最後の桜
宴会の場にお殿様は行けなかった
外国との条約が結ばれ、世の中が一転した。
200年の長い長い平穏な日々はこの日を境になくなった。
ある者は井伊のお殿様を支持し、ある者はけしからん事が起きたと怒り騒ぎ立てた。
思想を持つ者が何人か現れ、その人達が江戸を目指して走り出しす。
黙ってみている朝廷ではない。
思想を唱える者を片っ端から牢屋に放り込み、ひどい拷問や、死罪が行われた。朝廷に逆らう者は皆死ぬと、言わずともわかる。それはまさに見せしめだった。
それでも自分の意思を持ち正しいことを正しいと唱える者がいた。死んでも後にその思想を持つ者達が現れる事を信じて命を散らしていく。
井伊家のお殿様も、朝廷に逆らった身で、いつ、死んでもおかしくはないと腹をくくっていた。
だから側近の者以外は連れて歩く事は無くなっていた。
そんな側近の一人に湯本のお殿様も入っていたのだが、その日、お殿様は腹を壊して便所から出られない状態になっていた。
その日は黒船から偉いさんが来るとかで、もてなしの宴会が開かれることが決まっていた。お民も弥太郎も呼ばれているその宴会の席に、お殿様は行けそうになかった。
しかしお民も弥太郎も、あなたが居なくても私達だけで大丈夫よ。と、いつになく上機嫌にオシャレをして弥太郎と2人行ってしまった。
昨日、何食べたかなぁ。
と便所で考えていた。
この時、お民は医者で貰ってきた虫下しの薬をお殿様の膳に混ぜていたのだった。何故そのような事をしたかだが、湯本のお殿様の家族だとは思われたくない。
ただそれだけの理由だった。
宴会の場は外国の人向けにテーブルが並んでいて、皆、立ったまま、グラスを持ち、見た事のない食事を頂いていた。
お民と弥太郎はその食事が大変気に入って、嬉しそうに食べている。
井伊家のお殿様が来て、
今日は主人はどうしたのじゃ?
実は食あたりで。
そうであったか。確か、そなたが弥太郎殿じゃな。
はい。
そなたの兄の事は今も覚えておる。いま、どうしておられるのじゃろな。弥太郎殿、今日は楽しまれよ。
奥方も、楽しまれよ。あぁ、そうじゃ、ワシの奥方に会わせよう。
お殿様がこいこいと手招きをすると、白い着物を着た美しい奥方がスーっと歩いてきて、お民と挨拶をした。
こちらに来て友がいないゆえ、仲良くしてやってほしい。
お民はお殿様にそう言われ、はい。喜んで。私もこちらに友がいないので助かります。今後ともよろしくお願いします。
そんな和やかな宴会は2時間ほどで終わったのだった。
宴会が終わり、皆が帰るのをお殿様は見送った。
そしてそこに残ったわずがな者達だけで帰る支度をして、店をでた。
弥太郎も今宵、お殿様の屋敷までお殿様を送り届けるという役目を果たすためお供に行ったのだった。
お民は井伊のお殿様の奥方と共にカゴを呼んでもらい、この宴会場を離れたのだった。
お殿様の腹の調子が戻ってきていた。




