用か?」

「ああ。これからちょっと人に会いに行くんだ」

「何だ、仕事か?」

「趣味の関係だ。ああ、言っておくけど誓っていかがわしいもんじゃないぜ。誓って、だ」

「分かった分かった。行ってらっしゃい」

 小栗は一人だけ会計を済ませて、その場を後にした。

 法水はカップに残った珈琲を見つめる。

「小栗。僕はね、総理大臣になる事なんかよりずっと意味のある事を見つけたんだ」

 法水はぽつりと呟いた。

 その冷めきった黒い液体は、静かに法水の顔を映していた。


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