戦略級魔法
「え?……嘘……でしょ?」
シルヴィが正気を取り戻すと己は人間であった黒焦げのそれに股がり短刀を持っていた。
シルヴィの最後に残る記憶はフレイアに渡させたこの短刀でひとつきしたところまでである。
それより先は何か黒いものに操られていた感覚だけが残っており、記憶は何一つ残っていな
い。
「フ、フレイア……これ、私がやったの?」
シルヴィは震え声でフレイアに問いかける。
「これは私が殺らせた事だからシルヴィが気にする必要はないから……」
「で、でもそんな……酷いよ」
「何度も言うようだけど、このクソはそれだけの事をしたのだから」
「だけど、殺す必要なんて……」
「そんなことない‼ こいつらは皆死んで当然‼」
しつこく自分を蔑もうとするシルヴィにフレイアは苛立ちを覚える。
「かもしれない、いや……でも……もうどうすればいいのか分からないよ……」
シルヴィは困惑を隠せない様であった。
「シルヴィ、あれを見て」
フレイアは麓にある村の方向を指差す、その方向を見たシルヴィは言葉を失う。
「嘘……?」
村からはあちこちで黒煙がたち広がり、炎が立ち込めていた。
村から少し離れたところには黒い塊が見える、目を凝らして見ればドラゴンらしき翼を持つものが蠢いている、ここから見てのあの大きさは相当な物であろう。
「あれは、フレイアが?……」
「違う、彼処にいる奴等の仲間が殺ったことみたい」
フレイアはそう言うと何もない草むらの方向に向い、漆黒の豪腕を唱える。
フレイアの体から放たれた漆黒のエネルギーの塊が巨大な腕の形を形成し、何もない草むらに一撃、拳を降り下ろす。
次の瞬間、何もない空間から血渋きを上げ、辺りを血の色に染め上げる。
「魔法無効化」
フレイアは打ち消しの魔法を唱えると、二人の黒装束の男二人が姿を表す、背後から襲うつもりだったのか雑多な剣を手に握りしめていた、あのクソ親に着いてきたのだろうか、全く最後まで迷惑な奴だ。
「ば、馬鹿な‼ 何故、透明化魔法が⁉」
男達は魔法を打ち破られたのが信じられないようだ。
「あんな、中位級クラスの魔法で私の目を騙せるとでも思ったの?」
「糞‼ 火球‼」
一人の男が魔法を唱え、フレイアに一直線に飛んでいく。
「大火球」
フレイアは対抗するように魔法を唱え、お互いの魔法が交差する。
フレイアに当たった火球は何事も無かったか様にフレイアにはダメージは入らない、多少の火傷は出来たが瞬時に回復する。
フレイアの放った大火球は黒装束の男に命中し辺りの地面ごと跡形もなく焼き飛ばす。
やはりこの世界の者たちは全体的に弱い、魔法への対抗の仕方も分からないのだからーーーシルヴィの様に魔法を使えるものを無下に扱っているのだから仕方は無いが。
「うぉぉぉぉぉ‼」
もう一人の男は果敢にも剣を片手にフレイアへ突っ込んでくる。
フレイアは上位武具製作を唱え、黒一色の禍々しい光沢を放つ、戦闘用斧を制作し、男の一撃を受け止める。
「そ、そんな馬鹿な‼」
フレイアはその見た目からはあり得ない怪力で男を押し返し、軽く30キロ程度はありそうな大斧を縦に一撃降り下ろす。男の黒装束のマントの下に着込んでいた、オリハルコンの鎧ごと真っ二つに切り裂き半分に割られた男の死体が血を上げ、大地に転がる。
「それでシルヴィはどうしたいの? あの村を……」
フレイアは何事も無かったか如くシルヴィに語りかける。
シルヴィは悩み、答えに困っている様だった。
「ここで、あいつらを見殺しにするのも一興だと思うけど?」
フレイアは問いに対する助言をするが、シルヴィは更に返答に困る結果になった。
暫くしてシルヴィは答えを導き出す。
「私はあの村を守りたい……フレイア……お願い……力を貸して……」
シルヴィから飛んできた答えは予想外の以外な物であった、むしろフレイアを困惑をさせるくらいに。
「何で⁉ シルヴィにあんな事をしたやつを助けるの⁉」
「許せないよ、あんなことされて、許せるわけがないよ……」
「じゃあ、何で⁉」
「私は、私はね、お父さんとお母さんとの思い出がある、村を守りたいの……だから、私はね、あんなゴミみたいな所に留まり続けたの…、ほんとは村の奴等なんてどうなったいい、て言うかこの際皆死ねばいいと思ってる、でもね、それでもあの村を……私の唯一楽しかった思い出を守りたいの、だめ……かな?」
シルヴィはにこやかな笑みを浮かべるが、それはどこか寂しそうだった。
フレイアは暫く考えこむ。
