カゲロウの死
お里がみたのはカゲロウの亡骸だった。
桜の花が満開を迎えていた。夕霧の旅籠は春の陽気に誘われるようにお客さんがたくさんきて活気に満ちていた。
忙しい手を止めてふと夕霧は庭に咲く枝垂れ桜の方をみた。風が強く吹いて、ハラハラと花びらが散った。なんだかその花びらが一瞬カゲロウに見えた夕霧は、忙しそうに走り回っているお里に声をかけた。
あ、お里ちゃん、カゲロウさんはまだ帰ってこない?
はい。まだなんてす。何があったかもしれない。
カゲロウさんの行き先は知ってるの?
はい。聞いてます。
お里ちゃん悪いんだけど、カゲロウさんを迎えに行ってあげてくれないかなぁ?
でもいま忙しいですよ。
大丈夫!あとはやっておくからお願い!
わかりました。
お里は夕霧に言われ、湯本家へと向かった。
暗くなりかけた山道を走るように歩いていく。それでも、真っ暗になった道をお里は突き進む。姉さんに何もないことを祈るような気持ちになってくる。
伊助とお雪様のことを守りたいの。
そう言って寂しそうに笑うカゲロウの心中は分からないけれど、きっと姉さんは自分で気付いているのか、わからないけれど、伊助さんのことを愛している。きっとそう。
走りながら涙が出てくる。姉さん、無事でいて!
だんだんと大きな屋敷が見えて、お里は湯本家に着いた。
ごめんください。
はい。少し待たれよ。
と出てきたのはいつもの役人だった。役人はお里を見て驚いた。
姉さんは来てますか?
カゲロウは伊助さんを庇ってお民の甥っ子に刺され、命を落とした。
えっ?
ついてまいれ。
言われてついていった。
庭の見える廊下を通り抜け、奥にある部屋に棺が置かれていた。
中には真っ白な着物を着たカゲロウが眠るように入っていた。
姉さん。
穏やかな少し笑ったようなその表情を浮かべている。
伊助も、お雪の姿はそこには無かった。
ただ、カゲロウだけがその部屋に置かれていた。
役人はお里にカゲロウの両親の住む町を聞いた。明日の朝、ここから運んでいくという。
お里はカゲロウの髪を少し切り、半紙に包んで胸元にしまうと、役人に後はお願いします。と言い残し、
今来た道をまた走り抜けるように帰った。
旅籠に着いたのは夜が明ける少し前だった。
夕霧と道蔵が帰ってくるのを待っていてくれた。
お里の顔を見た夕霧は何も言わずお里を抱きしめた。お里は張り詰めた糸が切れたように泣きだした。
少し泣き止んだお里は、胸元に入れたカゲロウの髪を夕霧に差し出した。夕霧はその髪を手に取ると座り込んで泣きだした。道蔵は目に涙をいっぱいに溜めて顔を手ぬぐいで覆っている。
夕霧はその髪を枝垂れ桜の根元に埋めた。
そうね、あの子、この枝垂れ桜が咲く前からこの木のことを心配していたものね。
そうそう。ものすごく年をとっている木だからって。あの人、いろいろやってたわね。
きっとあの人は見かけによらず世話好きなおばちゃんみたいな性格だったのよ。
ね、お里ちゃん。そうよね。
自分の幸せよりも人の幸せをいつも願ってた。きっと辛かったはずなのに。
風が吹いて枝垂れ桜の花が散る。
それはまるでカゲロウ自身のようにも見えて、夕霧はそこにカゲロウの髪を埋めたのだった。
カゲロウの事がみんな好きなのにカゲロウにはわからない。




