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第八話 セブンブリッジ・分割・勝利(前)

「レーナ、悪いけど頑張ってくれ」

「運動は好きだから、構わないけどさ!」


 レーナが、忙しなくキマイラの住処を駆け回る。白い髪から覗く耳を、ぴんと立てて。


 しかし、この状況はただ走っているだけではない。


 獅子、山羊、大蛇。


 キマイラを構成する三つの頭に見下ろされながらという、あり得ないシチュエーション。プレッシャーという言葉だけでは、言い表せられないような重圧を受けながらの疾走だ。


 なぜ、こんなことになったのか。


「今日の対戦の前に、軽い勝負をしよう、キマイラ」


 それは、起き抜けにタクミが言い出した一言が原因だった。


「僕の世界のカードゲームをして、勝ったらキマイラに挑んだ勇者たちの遺品を譲って欲しい」


 臆することなく、堂々と。

 獅子・山羊・毒蛇が組み合わさった巨獣を見据え、タクミは真っ正面から要求を突きつけた。


「気にくわねえなぁ。本当に、勝つつもりでいやがる」


 キマイラに勝ってこの場を切り抜けなくては、勇者の遺品もなにもない。失敗すれば、自らも、その列に加わるだけ。

 なのに、余裕ですらなく、それが当然という態度。否応なく、キマイラの獅子頭が牙をむき不快感を露わにした。


 それを目の当たりにしただけで、気を失っても不思議ではない。


 にもかかわらず、タクミはあくまでも自然体。


「それはそうだ。明日死ぬつもりで生きている人間なんかいないよ」

「……ケッ」

「ワシとしては、あんなゴミなんぞどうなっても構わんが……」

「ただっていうのも、面白くないわよねぇ」

「もちろん、見返りは考えてあるよ」


 そう言うとタクミはコンビニエンスバッグの口を地面に向け、プリンが出てくるよう念じる。


 すると、プラスチック容器のプリンが蛇口をひねるように勢いよく地面へ流れ落ちていった。


 あっけにとられる、レーナとキマイラ。


 そのタイミングで、タクミは密かに《万象体系セレスチャル・レコーズ》を展開。


●能力値

筋力  耐久  器用  敏捷

 10   10   10   22

知力  直感  意思  外界

 13   10   16   22

魔力  精髄  信仰  調和

 10   10   ―   ―


加護

19


 外界に、またしても可能な限りすべての加護を割り振った。


(レーナに知られたら怒られそうだね)

(しかし、実験という意味でも重要だから仕方ない)

(さて、これで、どの程度交渉が有利になるかな……)


