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ポケットの神様

作者: 絹ごし春雨

 彼は不思議のポケットを持っている。


彼、木下くんは兄弟がとても多いらしい。ついでに従兄弟とか姪っ子とか甥っ子とかも。


 私は、たまたま彼の家の近所に住んでいて、小中学校が一緒で、高校は違ったけど、たまたま大学が地元で一緒だった。ちなみに私は心理学科で彼は保育学科だ。


 ある日、私は母親たち姉妹と従兄弟が日帰り旅行に出かけるというので、土曜日姪っ子を預かることになった。ひとりっ子だった私は、当然、年の離れた姪っ子にどう接したらいいのかわからない。そんな時、木下くんの顔がふと浮かんだのだ。


私は、大学で彼を捕まえることにした。

「こんにちは。木下くん」

「久しぶり、真壁さん」

彼は私が話しかけたことにちょっと意外そうな顔をした。そりゃあそうだ。学科が違う私たちに接点はあまりない。

「次、授業?」

「一限空きだけど、どうかしたの?」


私はストレートに言うことにした。

「木下くんて、兄弟多かったよね?私、姪っ子を預かることになったんだけど、どうしたらいいのかわからなくて」

「いくつくらいの子?」

「5歳」


ふーん。と彼は少し考え込んだ。

「ああいうのって慣れもあるよね」

「そっかー。やっぱり付け焼き刃じゃだめかぁ」

がっくりきた私に、彼は言った。

「まあまあ。ちなみにいつその子預かるの?」

「今週の土曜日だけど」


言った私に彼は言う。

「今週ね。もし、よかったら手伝いに行ってあげようか?」

「え?」

この申し出は意外すぎた。

「真壁さんの家さ。桜山公園って近い?」

私は頷く。


「公園に連れておいでよ。僕が出来るのは、真壁さんとその子が仲良くなるきっかけを作ることかな。うちの親戚の子もいていいならだけど」

「ごめんね。本当助かるわ。ありがとう」


気にしないで。と彼は笑った。

「親戚の子の面倒見てて、今、バイトもできてないしね。ついでだから大丈夫。だいたい1日いるからさ。一応連絡先教えとくよ」

彼はアドレスを書いてくれた。

「捕まらなかったら、連絡して」


 金曜日の夜、叔母さんは姪っ子である真衣ちゃんを連れてきた。

「ほら、こんにちはして」

彼女はそのくりくりのお目目で無言で私の方を見ている。

「ごめんね。サキちゃん。人見知り激しくて。真衣をよろしくね」


私はとてもドキドキして緊張していた。叔母さんに、はい、と答えつつも、どうしていいかわからない。

「ばあば、いっちゃうの?」

不安そうな真衣ちゃんに、叔母さんは言う。

「サキお姉ちゃんといい子でお留守番しててね」


「明日の夜、迎えに来るから、それまで仲良く、ね?」

うーと真衣ちゃんは不服そうに声を漏らした。


叔母さんが去っていくと、私は姿が見えなくなった母親をじっと見送る真衣ちゃんに声をかける。

「真衣ちゃん、中に入ろう?」

彼女はやっぱり無言でついて着て、先が思いやられる。部屋に入ると真衣ちゃんは言った。

「わたし、おねえさんだから、ひとりで、おるすばんできたもん」

「サキちゃん、いらないもん」


そう言って、パジャマに着替えると、私が敷いた布団にごろんと寝っ転がって寝てしまった。

__前途多難すぎる。

 私は仕方なく毛布を敷いて寝ることにする。時間的には早すぎるが、真衣ちゃんが寝ている脇でごそごそ活動する気にもなれなかった。


朝が来て、目が覚め、朝食を食べると私は言った。

「真衣ちゃん、今日は公園に遊びに行こうか」

「こうえん?」

「この辺りの公園には行ったことないでしょ?」

彼女はこっくりと頷く。

「サキちゃんとあそぶの?」