「わかった……シルヴィがそこまで言うなら、あの村を助けて上げる」
「フレイア、ありがとう……」
「只、いくつか条件がある」
「条件……?」
「あの村のシルヴィを虐げた糞たちは皆殺し……とまでは、行かないけど、何かしらの罰を与えること、そしてあの村は私の支配下に置くこと」
「……支配下?」
「そうよ、これは私が村を助けた報酬ってことで」
この世界の情報をフレイアは殆ど知らない、なので安全な拠点がほしいのがひとつ、そして只単純にあいつらのために、タダ働きが嫌であったからである。
「どう?」
「そんなので、いいのなら、村人をいくら殺しても構わないから……村が形をとどめてくれるなら……」
「交渉は成立……ね?」
フレイアは静かに村の方を見つめる。
「それじゃあ、私はこれから村を襲ってる奴等をかたずけてくるから……一時間で帰る」
フレイアは飛行の魔法を使い宙に浮く。
「あっ、あの……」
「どうしたの?」
「死なない……でね?」
「大丈夫、あのくらいの奴等には負けないから……」
「でも、あのドラゴン見たいな奴、けっこうヤバそうだよ……」
フレイアは村の少し外れで蠢いている!ドラゴンであろう物体を凝視する。
「あれどう見ても黒き邪龍だよなぁ……」
フレイアは静かに呟く。
黒き邪龍は前の世界でも最強クラスのモンスターだ。魔族の精鋭10名程度でやっといい勝負になる程度で勇者でも勝算が低いほどの強さを持つ、その鱗は非常に堅牢で、貫徹系の最上位魔法で何とか貫ける程度だ、更にその黒炎のブレスは魔法防御には弱いものの引火性が強く、そして熱い、大抵の物質は溶けてしまうレベルである。
「シルヴィ、大丈夫……あのくらいは問題外」
最優秀の魔族と謡われていたフレイアにとっては肉弾戦で互角、魔法が使えるなら圧勝することができる、フレイアにとっては大した驚異ではない、只、この世界の基準で言えば人口数十万人程度の都市を壊滅させることすらできる化け物とも成りうる存在でもある。
「さてと……」
フレイアはすこしづつ高度を上げながら、高位魔物召喚を唱える。
シルヴィの隣に魔方陣が現れ、体長が2.5メートル程度の大きさに、純白の無機質な体に天使の大翼を兼ね備えたゴーレム……古き天使の守人を召喚する。
「エルダーエンジェルガーディアンよ、シルヴィを護衛せよ」
フレイアが命令を下すと、コクりと古き天使の守人
はコクりと頷く。
「私がいない間はそいつが守ってくれるから」
「え⁉ 何て言うか……その……えー⁉」
シルヴィは突如現れたモンスターに困惑している様だった。
フレイアのいない間に先程の奴等が来ないとも限らない、このモンスターは防御に特化してはいるが、先程の奴等位なら複数で来ようと問題なく殲滅できるだろう。
「大丈夫、シルヴィに危害は加えたりしないから」
「そ、そう?……なら良いのだけど」
「でも、何か一体だけじゃ、不安ね……」
フレイアはそう言うともう一度召喚魔法を唱え、失墜の堕天使を召喚する。
容姿はエルダーエンジェルガーディアンを黒一色に、体格も一回り小さくし、無機質感が無くなり生物味を感じさせる、能力も真逆で防御をすて、即死系魔法に特化させたもので即死をクールタイム無しで連射することさせできる。
二体のモンスターはシルヴィを囲むように布陣する。
「えーと……何これ?」
「シルヴィの護衛要員よ、私がいない間に変わりに守ってくれるから」
フレイアはそう言うと空高く上昇する、シルヴィが何やら不満げに語りかけてはきたが、耳はかさず、気にせず上昇する。
「さてと」
辺りが一望できる高さまで、きたフレイアは上位級魔法ーーー千里眼を唱える。
フレイアの脳裏に村の光景が写し出させる。
燃え盛る村では先程の黒装束の一段が村人を中央に追い込む様に追い詰めている。
シルヴィは景色を変え、近くの黒き邪龍を写し出す、そこでは黒き邪龍と対峙する一人の男がいた、一言で表すなら屈強な男である、男は邪龍の攻撃を華麗に交わし、魔術であろうか、剣から衝撃波を放ち攻撃している、だが相手の聞いている様子は無い、その時邪龍の鉤爪の一撃をくらい、血を吹き出す、だが男は直ぐに立ち上がり攻勢に出ようとする。
見たところこの男は魔族の並みの兵士よりかは強そうな印象をフレイアは受ける、だがそれも長くは持たないだろう、さすがに相手が悪い。
(村の奴等を率先して、助けるのは気が引けるし、此方をかたずけるのが先でも問題ないだろう、それに持たなそうだし、ね?)
