お殿様のお忍び
やけボックリに火をつけてみたいと思います!
夜が更けて、庭の辺りは真っ暗で何も見えなくなった。何処からかコオロギの鳴き声が他の虫の声と混ざって聞こえてくる。
行灯に灯りが灯り暖かな火の光だけが辺りだけをぼんやりと照らしている。
丸い小さなお盆に徳利と小さな湯呑が乗っている。
お風呂から上がったお殿様はその部屋に夕霧が居てくれることに驚いた。
お殿様は黙って夕霧の注いでくれる酒を飲んだ。
うまいと言いかけたお殿様より先に夕霧は、うちで出しているお酒、美味しいでしょ?と言う。
お殿様はうなづき微笑んだ。
ふと、16年前のことを思い出したのだ。
聡太郎が妻のお腹にいると聞いた時から生まれてくることが楽しみだった。だがそれと同時に不安でもあった。そして何より怖かった。
あのころ、一家の主のお殿様はそんな気持ちでいることを誰にも言えず、ただそのことから逃げるように女の元へと足がむく毎日を送っていた。
何人もいた訳は、ただの言い訳に聞こえるかもしれないが、安らげる場所を探していた。柔らかなそこに言いようのない温かさを感じていたかった。
そんな中の1人に夕霧がいた。たまたま立ち寄った店に夕霧が居て、そこに仕事の帰りに一杯飲みに来ていたようで、偶然となりに居合わせたお殿様に一杯酒を注いでくれた。
美味しいでしょ?ここのお酒。
そう言う夕霧にお殿様は今宵のようにうん!とうなづき微笑んだ。
何も言わなくても、夕霧のそばにいると心が安らげる。何気なく気遣ってくれる優しさをいつも本当は感じていた。けれど何処か距離を置いていた。
いずれ、離れてしまう人だから。
それは口には出さないが、お互い、感じていたことだったから。
長くは続かないけれど、一生忘れはしないだろうと、心の何処かで気づいていた。
夕霧?再び会えたのは、きっと何かの縁だろう?
夕霧は鎌ちゃんがここへ来たときのことを思い出していた。初めて顔を見たときに、お殿様の顔がよぎって、あり得ないわと頭を振った。
けれどこうしてまた会えたのは、偶然にしてはうまく出来すぎていて、夕霧がこの時に運命を感じていたとしても、それは誰も疑わないだろう。
お殿様、、、。
言おうとした言葉がなかなか出てこなくて。何を言えばいいのか、胸の中に溢れた感情に溺れそうになってしまう。
そんな時、空に居た月が雲間から顔を少しずつ出してきた。辺りはその明かりで、行灯の灯りよりもあたりを鮮やかに照らしている。
今夜は月が綺麗ですね。
ああ、そうだなぁ。綺麗じゃなぁ。
月を見上げた2人は一緒に朝を迎えていた。
ややこしい事にしていきたいと思います!




