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危険察知の冒険者

『危険危険危険危険……』


 微睡みの中、こちらを気遣うように控えめな声が届いた。

 静かに目を開けると、暗闇の中に蠢く影がある。

 どうも蛇の魔物のようだ。


「せっかく良い夢を見てたのに」


 欠伸を噛み殺しつつ、首元めがけて短剣を一閃。

 闇夜に赤い血が飛び散る。

 蛇はしばらくのたうち回っていたが、ほどなくして動きを止めた。


「この蛇、明日の朝飯にでもしようかな」

『危険危険危険危険……』

「え。もしかして毒蛇? んー、ちょっと見分けつかないな。助かったよ相棒」


 蛇を本日の寝床であった木の上から蹴り落とし、俺は再び夢の世界に旅立った。




 夢の中からこんばんは。

 俺の名はセリオ。駆け出しのソロ冒険者だ。

 童顔で背が低いせいか、たまに子供と間違えられたりもするが、そこそこ腕は立つ方だと思う。

 まあ俺自身が強いというよりは相棒――スキルのおかげなんだけど。


 この世界の住人は、ある日突然、なんらかのスキルに目覚める。

 何故そんなことが起こるのかはわからないが、例によって俺も目覚めた。

 五年前、俺が十歳の頃の話だ。

 四十や五十といった年齢で目覚める者も珍しくないので、かなり運が良かったと言えるだろう。


 ただ、もし運じゃないとすれば……俺ってば天才?

 いやー、天才とか好きな言葉じゃないんですけどねー。

 まるで凡人をバカにしてるみたいでさー。

 いやー、ほんっと申し訳ない。天才で申し訳ないっ。

 まあ天才の俺でもこればっかりは流石にどうすることもできないんで、文句は神様宛てにお願いしますね(ニコッ)。


 こほん。おふざけはこれぐらいにして話を戻そう。

 目覚めたスキルは危険察知といい、 読んで字のごとく危険を察知するスキルで、危険が迫ると頭の中に声が聞こえて注意を促してくれるというスグレモノだった。


 実際このスキルには何度も助けられており、俺が親しみと感謝をこめてこの声を相棒と呼び始めるのに、それほど時間を必要としなかった。

 もちろんスキルに人格があるわけじゃないが、一人で生きているとこんな些細なことでも人恋しさが紛れたりするわけで。

 他人からすれば寂しい奴だと思うかもしれないが、自覚はあるんでほっといてほしい。


 と、そんな感じで俺は相棒と一緒に冒険者生活をやっている。

 気ままに。たらたらと。自分のペースで人生を楽しんでいる。




「もう昼か」


 うーんと両手をあげて背伸びを一つ。

 木の上なんかで寝るもんじゃないな、寝た気がしない。

 ふと昨夜の戦闘を思い出し下を見ると、蛇は忽然と姿を消していた。

 だがその代わりとばかりに、少し離れたところに猪の魔物が倒れている。


 ……もしかして、あいつに横取りされた?

 木から飛び降り、近づいて確認してみる。

 猪は口から泡をふいて死んでいた。

 毒。

 状況を見るに、ほぼ間違いなく蛇の毒で死んだと思われる。

 たぶん毒蛇と知らずに食べてしまったのだろう、まぬけな猪だ。

 逆に蛇はあっぱれだ。死んでから猪を倒すなんて大金星に違いない。

 そりゃ蛇を倒した俺も鼻が高いってもんですよ。あっはっは。


 ……はあー。だっるぅ。

 寝起きはテンションおかしいや。

 いつもおかしいって? 言うなよ相棒。いや、言ってないけどさ。


 一人ぶつぶつと呟きながら、猪の解体を始める。

 真っ先に一番価値があって討伐証明にもなる魔石を蛇の分と一緒に確保。

 さらに毛皮やら牙やら金になりそうな部位も回収。

 毒で死んだみたいだけど肉は食えるのかな?