嫌そうな顔をする彼女に、ぐさりときつつも言う。


「知り合いのお兄ちゃんが遊んでくれるって。サキちゃんと同じくらいのお友達もいると思うんだけど、どうかな?」

彼女はしばらくしてからこっくりと再び頷いた。


そういえば、木下くんと時間は約束しなかった。私は午後一で公園に向かうことにする。お昼を食べて公園へ歩く。

「サキちゃん」

「なあに、真衣ちゃん」

私は真衣ちゃんが珍しく話しかけて来たのでびっくりしながら返す。

「おにいちゃんて、サキちゃんのかれし?」

「は?」

「違うっ。違います」

慌てて我に返って否定する。

「ふーん」

真衣ちゃんはつまらなそうに引き下がってくれた。子供って怖い。


 公園に着くと、木下くんはすぐにわかった。4人も小さな子を連れていたからだ。

「こんにちは。真壁さん」

「こんにちは。今日はありがとう。真衣ちゃんです」

「こんにちは」

真衣ちゃんは素直にあいさつをした。そういえば木下くんイケメンだっけ。小さくても女の子なんだなぁ。その素直さのカケラでもいいから私に向けてくれれば。私はちょっと泣きたくなった。


4人もいた子たちは、真衣ちゃんを取り囲んだ。ちょっと真衣ちゃんと同じか、ちょっと年上っぽい。5、6歳だろうか。女の子も男の子もいる。

「まいちゃん、よろしくね」

真衣ちゃんはちょっと人見知りをしている。すると、一人が言った。


「にいちゃん、あれやって」

「そうだよ。あれやろ」

「さんせー」


ハイハイ。と彼は頷いている。

「あれ?」

私が聞き返すと彼は言った。

「小さい子ってお話が好きだろう?」


 彼はおもむろにポケットから何かを出した。それは受験勉強でお世話になった単語帳だった。頭の中がハテナでいっぱいになる。彼はそれを裏返すと真衣ちゃんの前に出した。

「はい。ここから2枚選んでね」

真衣ちゃんは恐る恐るって感じで2枚を指差す。

「これとこれ」

そのカードを表に返すと、ピエロとゾウと書かれていた。


「んーじゃあいくよ」

木下くんはおもむろに話し始めた。それは物語だった。


「ある時、サーカスに寂しがりで無器用ぶきっちょのピエロがいました。彼は一生懸命練習をしましたが、一向に人を笑わせることが出来ません。498回目に玉乗りに失敗した時、団長は言いました。『お前はクビだ。出て行け』ピエロは悲しくなりましたが、顔は笑顔で涙のペイント。いつも通りだったので誰にも気づかれませんでした」


「彼は、長い長い旅に出ました。ピエロのペイントを消すことは、思い出を消すようで、彼にはどうしても出来ませんでした。長い長い旅の途中で、彼は自分がいたのとは違うサーカスに出会いました。サーカスはいいなあ。自分も人を笑顔にしたかったなぁ。ピエロは悲しくなってしまいました。サーカスを見終わってぼーっとしていたその時です。後ろからぽんぽんと、肩を叩かれたのです」


「そこには一匹のゾウがいました。ゾウはいいました『こんにちはピエロさん、あなたが私の新しいパートナーですか?』ピエロはびっくりして、思わず嘘をついてしまおうかと思いましたが、正直に言いました。『いいやゾウさん、私はあなたのパートナーではないよ』ゾウは言いました。『ああ悲しい。私のパートナーはみんな逃げ出してしまう。全部私が大きいからだ』ピエロはますますびっくりしました」


「『ゾウさん、あなたはサーカスで活躍してるんだと思っていたよ。実は僕は、もといたサーカスから追い出されてしまったのさ』ゾウは言いました。『まあ。あなたもですか?私も追い出されそうなんです』そして続けました。『せっかくですし、あなたと二人で旅に出てみるのもいいかもしれない。私と友達になってくれませんか?』ピエロは答えました。『僕でよければ喜んで』」


