清吉の恋
いよいよ恋と気づくけど。
今日もまた兄の手紙を広げていた。
兄はこの手紙を書いている時、兄は兄ではなく、違う誰かになっているよう。違う誰かは誰だか、兄は兄でしかないけど、
今までの兄ではないような。
清吉は、唐物屋がもっと繁盛するように、初心を忘れずに頑張っていた。
でも、たまにあの振袖小姓と同じくらいの子が母親と一緒に来て可愛らしい舶来の小物を手にとって、母親と楽しげに話しているのを見ると、
つい先日のことを思い出してしまっている。
唐物屋さんを見てみたいなぁ。
そう言ったあの振袖小姓の淋しげな横顔が浮かんで、胸が痛むのだ。
私、これにするわ。
わかった。じゃあ、母はこっちね。すみません。これをくださいな。
清吉は、止まっていた時間を動かすように仕事へと意識を戻したのだった。
あれからちょいちょいそんな事があり、気になって1人、吉原に足を向けていた。
部屋に通され、開けるとそこには花魁がいた。
やっと会えて嬉しいはずなのに、清吉は目の前にいる花魁を見ても嬉しくはなかった。
また二言ほど話をすると出て行くのを期待している自分がいた。
だがしかし、花魁は帰る気配が全くない。これは一体どういう事か。
花魁は、振袖小姓から清吉の事を聞いたのだそうで、その話を聞いた花魁は、清吉の事を見直して会う気になったのだという。
振袖ちゃんが居なかったら、ずっとあなたに会うつもりはなかった。あの子のおかげで目が覚めた。
花魁がそう言うのにも、清吉はそんな事はどうでもいいように思うのだった。
その清吉の態度をみた花魁は、もしや、会いたいのは私ではなく振袖小姓ではないですか?
と聞いたのだそう。
その時に初めて清吉は胸にチクッとした痛みを感じていた。
あの子はもうすぐ水揚げされます。ここは吉原。それがあの子の運命です。ただ、水揚げされる前に身請けもできる。
あの子があなたの話をする時に分かりました。まだ本人は気づいてはいないようだけれど、あの子はあなたのことを慕っているのです。
花魁?
この吉原から幸せになれる女の子は一握りもいません。あの子がもしもそうなれたなら、こんな嬉しい事はない。清吉さん、どうかあの子を身請けしてやってはもらえませんか?
清吉は、その花魁の言葉を聞いて、すぐに店主のところへ向かい、振袖小姓を身請けしたい!と言っていた。
店主は快く承知して、振袖小姓の身請け代金を提示した。
清吉は、今から店に戻り、すぐにまたここへ戻ってきます。
と急いで店に戻って行ったのだそう。
急いで帰る途中に叫び声が聞こえた。髪結い屋が火事で燃えている。火事だ!
髪結い屋の近くには自分の店がある。清吉は急いで店へ戻ったが、店はもう火の手が回って赤い大きな炎に包まれていた。
清吉は慌てふためき、中へ入ろうとして誰かに止められ、その場に崩れるように座り込んでしまう。それをまた誰かに引っ張られ、
ただ自分の店が燃えるのを泣きながら見ていた。
もう少しで届きそうだった幸せが全て燃えて無くなっていく。振袖小姓を身請けすることも、1番の唐物屋も、全てが目の前から消えていく。
朝になって、火は全てを焼き尽くした事を見せつけてくる。もう何もかも無くなった。
清吉はふらふらよろつきながら、その場から姿を消した。
何処をどう歩いたのかも、覚えてない。出来る事なら全てが夢であってほしいと思うくらい。清吉の心はどこか旅に出てしまって体の中にはいなかった。
ずっとずっと歩いて、歩いて、歩いて、遠く遠く、どこまでも遠くへ清吉は自分の心を探すかのようにただただ遠くへ歩いていった。
お雪、
私が湯本家を出たときね、この清吉さんのような気持ちだったんだよ。
だから、清吉さんのことがなんだかよく分かる。
もしかしたら、誰にだってある。大切だと思うものをなくして、何もかもが無くなった気持ちになって、生きているのも死んでるのも一緒じゃないのかって。
兄もそんな事を考えた。
お雪は
兄のその時の悲しみが清吉さんの話を聞くことでわかったような気がしていた。
ただただ、どうしようもなく涙が出て、悲しくて仕方ない。
それでもきっと朝は必ずくる。
どれだけ辛くても、ちゃんと朝はくる。
お雪はお雪で、兄からの手紙を全て燃やした事を思い出していた。
手紙は無くなってしまっても、思いは消えない。ちゃんとある。
お雪は涙を拭いて、灯りを消した。
障子から優しい月の光が漏れて、
お雪はその火をボーっと見ていた。
私にも失いたくないものがあるかしら、
目を閉じると浮かぶのは誰の顔?
そんな事を考えているうちにお雪は寝息を立てていたのだった。
居なくなってしまった清吉の行方は?