『……』


 ふむ、相棒が何も言わないからいけそうだ。

 すぐさま火をおこし、十分に焼いてかぶりつく。

 味付けは僅かな塩のみ。

 うん、いけるいける。臭いけど。

 いつだったか食べた鼠の魔物よりは上等だ。


「でも、ちゃんとした食事は帰ってからするか」


 どうせなら美味しいご飯をたらふく食べたいからね。




 てくてくと平原を歩いて俺の住んでいる小さな田舎町、ガランにたどり着く。


「セリオか。昨日は帰ってこなかったのう」

「ええ。依頼は終わったんですが、夜帰るのは危ないって相棒が言うんで野宿でしたよ」

「そうじゃったか。相変わらず面白いスキルじゃのう。なあ、いつも言っておるが冒険者なんぞ辞めて門番やらんか? 今なら石鹸も付いてお得じゃぞ。ん?」


 そう言ってどこぞのセールスよろしくゴソゴソと石鹸を取り出したこの方は、門番のバルドスさん。

 騎士のような格好をしたカイゼル髭のお爺さんで、その眼光はとても鋭く、衰えという言葉とは無縁な肉体も相まってか、不埒者は絶対に通さないという堅い意思を感じる。

 会う度に俺を門番に誘ってくる困った人だが、この道四十年のベテラン門番にしてガラン屈指の実力者だ。


 ちなみに石鹸は手作りで、彼に認められた者しか貰えない。

 そのせいか、この町ではバルドス印の石鹸持ちが一種のステータスになっている。

 俺は初めてこの町に来たときに何故か一発で気に入られて貰えた。

 最近は門番門番しつこいので受け取りを拒否しているけどね……。


 そんなバルドスさんのスキルは守護者といって、何かを守るときに限って強くなるらしい。

 門を守り続ける彼にふさわしいスキルと言えるだろう。

 まあ、独身をこじらせているので奥さんや子供を守りたくても守れないのが玉に瑕だけど。


「はは、俺は相棒とたらたら冒険してる方が性に合ってますから」

「うーむ。もったいないのう。おまえさんになら儂の後継者を任せられるんじゃが」

「いやあ、買いかぶりですよー」


 ぐいぐいと石鹸を押し付けてくるバルドスさんを何とか振り切り、俺は町の中央にある冒険者ギルドに向かった。




「マローネさん、これ依頼にあったルナムーン草です」


 少し多めに摘んできたので量は足りることだろう。

 月夜の晩にしか見つけられない草だったので意外と面倒な仕事だった。

 これって日中は雑草と見分けがつかないんだよな……。


「おつかれセリオ君、はい、これ報酬。で、次の仕事だけど」

「いやいや、今日は宿に戻ってゆっくりしたいんで。あ、これ蛇と猪も」


 仕事が終わったばかりなのに、すぐ次の仕事ってどうなんですかね? 人気受付嬢のマローネさん。

 この女性は俺が所属するガラン支部の冒険者ギルドで、朝から晩まで受付をたった一人で切り盛りしている鉄人だ。

 肩ほどまである赤毛と豊かな胸が特徴の明るい女性なのだが、三十間近にもかかわらず浮いた噂が一つもない謎美人でもある。


 俺の予想では、たぶん仕事が忙しくて婚活してる暇がないんだと思う。

 受付嬢を増やせればいいんだろうが、田舎町ガランはどこもかしこも人手不足だ。

 俺みたいな外から来た人間が門番に誘われちゃうぐらいだし。

 若者の都会流出。世知辛いなぁ。


「そこを何とかっ。緊急なのよ! えーと、蛇は……毒持ち? めっずらしー。これなら二万ね。猪はもろもろ込みで六千かな」


 流石は毒蛇さんだ。買取が高い。

 普通の蛇が二千なので、ビックリ価格だ。

 猪はフツー。特にコメントが思いつかない。


「頼みたいのは街道に出たゴブリン退治。数は十。どうかしら? 商人どもが早くしろって五月蝿いのよ」


 私迷惑してますって顔のマローネさん。

 俺も今まさに迷惑してますよ?


「報酬は」

「普段なら良くて二万だけど、今回は緊急なんで四万」


 ほほう、悪くない。悪くないがどうですか? 相棒さん。


『危険危険危険危険……』

「相棒が危険だと言ってるんですが」

「嘘っ!? ホブでも混ざってるのかしら? 商人の報告を鵜呑みにしたこちらのミスね。ごめんなさい」


 しゅんっとするマローネさん。 三十間近なのに可愛いなぁ。

 たぶん緊急依頼と人手不足で調査員を送る余裕がなかったのだろう。

 よくあることだ。

 そしてそういう危険そうな仕事は、いつだって俺のところにお鉢がまわってくる。俺まだ駆け出しなんだけどな……。


 この話をマローネさんにすると、またまた何言ってるのこの子はって感じの不思議そうな顔をするんだよね、この人。

 それがまた思わず見惚れちゃうぐらい魅力的で、美人って得だなーって何度思ったことか。


「仕方ない。十万で引き受けますよ」

「……ぼりすぎな気もするけど、まいっか。どうせ払うの私じゃないし。ただ、ゴブリンも勿論だけど、ホブの魔石だけは必ず持ってきてね。よーし、じゃあ今日は商人どもからむしり取ってやるわっ」