フレイアは転移を使う。
*
その頃、フロイゼンと黒き邪龍と対峙していた。
フロイゼンは陣滅豪波を唱え、黒き邪龍に斬りかかる。
だが固い鱗に覆われダメージはない。
黒き邪龍は踏み潰そうと足を降り下ろす、その大きな体格からは想像できない速度である、それは人外の領域に到達したフロイゼンですら避けるのが困難な程に。
フロイゼンは肉体を一時的に高速化させる魔術「身体走破」を唱え、何とか避けられる程度であった。
フロイゼンの直ぐ足元で地面が崩れ去る様な音と共に体格の割には細い(といっても太いが……)邪龍の足が降り下ろさせる。
黒き邪龍は休める暇は与えないとすかさず、鉤爪を降り下ろす。
魔術は魔法と違い連続で使用する事ができない、それに加え、フロイゼンは体勢を整える暇すら無かったので交わすことが出来ない。
「グワァ⁉」
フロイゼンの肩を分厚い爪が貫き、爪に刺さったフロイゼンを黒き邪龍は振り回し、あげくの果てには投げ飛ばす。
投げ飛ばさせた、フロイゼンは痛みに悶えながらも、体勢を整える。
(糞‼ ここままでは、ジリ貧だ……どうにか、この情報を駄馬しなければ……)
黒き邪龍はブレスを放つ。
黒い炎はフロイゼンに向かい放たれる。
「防御壁」
フロイゼンは魔術ではなく、魔法を唱える。
フロイゼンは黒い炎に包まれる。
防御壁に守られてはいるが、黒色の炎は多少防御壁を貫通し、フロイゼンに行き届く、火の粉ひとつが肌につけば辺りの皮膚を全て溶かす、普通の炎ではあり得ない、その様なものが次々とフロイゼンの体に猛威を奮う。
1度炎が止み、防御壁を解除する。フロイゼンの体は半分以上が火傷しており、常人なら即死しても可笑しくはない。勿論フロイゼンも只ではすまなかった。
「うぐっ⁉」
フロイゼンの体から力が抜け、その場に倒れこむ、フロイゼンは起き上がろうとするが、体に力が入らない、体につんざく様な痛みが走り、動かすことすら、ままならない。
「ふんっ、もうそこまでの様だな、フロイゼン」
黒き邪龍の背後に隠れるようにしていた、ジークが姿を表す。
「まだだ……俺はこんな所で……死ぬわけには……」
「無駄な足掻きを、黒き邪龍よ‼ 焼き払え‼」
ジークの命令により、その口腔から獄炎を吹き出そうとしたときであった。
「超大火球」
何処からもなく、魔法を唱える声が聞こえ、空から巨大な青色の火球が現れ、黒き邪龍を飲み込む。
「ガァァァアアァァ‼」
黒き邪龍は悲鳴にも似た、方向を上げる。
黒き邪龍の鱗は溶けて、変形する、火に態勢を持つ黒き邪龍の鱗を溶かすレベルだ、最上位クラスの魔法であろう。フロイゼンは魔法が飛んできた方向の空を見上げる。
そこには年齢は十代前半程度の少女が宙を飛んでいた。髪型は肩にかからない程度のショートカットに黄色の吸い込まれるよいな瞳に、自分の背丈ほどある、巨大な禍々しい斧を手に持っている、頭の両脇には悪魔のそれより大きな角が生えている。
服装は鎧にも似た、黒一色の多少露出の多い服であるが、卑猥さは一切なく、禍々しさと神々しさを同時に感じさせる。
「何者だ‼ お前は‼」
先に声を荒げたのはジーク出会った。
「まずは自分が名乗るのが礼儀じゃないの?……」
「知るかぁ‼ お前、今のは超大火球だな⁉ 何故、悪魔の類族ごときが最上位魔法を使えるのだ⁉」
「はぁ……」
女は呆れたようにため息をつく。
「まさか、自分の名前も言えない馬鹿だなんてねぇ……」
「うるさい、黒き邪龍よ‼ 食い散らかせ‼」
黒き邪龍は翼をはためかせ、飛び立つ、巨大な口でフレイアを飲み込もうとするが、転移を使い姿を消す。
フレイアは黒き邪龍の後ろに再び姿を表し、黒き邪龍を斧で斬りつける。
黒き邪龍の右腕辺りを斧で斬りつける、黒き邪龍の右腕からは紫色の血を吹き出す。
「相変わらずかったいなぁ……」
フレイアは黒き邪龍を斬りつけた事により出来た斧の傷を見て文句を言う
「さすがに村を放置するのは不味いし、悪いけど一気に決めさせてもらうから」
「何を行っている⁉ 少しダメージを与えたくらいで調子に乗るな‼」
ジークは激昂する、もうすでに冷静に判断することすら出来なかった、人類では数人程度しか使える者がいない最上位魔法を使い、挙げ句の果てには、アダマンタイト以上の固さを持つ鱗を意図と容易く切り裂くことの出来る存在……いていいのか⁉ そんなはずがない……と
「それじゃあ貴方には、魔法の最高域である、戦略級魔法を見せて上げる」
「戦略級だとぉ‼ 嘘を付くな、そんなの神話で語られる伝説に過ぎんっ‼」
「なら、その伝説を見せて上げる」
フレイアはそう言うと天高く高度を取りる。
フレイアは一息付き、ふっと、喋るように落ち着いた声で、一言、たった一言唱える。
「狂喜の聖雷」