 その間にもプリンが流れ落ちる勢いは止まらず、タクミの足下にプリンの容器がうずたかく積み上がっていった。


「あのタクミくん? キマイラがおっきいのは分かるけどね? 限度ってものがあるんじゃない?」

「異世界のデザートだ。今この世界にいる存在では、僕しか知らない味を堪能する権利は欲しくないかい?」

「スルーされた……」

「……ハッ。その手は食わねえぞ?」

「その手?」

「勝負するのにこのサイズは不便だから俺たちに小さくなるように言って、その隙に倒すつもりなんだろ」


 セオリー通りなのかもしれないが、タクミにとっては意外な言葉。

 かみつくように投げかけられたその邪推に、異世界から来た少年はきょとんとした表情を浮かべ……。


「あはっ、ははははははは」


 そして、本当におかしいと腹を抱えて大笑いした。


「その発想はなかったなぁ。いや、視野狭窄になっていたようだ。うん。自分でも、ものすごく驚いた」

「んだよ、その反応はよ」

「ちぃと考えてみい。まだ、異邦の子は、ワシらの攻撃を10回しか避けておらんではないか」

「そういうことさ。約束は守るし、別に小さくならなくたっていい。そこは、レーナがカードを届けてくれるからね」

「ボクがっ!?」


 突然名前が出されたことに、驚いて飛び上がる。……どころか、倒れそうになるレーナだったが、幸か不幸かキマイラから注目されることはなかった。


「フフフ。まあ、いいんじゃない? 最悪でも、暇つぶしにはなるわよねぇ」

「ああ、そうだ。人生なんて、所詮暇つぶしさ」

「どれ、ひとつ味見してみるかの」


 キマイラの山羊の頭がそう言うと、うずたかく積まれたプリンの中身が。中身だけが消えた。


 なにかの魔法が使われたのか。


 タクミとレーナが推測を頭に浮かべたそのとき、すでに味見は終わっていた。


「ほっほっほっ。食事など必要ない我らじゃが……なるほど。甘味も存外悪くないのぅ」

「あら、それは楽しみね」

「ちっ。まあ、勝ちゃいいんだろ、勝ちゃあよぉ」


 プリンへの興味が勝ったのか。それとも、外界を上昇させた成果が出たのか。


 こうして行われることとなったトランプ勝負。


 種目は、セブンブリッジとなった。


「というか、タクミくんの提案に従うしかないよね」

「それは言わないお約束さ。というわけで、ルールを簡単に説明するから、一回、試しに遊んでみよう」

「練習なんざいらねえよ。さっさと勝負して終わらせんぞ」

「それは話が早くていいね」


 セブンブリッジのルールは、麻雀に似ている。


 と言ってもキマイラにもレーナにも通じないのが辛いところだが、タクミは新品のトランプをシャッフルしながら説明していった。


 参加者には7枚の手札が配られ、同じ数字の札を3枚、もしくは同じスートで構成される3枚以上の数字が連続した札――これをシークエンスと呼ぶ――を構築し、場に出す(メルド)ことで手札を減らしていくことが目的となる。

 また、手番が始まったときに引く札の他に、他人の手札に対してポンやチーを宣言して役を組むことも可能だ。


 セブンブリッジという名前通り7は特別な札で、二枚以下でも場に出すことができる。特別と言えばジョーカーだが、今回は使用しない。


 誰か一人の手札が0枚となったら、1ゲーム終了。そのとき、残っていた札の数字の合計値分、得点がマイナスされる。

 つまり、絵札などから捨て札にしていったほうが良く、0点に近く終わるほど良い。また、7の札を残したまま負けると、大きなペナルティが発生する。


「今回は、誰かがマイナス100になるまでを1マッチとしよう」

「アァン。ってことは、俺たち全員に勝ち続けるつもりってことかよ?」

「ルールを知っている者のハンディキャップさ。それよりも、名前を決めていいかな?」

「名前だぁ?」

「得点表に名前を書くのに、獅子頭なんかじゃ風情がないからね」

「好きにしろ」

「ンフフフフ。面白いじゃない」

「……まあ、良かろう」


 三つの頭から同意を得たところで、元々考えていたのだろう。タクミが順番に呼びかける。


「じゃあ、獅子座にちなんで、獅子の頭はレオ」

「好きにしろと言ったぞ」

「次に、山羊の頭は、ファウヌス。山羊の角を持つ、半獣の神の名だ」

「……ほっほっほっ。乗せられてやるかの」

「最後に蛇座の星の名からアリヤ」

「星座ね。気に入ったわ」


 こうして準備は整った。


 キマイラが横に寝そべり、タクミから見てレオが左、ファウヌスが正面、アリヤが右に頭を向ける。

 それぞれの頭が、他のカードを見ないようにする配慮だ。


「それじゃ、カードを配るね」


 タクミの足が速くても、参加者が担当するわけにはいかない。

 そうなると、タクミとキマイラの間に置かれた山札を引いて配布するのはレーナの仕事となる。


 これが、レーナが駆け回る理由だった。


「はい。タクミくん、頑張ってね」

「ありがとう。よろしく」


 さわやかな汗をかきながら配られたタクミの手札は、しかし、お世辞にもいいとは言えなかった。


 ダイヤの1、ダイヤの3、スペードの8、ハートとクローバーの10。そして、スペードのジャックとダイヤのクイーン。


 我慢しつつ、勝機を見いだすしかない。


 獅子の頭――レオの手札は、ハートとスペードのエース、クローバーの6と7、ハートのジャックにクローバーのキングだ。


 いきなりクローバーの6と7がそろってご満悦だった。


 しかし、最もいい手札なのは山羊の頭――ファウヌスだろう。


 ハートの2、スペードの3、ダイヤの4、クローバーの9。ここまではまとまりがないが、ハート・ダイヤ・スペードのキングが来ていた。

 いきなりスリーカードだ。ポーカーフェイスのままではあったが、ファウヌスは内心ほくそ笑む。


 最後の毒蛇――アリヤも、タクミ同様微妙な手札だった。


 スペードの2、ハートの3、ハートの4、ダイヤの6、ハートの7、スペードの10、クローバーのクイーン。

 飛び飛びで、展開次第では一気に進められそうなのが、もどかしい。


「楽しそうでいいわぁ」


 実に、アリヤ好みだった。


 こうして、勝利への布石となるセブンブリッジが始まった。

セブンブリッジのルールをご存じでない方は、ネットで検索するとルールや無料で遊べるサイトが出てくるのでそちらも参照いただけたら嬉しいです。

作者も参考にするため半日ぐらい遊んじゃったんで、結構、はまります。

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