 何やら決意を固めたらしいマローネさんに心の中でエールを送って、俺はギルドを出た。


 一旦宿屋に帰ってご飯食べよっと。




「あ、セリオさん。おかえりなさいっ」

「ただいまレミちゃん。といっても食べたらすぐ出るけどね」

「そうなんだ……あんまり無理しちゃダメだよ?」


 宿屋の外で掃除していたこの可愛い少女は、宿の娘のレミちゃんだ。

 母親を早くに亡くしたっぽいのだが親の愛に飢えることもなく、というか父親に過剰気味に与えられ、今では立派な看板娘になろうと日々努力している健気な子である。


 歳は十一。この国では十五で大人扱いなのだが、掃除だけなら既にそこらの大人顔負けの腕前だったりする。

 長い金髪を持て余すように後ろでくくっており、身の丈に合わないホウキを持って一生懸命仕事する様は、控えめに言って天使だ。


 親父さんにまったく似ていないので、よっぽど奥さんの遺伝子が良い仕事したんだろうと睨んでいる。大天使かな?

 天使レミちゃんに気をつけるよーと手を振って宿屋に入った。


 この宿屋は一階が食堂、二階が客や従業員の部屋になっており、外観はオンボロだが内部は意外なほどに小奇麗で掃除が行き届いている。

 まず間違いなくレミちゃんのおかげだ。


「ゴッラさんただいま。注文はレミちゃんの手料理をお願い」

「おう、おかえりセリオ。毎度のことだが、それが食いたきゃ俺を倒せ」

「じゃあゴッラさんの手料理で我慢するよ」


 このハゲで筋肉ダルマな親父さんはゴッラさん。

 未だに信じられないのだがレミちゃんの実の父親で、娘と二人三脚で宿屋を経営している。

 料理人にして元冒険者らしいのだが、彼を倒した男にしか娘の手料理を食べさせようとしない狭量な人物だ。


 倒して手料理なら、殺しでもしないと嫁に貰えないんじゃなかろうか?

 彼女のお婿さんになる人は前途多難である。

 ゴッラさんの料理は美味いので俺はこの宿屋に長期滞在しているのだが、こんだけ長くいるんだからそろそろレミちゃんの手料理を食べさせてくれてもいいと思うんだけどなー。


 ちらりと外で掃除しているレミちゃんを見れば、顔が少し赤かった。

 どうもゴッラさんとのやりとりが聞こえていたようだ。

 ふむ……ならば!


「ああ、今日のゴブリン退治で無事に生きて帰れるかなー。ホブも出るらしいから万が一があるかもしれない。ああ、晩飯にレミちゃんの手料理を食べられるなら這ってでも生きて帰るんだけどなー」

 ちらり。

 見れば、レミちゃんは物凄くあわあわしていた。

 これは期待できるか?


性質(たち)わりぃな、おめえ。ほらよ、ゴッラ定食」


 ゴッラ定食とはゴッラさんが作った日替わり定食のことである。

 そのネーミングセンスはさておき、俺としてはいつかレミちゃん定食がここで食べられる日が来ることを願うばかりだ。




「セリオさん、ケガしないで無事に帰ってきてね……」


 涙目レミちゃんだ、ちょっとふざけすぎたと反省。


「ごめんね。さっきの冗談だから。レミちゃんの手料理を食べたいのは冗談じゃないけどね」


 そう言って俺はゴブリン退治に向かった。

 最後に天使の笑顔が見られたので、これならホブどころかゴブリン王が相手でも勝ってしまいそうだな――と思いながら。




 街道付近には情報通りゴブリン達がたむろしていた。

 小さな鬼どもに紛れて一際大きな個体――棍棒を持ったホブゴブリンも確認できた。


 まあ予想通りだが……良かった、ゴブリン王いなかったっ!

