道蔵の失意
寒いなか仕入れへ向かう2人と一頭。
2人と一頭で、雪の降るまだ暗い道のりを歩いていく。仕入れに向かう冬の朝は冷え込みがいつもとは違い、痛いくらいに寒い。
ラクダの親戚のようなふわふわの毛をしたコブのない鎌ちゃんは、白い息を鼻から吐きながらいつものように歩いている。
夕霧は鎌ちゃんを撫でて言う。
この子、暖かそうね。
毛皮着てるもんね。当たり前よ。
道蔵の頭は寒そうね。
そうね。寒いわよ。とっても。
いつもならもっと言い返してくるのに、なぜか今日は道蔵の口数が少ない。
、、、。
道蔵、もしかして、お殿様から何か聞いたの?
何も聞いてないわよ。
そう。
何?何かあるの?
実はね、今回この旅籠に来たのは春になったらお殿様は井伊家のお殿様に付いて江戸へ行くでしょ?
何故かお殿様は江戸へ行ったら帰っては来れないような気がするらしいのよ。それでね、心配なのは湯本家に1人残ることになるお雪ちゃんの事なんだって。
お殿様は江戸へ発つその前に、お雪ちゃんの祝言を挙げるんだけどね、その相手がね、伊助さんなんだって。
ふーん。そうなのねー。お雪ちゃんと伊助さんがねー。そうなんだー。お似合いよ、きっと。
あんた、伊助さんの事が好きなんじゃないの?
あたし?あたしはお殿様が好きなの!でも女将には敵わないもの。
いいの、アタシは1人でも。全然いいの。寂しくなんかないもの。アタシには鎌ちゃんがいるもの。ね!鎌ちゃん!
鎌ちゃんは聞いたことない大きな声で元気に鳴いた。
鎌ちゃんをみて、にっこり笑った道蔵の瞳からは、ポロポロと涙が流れ落ちていく。ついでに鼻水もでてきて、夕霧は持っていた手ぬぐいを道蔵に差し出した。
辺りが少しずつ白んできてやがて陽の光がキラキラと雪に反射して道蔵の頭を光らせる。
その光はまるで後光が差しているようで、とても神々しくみえた。
それでも心はいつも優しくて温かい。誰よりも人の痛みがわかるから、誰も傷つけたくはない。
真っ白な雪の上に2人と一頭の足あとだけが途切れることなく続いている。
この真っ白な雪が、ひと夜の過ちを消してくれればいいのに、なかったものにしてくれればいいのに。
その思いとは裏腹に昨夜の事をふと思い出し、切なく胸を痛めてる。
いつもくだらない話をして笑っている道蔵だけど、この日だけは笑えなかった。
白い雪に祈るような思い。




