鎌太郎
お雪に送られてくる手紙とサザンカの成長はこのお話に欠かせないものになっていきます。
雨音が少しずつ消え、朝の太陽の光が差し込むとあたりは急に夏の暑さにつつまれる。鳥の声も聞こえないくらい、蝉が勢いよく鳴いている。
暑いのう。
湯本家の自慢の庭を眺めながらお殿様は白く縁だけ緑色の竹で出来たウチワをパタパタさせて天を仰ぐ。
眩しく強い日差しと、青い空に入道雲がお殿様の目に映る。
こう暑くては仕事もままならぬのう、伊助。
そうですねぇー。
伊助もお殿様と同じように空を見上げ、ふと庭を歩くお雪に目を留めた。
お雪はチリトリに灰を入れて持ってくると、大分と大きくなったサザンカの木の根元にそれを巻いて何か話しかけている。
お雪がお花見から帰ってきたその折、お土産に持って帰ってきたものだとお殿様は思っている。
あれから3か月が経った。
お雪の元へ役人が届けてくれる兄からの手紙は、読み終えると燃やしてサザンカの木の根元に撒いている。病気や虫がつかないように撒くといいと教えたのは伊助だった。
それからずっとお雪はこのサザンカの木を大切に育てている。
とうとう兄上は旅に出るのね。どんな旅になるのかしら。心配だけど、楽しみね。
毎日おはよう、おやすみ、また日々のことをこうしてサザンカに話しかけては最後にこう言う。兄上に負けないように大きくなろうね。
失恋の傷心旅行だと思っているお殿様は、お雪のその姿を見るたび可哀想に。まだ心の傷が癒えてはいないようじゃ。ああしていつもあのサザンカに話しかけている。
可哀想に。
と呟く。
伊助はお殿様のその姿を見るのがなんだか好きだった。
さ、お殿様、そろそろ仕事に戻りましょうか。
そうじゃな。戻ろうか。
サザンカは、お雪の兄の聡太郎が兄が居なくても寂しくないように、もう泣かないようにと、お雪に渡したものだった。
花が咲くその日まで見守っていてほしい。
お雪はその言葉を守り、サザンカを大切に育てているのだった。
湯本家と鎌太郎の静と動の、動きが出ればなと思ってます。