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旅立ちの時  作者: 美藤蓮花
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殿様のお忍び

夕霧が最後にまだしなくちゃいけないことは、

旅立った鎌ちゃんを見えなくなるまで見送った。


遠く小さくなって行くと、なんだかもう会えないんじゃないかって思っちゃうよね。


道蔵が寂しそうに言う。


大丈夫よ。鏡山親方が居るんだから!あんたも知ってるじゃない!


夕霧が言うと、そうね。大丈夫ね。と小さく笑った。


さ、これからが大変なのよ。


どうするの?


言い方ひとつで私たち、打ち首とかなる可能性だってあるもんね。


道蔵と夕霧は2人同時に生唾をコクンと飲み込むと、背筋をピンと伸ばして大きく深呼吸をした。


2人、目配せすると、うん!と頷き、道蔵は旅籠で泊まっている客たちに出す料理を作りに取り掛かった。


夕霧は、部屋に戻ると綺麗な着物に着替えて、身なりを整える。


夏が過ぎ、秋の気配が少しずつ近くに感じる。


そんな折、


湯本のお殿様が役人に連れられ、お忍びで屋敷を後にした。


お民には、二、三日、屋敷のほうへは戻って来られないとだけ告げた。何処へ行くのか聞かれ、


あ、いや、その、、、。


と、詰まってしまう。


何処へ行くのです?


聞かれて何も言えないお殿様に変わり、役人が、実はお殿様の痔瘻が痛み出しまして、その治療に行くのです。


またですか!


お民とお殿様の間にはもう寝屋を共にすることもなくなっていた。お殿様の痔瘻のこともよくは知らないし、知りたくもない。


今のお民にはお殿様よりも、弥太郎の事が気にかかる。あと1年と迫ってきた江戸への士官。それが上手くいくことが何よりお民の一大事だった。


痔瘻と聞いたお民は、二、三日と言わず、もう少しゆっくりしていらっしゃっては?と言う。


では、ゆっくりしてくるとしよう。


腕組みして偉そぶっているお殿様に役人が、痔瘻が痛いフリをしろと身振り手振りで伝えてくるので、お殿様は目を泳がせながら痛いフリを一生懸命している。


さ、それでは参りましょうか。


お殿様は、殿様だと気づかれないように、髪を結い直してもらい、町人がよく着る着物に着替えると、役人と2人、籠に乗った。


伊助はその2人を追ってついてきていた。


こうなったのは他でもない、役人から聞いた話を信じた。ただそれだけ。


役人の話は、実は聡太郎様は生きている。というものだった。理由があり、お殿様にも内緒にしていたという。


その内緒にしていた理由は、今、聡太郎が見つかれば、それをよく思わない者がいるからだった。


1年前、井伊家のお殿様がお伊勢参りのその時に、この屋敷に立ち寄り、この屋敷で休憩をされた。


そして、湯本家の庭をたいそう気に入り、1番綺麗に見えるかと聞かれ、井伊家のお殿様を聡太郎の部屋に案内した。


そこにあった、女性の描かれた襖が気にいったお殿様が、この絵をワシに譲ってくれ。と言った。その絵はお殿様の妻が生前、狩野派の絵師に自ら描かせた絵だった。


湯本のお殿様は、その絵をはい。どうぞどうぞと快く、快諾したのだが、その時に、歯向った事のなかった聡太郎が、父上!父上!その絵は母上の、と言いかけた口を塞いでしまった。


その一件があって、聡太郎は家を出て行ってしまって、未だ見つかってはいない。もうあれから一年が過ぎた。生きているものやら死んでるものやもわからない。


お殿様は、妻の絵がそんなに大切なものだったとは知らずにいた。それだけ、子供の事をちゃんと見ていてやれなかったと反省し、もう、この湯本家がお家断絶になっても構わない!


と、湯本のお殿様は井伊家のお殿様に、この絵は実は生前、妻が狩野派の絵師に描かせたもので、本当は大切な絵。この絵をお譲りすることは出来ませぬ!


と言ったところ、井伊家のお殿様は、その話をたいそう気に入り、湯本のお殿様のことを見直して、聡太郎17の年になったら江戸へ行き、そこで士官になることがきまった。そして湯本のお殿様は大名として江戸に迎えられることが決まったのだ。


しかし、聡太郎は見つからず、そんなことがバレては士官の話がなくなってしまう。ならば弥太郎を聡太郎だと偽り、これから先は弥太郎を聡太郎として育てていくべきではないのかとお民が言った。


もし、聡太郎が見つかっても、この先は弥太郎として生きていってもらえばいい。


とそんな事を言い出した。


あと1年、聡太郎がみつからなければ弥太郎が出世できる。この親子にもし、聡太郎が生きていることがバレたら、聡太郎の命が危ない。


しかし、聡太郎様は生きて健やかにお暮らしになっておられる。その事をお殿様に告げないでいるのは余りにもお殿様が可哀想だと、役人は打ち明けたのだ。


そしてその、聡太郎様の居る場所は夕霧の旅籠だという。


覚えておいでですか?


役人の質問に、お殿様は、夕霧とな?、、、。

誰だったかのぅ。


首を傾げている。


役人はその様子に笑ってしまう。


あの頃のお殿様には大勢、女の影がお有りでしょうな。


女?


、、、。お殿様は結局、最後まで思い出せず、屋敷を後にした。


けれどもお殿様の心はなんだか知らないけれど、妙に鼓動が高鳴っていた。


夕霧に会うことが少し楽しみなのだった。



無事に話は収まるのか、どうなるか。

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