お雪の不安
役人から話を聞いたお雪は
元旦月が終わって次の月へと変わった頃、湯本家に久しぶりに役人がお雪の所にやってきた。
久しぶりです。お雪様。
本当に久しぶりですね。元気でしたか?
はい。おかげさまで元気です。お雪様も春には祝言を挙げるそうで。おめでとうございます。
お雪は少し恥ずかしそうに、あ、ありがとうございます。とお礼を言う。
もうそんな年になられたとは、私も年がいく訳ですね。
で、お役人、今日はどうしたのです?
そうでした!いやね、この前、少し遠出をした折に夕霧さんの旅籠に寄ったんですけど、そこでここで女中をしていたカゲロウが働いていたんです。あともう1人、最近、女中になってすぐ辞めたお里も一緒に働いていたんです!
でね、私を見て、カゲロウが話があると言って、その話というのが、伊助さんとお雪様をお守りして欲しいというもので。
何の事かわからなかったんですが、詳しい事情を聞いて分かりました。この事をお雪様の耳に入れて大丈夫か、悩みましたが、お伝えしたい。
実は、お民がまた良からぬ事を考えついたようで、今度は伊助さんの命を狙っているようなのです。
あのお民がですか?何故ですか?
どうやらお民はこの家が自分のものでは無くなる事が嫌なようで、伊助が死ねば、お雪様は1人になるから、自分の甥っ子と夫婦にさせて自分はいつでもこの家へ帰ってこれるようにしたいようなのです。
この家ですか。。。
お雪様、言わなくても分かりますよ、お雪様は、きっとこの家には執着はないのでしょう?
伊助さんと一緒になれば、何処でだって生きていける。きっとお殿様も、だから伊助さんと夫婦になることを望んでいる。
けれど、お民にはそのお殿様の考えも分かってはいない。お民には弥太郎をこの家の主人にすることだけが楽しみだからでしょうな。
しかし弥太郎様はこの家に残って家を守っていく事よりも江戸へ行き、大出世することの方が遥かに魅力的なんだと思います。男なら誰でもそんな夢を見るものです。
お役人、やはり、お役人ですね。人の心理まで分かっておられる。
いやいや、まだまだです。
それで?
カゲロウとお里ですが、伊助とお雪様のことを心配しているようで、お民が江戸へ行くまでは、伊助さんとお雪様をお守りしたいと申しておりました。
何かあればすぐ駆けつけると。それを聞いて私も伊助さんとお雪様をお守りしたいと思いまして、こうしてそれを伝えに来たという訳です。
心強い事です。夕霧さんの旅籠に行く時はお役人に大変世話になりました。お役人の言うことは、信じられる。では、お頼み申します。
お役人は、この事をお殿様に言うかどうするか考えているというので、お雪は、江戸へ行くまでにはいろいろすることもあるだろうからと、内緒にしておくことにした。
役人はそれを伝えると、湯本家の家来になった自分の甥っ子の部屋へ行った。
その話を聞き、怖くもあったが、自分達を守ってくれる者もいることに安堵もした。しかし、気の抜けない日々が続くことに不安もある。
お雪は自分の部屋の障子を開けて縁側に出た。
そのすぐ側に咲く白いツバキの花を見て、兄のことを思う。あれからまた時が空いた。兄上はいまどうしているだろう。
お雪。
伊助が呼ぶ声に振り返る。真っ青になったお雪の顔を見て、伊助は何かあったことに気づく。
このツバキの花は、お雪に喜んでほしくて咲くのにね。
ね!お雪?
うん。と頷き、伊助の顔を見ると、伊助は見たことないくらい面白い顔をしてみせた。
面白かったのか、お雪はワハハと笑った。
寒いから部屋へ戻りましょう。もうすぐ夫婦になるんですからね!風邪なんかひいたらいけませんよ!
あ!お雪!春になったら兄上は大阪ですね!会いに行きましょうね!
あ、大阪か。
では父上は、兄上に会えないじゃない!
お殿様、まだたぶん気づいてなさそうですね。ハハハ。
そうね。ハハハ。父上ったらいの一番に兄上に会いに行くって言っていたのにね。
顔色が戻った!よかった。私はまだまだお雪の兄上の代わりにはなれないみたいだ。
兄上は伊助の代わりになれないの。伊助が死んじゃったら私、、どうしたらいいかわからない。
死んじゃ嫌よ。伊助。
お雪の顔色が悪かったのは自分のせいだとわかった伊助はお雪がただただ愛しくて、本当は抱きしめてしまいたいけれど、お雪の手を取って自分の両手で包み込んだ。
長いこと居たんですか?
ううん。少しだけよ。
氷のように冷たいですよ。
温めてくれますか?
喜んで。
にこっと笑うと伊助はお雪の手をニギニギと温めていたのだった。
兄上より伊助の存在の大きさにお雪は気づいていく。