 自分で変なフラグ立てた気がして焦ったぜ。ふぃー。

 ホブとゴブリン王じゃ脅威度が全然違うから一安心だ。

 ただ、統制がとれているようだからホブが引率役なのかもしれない。

 厄介ではあるが、テンション上げて頑張るとしますかね。


 さーてどうしよう。とりあえず弓かな。

 久しぶりに弓いっちゃうかっ。


 ちなみに俺の武器は、短剣と組立式の小さな弓だ。

 ちょっと貧弱なのは否めないので短剣やめて長剣にしようかと考えたこともあるが、俺の売りは思い切りの良さと小柄な体躯を生かした身軽さだから重い武器はやめといた。


 あと防具にいたっては黒で揃えたシャツとズボンのみである。

 一応は魔物の素材を使ってはいるものの、人によっては冒険者という職業をなめているとしか思えないだろう。

 いや、だって重いの嫌なんだもん。仕方ないじゃん。




 良さげな木を見つけたので、エルフよろしくするすると登ってみる。

 テキトーな枝に座り、フンフーンと鼻歌を歌いながら弓を組み立てていく。

 久しぶりなのでちょっと楽しい。


 弓が完成した後は、軽くではあるが討伐プランを練ってみた。

 準備はできた。始めよう。


 まずは木の上から連続して矢を撃ち込んでいく。

 何本かミスったしホブは無理だったけど、半数まで減らせた。

 弓の腕までエルフとはいかないが、悪くない戦果だ。


 奇襲による混乱から立ち直ったゴブリンどもがこちらに向かってきたので、俺は弓をその場に置いて木から飛び降り、くるっと反転。

 来た道を全力で駆け戻った。


 ゴブリンの短い足じゃ、すばしっこい俺との差は広がるばかり。

 ただしホブにだけは追いつかれた。

 まあ、狙い通りだけど。


「ほぶぶぶぶぶ」

「何言ってんだかわからん」


 こちとら流石にゴブリン語は解さんのですよ。

 急制動をかけ再度反転。愛用の短剣を構え、相手の懐に潜りこむように一直線に突進。

 ホブは俺よりもデカいが何とも思わなかった。

 恐怖? ナニソレ。ソンナカンジョウハシラナイ――。


 逃げた相手が一転して向かって来たことに面食らったのか、ホブの動きが一瞬止まる。

 おかげで短剣は狙い違わず上手く刺さった。

 だが浅い。


『危険危険危険危険……』


 死角から迫る棍棒。だが相棒の声を頼りに、かろうじて……回避。

 あっぶねえっ。愛してるぜ相棒。棍棒じゃないよ相棒だよ、念のため。

 苦痛に歪むホブの野郎の足に飛びつき、仰向けに転ばしてやる。


 倒れた拍子に頭でも打ったのか、さらなる痛みに喘ぐホブを無視してすぐさま飛び起き、胸に刺さった短剣を大きく踏み込んだ。

 一度。二度。

 倒れながらも苦し紛れの一撃を放つホブ。

 相棒のおかげで難なく躱す俺。


 ごめんよ。レミちゃんにケガしないでって言われたからさあっ!!

 三度大きく踏み込んで――ホブは棍棒から手を離した。

 直に命も手離すだろう。


「ほぶっ、ぶぶぶぶ……」


 最後まで何を言ってるかわからなかったなー。


 その後。ようやく追いついてきたゴブリンどもがホブの仇とばかりに襲いかかってきたが、引率役のいなくなった群れなど雑魚でしかない。

 すぐには抜けなかった短剣の代わりに棍棒で叩き潰し、消化試合をきっちりと終わらせた。




 夜。ギルドに戻って魔石を全て提出。


「わ、大っきいー。やっぱホブいたんだ。おつかれ。それで次の仕事だけど」

「怒りますよマローネさん」


 やーね冗談よ、とぱたぱた手を振って報酬をくれた。

 十二万。


「……ずいぶん、むしりましたねー」

「ストレス解消もかねて頑張っちゃった。褒めて褒めてー」

「よーしよしよしよしっ、よーしよしよしよしっ」

「いや犬猫じゃないからっ!」


 頭をわしゃわしゃされて恥ずかしそうなマローネさんに、今度飯でも奢ると約束してギルドを出た。


 さあ、天使が待つ宿屋に帰ろう。




 宿屋が視界に入ったあたりで、入口の外にレミちゃんが不安そうな顔で立っているのを発見。

 夜も遅く薄暗いせいか、レミちゃんはまだこちらに気づいていないようだった。

 自惚れでなければレミちゃんは俺を待っているのだろう。

 ホント健気な子である。これは早く安心させてあげねばっ。

 


   1 普通に行く

   2 変質者っぽく行く



 おおっと、ここでまさかの選択肢。

 まあこんなもん悩む余地がないけど。



   1 普通に行く

  ⇒2 変質者っぽく行く



 よし、行こう。

 相棒がどこか焦ったような声で喚いているけど、無視だ無視。

 悪いな相棒、男には退いちゃダメなときがあるんだぜ?


