旅籠の正月
お正月がきました。
年の暮れは何処も忙しい。
夕霧の旅籠もそれなりに忙しくなり、お殿様お雪御一行が帰ってからは、寂しさの余韻に浸ることもなく、時を過ごしていた。
そして迎えたお正月。
幸いにも泊まる客が1人もなく、ゆっくりとした時間が流れていく。雪はあれからまた降り続き、仕入れに行くのも大変で、鎌ちゃんが居て本当に良かったと思う2人なのだった。
いつお客さんが来てもいいように、部屋も食事も風呂も用意はしているが、この雪の中、旅するお客さんも少ない。
夕霧は調理場の戸を開けて空を見上げた。
どんよりした暗い空から粉雪が舞うように落ちてくる。
モチを焼いていた道蔵が、なに?寒いじゃない!早く閉めなさいよ。と夕霧に言う。
夕霧はちらっと振り返り、ニヤっと笑うと戸を閉めて、道蔵のところにやってくると、外から持ってきた雪のかたまりを頭の上に乗せた。
ギャー!!女将なにしてんのよー!冷たいじゃない!もー!モチ焼いてんだから本当、やめて!
お雑煮できた?
モチ入れたら終わりよ。
道蔵、でかした!
何がでかした!なのよ。お正月だからって浮れてんじゃないわよ?
あー、せっかくお年玉あげようと思ったのに。道蔵にお正月早々怒られたし。もう怒られた賃として使っちゃおう。
それとこれとは話が違うでしょ?女将、今年も綺麗ねー。
綺麗?ほんと?
じゃあ、これ、はい!お年玉ー。
半紙で包んだ一両小判を道蔵に手渡すと、道蔵は、こんなにいいの?お給金とは別に?って、お給金より多いじゃない。本当にいいの?
だって、、、お殿様が泊まり代だって1000両置いてったから。
千両も?
これ今生の別れになるからって。置いていったのよ。
死ぬの?
知らないわよ。けど、道蔵?あんたなんでいつもいつもお殿様の離れに居たの?何しようとしていたの?
夕霧の表情が少しキツい。
道蔵は、なんだかあの部屋がお気に入りになったの。お殿様はどうせ毎晩居ないから、ちょうどいいと思って、あの離れ、あまり使ってなかったけど、良い部屋ね。
そうなの。良い部屋なのよね。もったいないから道蔵、あんたあそこに住む?
え?いいの?
だって道蔵、鎌ちゃんが来たから部屋無くなっちゃったものね。
そうなのー。ラクダ小屋になったもんねー。今まで空いてる部屋を使ってて落ち着かなかったの。
ありがとうね、女将。
うちの花板さんだもの。大事にしなくちゃね!
モチ、焼けたわよ。
お雑煮食べましょうかね。
2人は調理場の横にある小さな休憩できるような部屋で新年の挨拶をして、お雑煮に手を伸ばした。
美味しいね。そうね。そう言ってたべる、この屋のお雑煮は、白みそを使った優しい味のお雑煮。
お雑煮を食べながら、夕霧はふとお殿様のことを想う。一緒にお雑煮を食べたかったなぁと、
そんな事を思う自分に夕霧は少し寂しそうに笑った。
離れてはいても、思う気持ちはあってもいいんだと、心の何処かで自分に言い聞かせて、夕霧は熱燗を一杯だけ飲み、後片付けを済ませると、
部屋に入って、おもいきり大の字になって寝転んだ。どこからか冷たい風が吹いて、夕霧は仕方なく、布団を敷くと、眠りについた。
まだお天道様は真上にいるけれど、寝正月と決め込んで、グッスリと寝たのだった。
寝正月でした。




