すれ違い
子どもたちと触れ合ううちに聡太郎のことを思うお殿様だった。
境内では賑やかな声が聞こえている。子供たちの笑い声がアオのいる場所まで聞こえてきていた。アオは境内から少し離れた納屋の中にいた。藁が敷かれた上で座っている。目は閉じているが、耳はクルクルと動いている。
お殿様は境内の中、和尚と子どもたちと一緒に夕ご飯を食べている。
すみませんね、賑やかで。
和尚が言うのにお殿様は、聡太郎の幼い頃を思い出すと目を細めた。
あの馬はおじさんの馬?
と可愛らしい女の子が聞いた。
お殿様はそうじゃ。アオという名前なのじゃ。とその子に教えると、その子が言った。
おじさん、アオね、お腹すいてたよ。草をずっと食べてたよ。
そうじゃったか。それは可哀想なことをした。教えてくれてありがとうなぁ。
お腹すくと動けなくなるからね、おじさん、ちゃんとご飯食べさせてあげてね。
女の子はそういうと、ニコっと笑った。
この子がここへ来た理由をお殿様は知らないが、きっと辛い思いをしてここへ来たのには間違いはない。みんなご飯を食べられない時があるから、話すことの出来ない馬のことを心配している。こんな可愛らしい子と離れて暮らさなくてはならなくなった親の気持ちを考えると胸が痛む。
あいわかった。お腹いっぱい食べさせるから安心するのじゃぞ。
うん!
と女の子は元気に頷いた。
よく見ればみんな、小さな子は大きな子が面倒を見ている。小さな子はニコニコと楽しそうに笑っている。きっと心には大きな傷があるのだろう。聡太郎もまたこんな風に誰かに会い、心の傷を癒していたのであろう。
その傷はワシが付けた傷。
和尚、すまぬ。ワシは明日の朝、ここを発つ。
鎌ちゃんに会わないのですか?
せっかく癒えた心の傷をワシが引き裂いてしまうやもしれぬ。ワシはもう聡太郎を傷つけたくはない。
和尚はその気持ちがわからない訳でもなかった。和尚もまた心に傷を持つ人だから、鎌ちゃんの複雑な気持ちも、お殿様の立場も両方わかる。
今は会う時ではないのかもしれません。
生きていればいつか必ず会えるであろう。また、死んでからあの世で会うことも出来る。今でなくともじゃ。そうじゃな、和尚。
和尚は黙って頷いた。
ご飯を食べ終わったお殿様は子供たちと一緒になって沢山のことを話し、遊んだ。この子達の笑顔がこれからずっと消えぬことを願うばかりだった。
聡太郎の笑顔をワシはあの時なぜもっと大切にできなかった?こんな宝は何処にもないのに。なぜその事に、ワシは、ワシは、ワシはアホじゃ。
子どもたちが寝静まると、和尚は酒をさげてお殿様のところにやってきた。
お殿様は黙って着物を脱いでその傷を和尚に見せた。背中にひとすじ、刀で斬られた傷は綺麗に閉じていた。膿も無ければ腫れているわけでもない。薄い布に酒を浸し、背中を拭いた。
お民と弥太郎の供養を頼みおく。すまぬな和尚。ワシが生きているのは今日この日まで。明日からはワシは死人じゃ。
お殿様、それでどちらへ?
ワシは死人になったら行くところがあってな。
ニヤッと笑うお殿様を見て、和尚はこの人は本当に面白い人だと思うのだった。
朝早く、まだ空が白んできたところにお殿様はアオに乗り、寺を後にした。
和尚はその後ろ姿に手を振った。
風が急に吹いて、和尚の袈裟が揺れた。ほんのすこしだけ、初夏の匂いがもうしてる。
もうすぐ蛍が飛ぶ季節。
子どもたちと蛍見物に行かなくちゃいけないな。
和尚の顔がほころんだ。今朝はなんだか清々しい。
そんな別れの朝だった。
お殿様の行先は、、、。