「寂しがりやのピエロはもう寂しくありませんでした。そして寂しいのがなくなると、不思議と無器用ぶきっちょなのがましになってきたのです。ピエロは毎日一緒に練習して、ゾウに乗れるようになりました。旅をしながら、ピエロとゾウは、たくさんの人を笑顔にしました。あんなに失敗した玉乗りも出来るようになりました」


「いつしか、ピエロとゾウに笑顔をもらった噂を聞いて、二人のところに人が集まり小さなサーカスができました。ピエロは幸せでした。そして思いました。自分たちと同じ、寂しがりの人にもっと笑顔を届けたい。そして、そのサーカスは、寂しがりの人たちが仲間になり、だんだんと大きくなっていきました。それは、今も世界を旅をして、みんなに笑顔を届けていると言うことです。おしまい」


パチパチパチ。と小さな手で拍手が起こる。私も拍手をした。

「すごいね。木下くんの特技。ポケットからこんなお話が出て来るなんて」

まるで彼のポケットには、童話が住んでいるかのようだ。


真衣ちゃんも拍手をしていた。

「ふしぎのポケットだ」

真衣ちゃんが言った。

「おにいちゃんのポケットには、かみさまがすんでいるのね」


 真衣ちゃんは詩人だ。と私は思った。

「ほら。ずいぶん時間が経っちゃったみたい。遊んでおいで」

子供達はみんな真衣ちゃんも一緒に駆け出して行った。


「いつもあれやってるの?」

私が問いかけると彼は言った。

「まあ。たまにね。知らない子と一緒になるときにはやるかな。物語って不思議でさ、一緒に聞くと仲良くなれるみたい」

だからさ、と続けた。

「真衣ちゃんと仲良くなれるといいね。真壁さんも」

「ありがとう」


 本当に物語は人と人との距離を縮めるのかもしれない。私はすっかり木下くんに親近感を覚えていた。彼の頭はどうなっているのだろう。もっと話を聞いてみたいと思った。


帰り道、私と真衣ちゃんはお話をしていた。そう、お話ができたのである。

「ねえ、サキちゃん。きょう、たのしかった」

真衣ちゃんは言った。

「なんかね。わたしもママとばあばがいなくてさみしかったから、さみしがりのピエロがえがおになってよかった」

「真衣ちゃん……」


「いまはさみしくないよ。ゾウさんのかわりに、サキちゃんがいるもん。サキちゃんもさみしがりだもんね」


「きのう、かなしいかおさせて、ごめんなさい」

「真衣ちゃん、私こそ寂しいの気づいてあげられなくてごめんね」

私は真衣ちゃんの前に手を差し出した。

「はい。仲直りの握手しよ?」

私たちは、握手をして、手を繋いで帰った。


 夜、叔母さんが迎えに来ると、真衣ちゃんはちょっと寂しそうだった。

「真衣ちゃん、またね」

「サキちゃん、またあそぼ。おにいちゃんもまたあえるといいな」

「またあえるように、サキちゃんかれしにしといて」

「え?」

「やくそくだよ」


叔母さんはにこにこしている。

「すっかり仲良くなったのね」

「サキちゃんとともだちになったの」

そうして爆弾を投下した叔母さんとサキちゃんは、慌てる私を置いて帰って行った。


 私の手には木下くんのアドレスがある。私はそれとにらめっこしていた。

__今日はありがとうございました。おかげで、真衣ちゃんと仲良くなれました。


打ち込んで筆が止まる。あとは何を書いたらいいだろう?しばらく考えて、私は素直に続けることにした。

__木下くんのポケットには神様が住んでいます。また、お話を聞きたいです。真衣ちゃんも、私も楽しみにしています。


 これでいい。あとは彼のポケットの神様に祈るだけだ。私は彼ともっと仲良くなりたかった。真実、童話が人と人を繋ぐのなら、叶わない願いでもないだろう。


真衣ちゃんにいい報告が出来るように頑張ろう。

私は小さく拳を突き上げた。


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