最後の桜
井伊のお殿様が斬られ命を落とした。
お腹の具合が良くなったお殿様は、間に合うか合わないかはわからないが、井伊家のお殿様を屋敷まで送るという役目を果たすため、アオに乗って屋敷を後にした。
屋敷を出て少し走ったところで駕籠屋とすれ違った。
お民が帰ってきたのかと、お殿様は気づいたが、振り返る事はなかった。
もしワシが死んだその時は、お民を殺してこの屋敷を燃やすのだ。そなた達は好きなところで好きなように暮らせ。
屋敷を出る前に家来を集めて皆に給金を渡してお殿様はそう言った。
これがそなた達との今生の別れになるやもしれぬ。世話になった。さらばじゃ。
アオの背は広く居心地がいい。もっと一緒に居たかったのぅ。
そんな事を思いながら向かったのだった。
もうすぐ屋敷という所まで来たお殿様は倒れた人のかたまりを見つけた。
お、お殿様!
の、首がなかった。
近くで昨日まで互いに仕事をしていた連中が死んでいた。
弥太郎!
弥太郎も、まだ若い命を散らしていた。
遅かったか。
と、気配を感じたと同時に斬りかかる者に油断していたお殿様は右の肩からザーッと斬られ、振り返ってその者を叩き斬った。
1人な訳はない。まだ居る。
その時アオが何人かこちらへ走ってくる者達を蹴散らし、お殿様に乗れというように前に立ちはだかった。
お殿様はアオに乗り、その場から離れた。
だがしかし、肩から流れる血の量は多かった。
アオはお殿様を背に乗せて、アオが生まれた故郷へと走った。
もう意識が朦朧としてきたお殿様はアオの手綱をしっかり手に巻きつけ、落ちないようにしている事しかできなかった。
アオはお殿様が落ちないように走った。
そしてようやく、懐かしい育ててくれた馬飼の家にたどり着いた。
ヒヒーンヒヒーンと鳴く馬の声に、
寝ていた馬飼だったが、慌てて起きて戸を開けて、アオを見つけ、その上で血まみれになったお殿様を見た。
わぁ、アオ。どうした!
アオはプルルルルと言った。
馬飼はアオをそのまま連れて医者の家をドンドンと叩いた。
中から眠そうな医者が出てきて馬飼が連れた馬の背に目をやると大変じゃ!
腕はこの辺りでは良い方の医者がお殿様を診てくれた。
今夜が山じゃな。と、傷口を消毒して止血の終えたお殿様だったが熱が高い。医者は必至の看病をしてくれたのだった。
馬飼はアオに付いた血をわざわざ湯を沸かしてぬるま湯にしてから流した。
アオと久しぶりに会った馬飼はアオがお殿様に可愛がられていたんだなぁと嬉しく思った。
アオ、お前は良い主人と巡り会えたんだなぁ。大丈夫。きっと助かるからな。アオ。お前は賢いなぁ。俺の事も覚えてくれていたんだなぁ。
お前に頼りにされて俺は嬉しいぞ。アオ、お前は本当に賢いなぁ。偉いなぁ。よしよし。良い子だなぁ。
アオの毛を藁で拭き、綺麗にしてやると小屋に入れた。アオの部屋はまだ空いていた。でももうすぐアオの兄弟が生まれる。
もうすぐアオの弟か妹が生まれるんだぞ。アオ、名前は何にしよう?
アオは何も言わないが、久しぶりに食べる懐かしい干し草をお腹いっぱい食べたのだった。
朝起きると、見たことない所にいた。
ここは?
あー、これが世にいうあの世じゃな。そうかあの世というのは生きていた時とあまり変わらぬようじゃ。
おっと、ここに眠るこのお方はかの噂の閻魔様じゃろか?居眠りしているのではないか!なんと!忙しいのじゃろうのう。
ん?
ワシの肩が痛むぞ?そうじゃ、ワシ、斬られたんじゃった。あの世とやらに来ても傷は傷むのじゃな。そうなのか。
と、閻魔様が起きた。
お目覚めになられたか。まるまる7日寝ておられましたな。 いや、助かって良かった。
助かった?え?ワシ、生きてるの?そなた閻魔様ではなかったか。
はい。私は医者でして。ちょっとお待ちくだされや。
そう言うと出て行って、1人の年若な者を連れてきた。
あー、アオの馬飼か。
はい。アオは私の小屋で過ごしております。
それはすまぬ。アオは元気にしておるか?
はい。元気です。
あやつはワシの命の恩人じゃな。あいや馬だった。恩馬じゃな。
まだ無理してはならぬぞ。
そうじゃな。まだ傷が痛むわ。
今動いてはいけませんよ。傷が開いては困るでな。
わかった。かたじけない。
お殿様はまた深い眠りについたのだった。
湯本のお殿様は傷口が治るまで動けなくなった。




