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第六話 レーナ・ブランシュ(前)

「滅びる……世界が……。たった一年で……」


 信じると決めていただけに、タクミの話はショッキングだった。目の前が真っ暗になり、気が遠くなる。

 確かに荒唐無稽ではあるが、それくらいの大問題でないと異世界から召喚などしないだろうという説得力もあった。


 だが、それはすぐに感謝に変わる。


「ありがとう、タクミくん!」

「……はい?」

「タクミくんは、この世界を救いに来てくれたんだね。まったく関係ないのに。元の世界にいれば、平和に過ごせたのに」

「確かに……。表面的にはそうなるねえ……」


 改めて言われると、なんとも英雄的な決断だろうか。

 照れてしまう。

 それは決して、感極まった美少女に両手を握られているからではない。


「まあ、フォルトゥナ神の言う報酬に釣られただけさ。そんなに大したことではないよ」

「もう。素直じゃないんだから!」

「駄目だ。なぜかツンデレキャラにされようとしている」


 このままでは話が進まないとレーナの手を振り払い、照れ隠しに咳払いをしてからタクミは口を開く。


「そこで、レーナに協力して欲しいことがふたつある」

「うん。なんでも、言ってよ」


 タクミとの距離を詰め、レーナが水色の瞳で見つめる。そこには、真摯な誠実さがこめられていた。

 偽善も、駆け引きもない。まぶしいほどの純粋さに満ちている。


 彼女なら、大丈夫だ。


 タクミは、胸に確信を抱きつつ、真剣に願いを伝える。


「その耳に、触らせて欲しい」

「うん。もちろん、いいよ……って、ええええっっっ!?」


 警戒するように両手で犬耳を押さえ、近寄った分後ずさる。水色の瞳はすっと細まり、軽蔑の光が宿っていた。


 しかし、その程度で引き下がるようなタクミではない。もとより、素直に受け入れられるなどとは思っていなかった。この程度の反発で済んで、むしろほくそ笑んでいるぐらいだ。


「僕の世界には、そんなかわいい耳をした人間なんていなくてね」

「か、かわいい?」

「是非触らせてもらいたかったんだが……。ああ、もうひとつは僕に与えられた能力の検証なんだけど、プライバシーも関わるからね。そっちは、嫌なら断ってくれて構わないんだよ」

「どう考えても、そっちのほうが重要じゃないかな!?」

「重要度は、人によって違うからね」

「ええぇ……」


 嫌そうに美貌をゆがめるレーナだったが、実のところ、絶対にノーというわけでもなかった。


 獣相は、彼女が属するアークライト王国では尊ばれる特徴である。

 特に狼の耳――そう、犬ではなく狼だ――は、太祖の血が色濃く反映されているということで、羨望の的だ。

 それを褒められて悪い気はしない。獣相を持つ人間がいない世界から来たタクミを魅了したとなれば、なおさら。

 しかし……なにか邪悪な気を感じてしまうのは気のせいなのだろうか。


「……そうか。駄目か……。いや、無理を言ってすまなかったね。忘れてくれたまえ」

「タクミくん……」


 それでも、目に見えてしょげるタクミを見ると、悪いことをしている気になってしまう。初めての表情に、レーナの母性が――無駄に――刺激された。


「べ、別にそれくらいいいけどさ」

「ありがとう!」

「惑いなし!?」


 とてもいい笑顔を浮かべるタクミに、騙されたと思う物の、遅い。


「では、失礼して」


 遠慮なく――というよりは、反故にされないうちにとタクミはレーナの頭に手を伸ばした。


 白く艶やかな髪から、ぴんと伸びる耳。


 それに軽く触れると、タクミは食通のように深くうなずいた。


「なるほど」


 犬の耳などよりも厚みがあって、触り甲斐がある。外面のふさふささと、内面のこりっとした感触のコントラストもすばらしい。

 人差し指と親指でこするように摘まみ、あるいは、優しく耳を倒すように撫でる。それで伏せた耳が一時的に手が離れて独りでに立ち上がると、また同じように撫でる。


「永久機関だね、これは」


 続けてタクミは、手の甲で撫でてみたり、触るか触らないかくらいの力で表面だけをすっと撫でてみたりと存分に満喫する。


 その手つきに、くしゃみを我慢するような表情を浮かべていたレーナだったが――


「ひゃうん」


 ――手が滑って髪も一緒に撫でられると思わず声が出てしまい、あわてて口を両手で押さえた。


「も、もうそろそろいいんじゃないかな? かな?」

「人間は、動物の体を一日に15分以上撫でると人に優しくなれるという研究結果があってね」


 それは、事実上、15分間はなで続けるという宣言だった。

 レーナは水色の瞳を細め、可愛らしい声を低くして言う。


「その研究した人、どうかしてると思うよ」

「少し前までなら、レーナの見解に深くうなずいていたところだがね」

「今は?」

「その研究者に、深い敬意を表するよ」


 駄目だった。

 早くなんとかしなければ。


「というか、《並列思考》っていう才覚(タレント)で、触りながら真面目な話もできるんじゃないかな!?」

「それは浅はかだよ、ワトソンくん」

「ワトソンって誰!? レーナだよ!」

「僕の故郷には、こんな話がある。仕事が忙しすぎて遊び暇がないので、神様にお願いして自分を増やしてもらった」

「そして、一人が仕事して、もう一人が遊んだの?」

「そうなったら、めでたしめでたしだけどね。結局は、どちらも遊びたがって、結局破滅した」

「ええー」

「よくある教訓話だよ。もしかしたら、こちらの世界にもあるかもしれないね」

「いや、ちょっとそういうのはないかなぁ……」


 結局、真面目に働けという話なのか。それとも、欲をかいてもいいことはないという教訓なのか。それも判断が付かない。


 いや、それよりも。


「うう……。ボク、もうダメ……」


 腰が砕けそうになっていた。姿勢を保っているだけでやっと。もはや、


(こんなことって……)


 自分の体なのに、自分の言うことを聞かない。

 それは、恐怖だった。

 なにより、このまま身を委ねてもいいんじゃないかな? と思ってしまったのが、一番の恐怖だった。


「……ありがとう」

「え?」

「堪能したよ」


 ぱっと、表面上は未練なくタクミは手を放した。


 レーナが望んでいたはずの展開。

 それなのに、寂しく感じてしまうのはなぜなのか。


 恨みがましい視線を向けると同時に、レーナはつつつっとタクミとの距離をさらに詰めた。


「ちょっと、タクミくん?」

「いたっ、ちょっと、レーナ」


 そして、無言でタクミにボディーブロウを見舞う。何度も、何度も。


「悪かった。謝罪する」


 タクミは、諸手を挙げて降参した。能力値の確認はまだだが、格闘で勝てるとは思えない。


 幸いにして降参のポーズは世界共通だったようで、レーナは矛を収めてくれた。


「もう、本当にタクミくんは……」

「すまない。もう、しないと誓うよ」

「べ、別に、そこまで嫌ってわけじゃないけどさ……」


 もじもじと目を伏せながらレーナは言った。

 そう。実際に、嫌ではなかったのだ。ただ、ほんの少し、そう、怖かっただけで。


 このとき、レーナがタクミの顔を見ていたら、自らの気の迷いに気づいたはずだ。

 しかし、顔を俯かせていたので、タクミの瞳に宿った光を見ることはできなかった。


「まあ、それはともかく。もうひとつの懸案、僕が授かった能力の検証に移ろうか」


 レーナとしても、もちろん異論はない。

 一も二もなくうなずき、耳をぴんと立てて続きの言葉を待った。

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