 シャツを上にずらして顔を隠し、両手をあげてバンザイしながらガニ股で急接近。ずらしたシャツのせいでお腹が丸見えなのがポイントだ。


 待っててレミちゃーん、今行くよぉぉぉぉ!!




「はあはあ……お、お嬢ちゃん(それっぽい声)」

「え。だ、誰?」

「ほぶぶぶぶぶ」

「嘘!? ほ、ホブゴブリンっ」


 きゅー。と目を回して気絶するレミちゃん。

 やっべ。やりすぎた。どないしよ。


『危険危険危険危険……』

「……なにやってんの、おまえ」


 気づけば、背後にハゲで筋肉ダルマな鬼が生まれていた。

 小鬼(ゴブリン)中鬼(ホブ)なんて雑魚じゃない。

 本物の鬼だ。

 俺は土下座して許しを請うも、問答無用としこたま殴られてしまった。

 軽いジョークだったんですよ。とほほ。




 ゴッラさんに連行されて宿屋に入る。

 気分はドナドナである。

 俺は何か間違ったことをしたのだろうか。


 ゴッラさんが気絶したレミちゃんを寝かせに行ったので、殴られた痛みと闘いながら食堂で一人うなだれる。

 下手すると宿屋を追い出されるかもしれない。

 それは嫌だな。っていうか、お腹すいた……。


「ほれ、これ食ってさっさと寝ろや」


 いつのまにか目の前でもうもうと湯気が立っていた。

 テーブルには熱々で美味しそうな料理が並べられている。


 なんだかんだでゴッラさん優しい。

 わざわざこんな俺のために、料理を温め直して持ってきてくれたのだ!

 腹が減っていたこともあり、ついついがっついてしまう。


 酷いことされた後に優しくされると堕ちそうになるよね。

 暴力亭主といつまでも別れられない奥さんってこんな感じかもしれない。

 俺もこの宿屋以外には泊まらないぞっ。


「もっと味わって食え……美味いか?」

「美味いです。いつもより味が大雑把だし、具材が変に歪なのは気になりますけど」

「うるせえ。そういう日もある。俺は先に寝るぞ」


 そう言ってさっさと二階に引き上げてしまった。

 去り際、なんだってレミはこんな奴を……と聞こえた気がするが幻聴だろう、きっと。


 残った料理を、一口。また一口。

 ゆっくりと噛み締めるように胃袋に収め、その日は寝た。

 とても美味かった。明日ちゃんとお礼を言わなきゃな。




 翌朝。珍しく早く起きた俺が食堂でたらたらしていると。

 これまた珍しく寝坊でもしたのか、慌てた様子でレミちゃんが降りてきた。


「せ、セリオさん、ホブゴブリンが、ホブゴブリンがねっ」

「あ、うん。それは俺が倒しといた」

「え、あ、そうなんだ。良かったぁ」


 明らかに安心した様子のレミちゃんを見て、申し訳なさから目を逸らしてしまう。


「あ、でも。顔に凄いアザがあるよ……痛そう」

「ごめんね。強敵だったんだ。無傷とはいかなかった」


 ゴッラさんを見れば、先ほどの俺と同じように目を逸らしていた。


「ううん、無事なだけでも嬉しい」


 はにかんだ笑顔。

 まさに天使だ。まぶしい。俺がアンデットなら一発昇天だったな。

 生きてて良かった。


「そういえば昨日の晩飯ありがとね」

「え。あ……た、食べてくれたんだ。ど、どうだった?」

「凄く美味しかったよ。思わず結婚を申し込みたく――」

『危険危険危険危険……』


 背後でまた、ハゲで筋肉ダルマな鬼が生まれようとしていた。

 レミちゃんも真っ赤な顔だ。これって赤鬼レミちゃん?

 親子だなぁ。目だけやたら真剣なのがちょっと気になるけど。


 って、あかん。ついついふざけてしまうのは俺の悪い癖だ。

 鬼殺しの名誉はいつかまた賜るとしよう。



 俺の名はセリオ。

 駆け出しのソロ冒険者だが、相棒のおかげで長生きだけは出来そうです。




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