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第三話 現在・ルール・月

 キマイラ。天から遣われた複合巨獣。

 地上に出現すると同時に周辺を荒らし回った――キマイラに滅ぼされたとされる都市は10を下らない――キマイラは、アラト山の頂に住処を定めると、以降はそこから動くことがなかった。


 正確には、動く必要がなかったと表現すべきだろう。


『キマイラを討ちし者は、大いなる力を得るであろう』


 その神託を受けて、数多の勇者が勝手に挑んでくるのだから。


 しかし、異世界からの救世主を名乗る黒髪の少年は、今までの勇者とは一線を画していた。


「キマイラ、どうせならルールを作ろうじゃないか」


 そう。こんなことを言い出す者は、一人としていなかった。


「ああ? ルールだと? タクミとか言ったか? そいつは弱者の言葉だぜ」

「なにを言う。僕は弱者だ。ゆえに、あがく。ゆえに、全力を尽くす。すべては、生き抜くために」


 それが、人間の生き様(スタイル)だとタクミはうそぶいた。


 その態度になにかを感じたのか。

 毒蛇の尻尾が伸びて、タクミを。そして、肩を支えてもらっているレーナを至近距離で舐め回すように凝視する。


 いや、実際にチロチロと先端が二股になった蛇の舌を出し入れしていた。


「ひぃっ」


 勇者候補生にあるまじき――同時に、少女らしい――悲鳴を上げてしまったレーナ。このときばかりは、先ほど負ったダメージのことも忘れてしまう。


「慌てることはないよ。向こうが圧倒的に強者なのは、近くても遠くても変わらないのだから」

「それはそうだけどさ、そんなにあっさり割り切れないよ!」

「そうかな?」


 肩をすくめたタクミは、価値観の違いだと割り切ったのか、あっさりとキマイラへと向き直る。


「同時に、ルール作りはキミたちを楽しませるものだと信じているよ」

「ふぅん。アタシは、いいと思うわよ」

「ワシは、最初から話を聞くべきじゃとだと考えとる」

「いいだろう。聞くだけは聞いてやるぜ」

「ありがたい。では、提案だ」


 タクミは唇を軽く舐めてから、強い意思を宿した瞳を巨獣へ向けた。レーナは不思議とその横顔から目を離せない。危険なキマイラよりも、タクミに釘付けだった。


 タクミはその視線に気づかず、髪を軽くかき上げると、キマイラ相手に正面から言い放つ。


「まず、期限を区切ろう。そうだな……三日。三日以内に僕はキミたちを倒すとしよう」

「なんで、自分が不利になるルールを付け加えてるの!?」

「代わりに、そっちの攻撃は一日10回まで。つまり、キマイラ。キミたちが勝つには、30回の攻撃で僕をしとめなければならない――としようじゃないか」


 レーナの真っ当な指摘を聞き流し、圧倒的な存在感を誇る巨獣へ条件を突きつけたタクミ。


 その一方的な内容に、獅子の頭が鼻白む。


「じゃあ、30回避けられたら、オレたちの負けってことかよ」

「ンフフ。違うわよ、バカね」

「そうじゃな。その時は、引き分けというやつになるかの」

「そうなるね。しかし、実際はそこの勝ち負けはどうでも良くてね。だって、殺さないとキミたちが蓄えた“可能性”は得られないんだろう?」


 勝敗を越えた所に目的があると、タクミは言う。


「だから、僕はこう宣言しよう。すべての攻撃を回避した上で、キマイラ、僕らはキミたちを殺してみせると」

「そいつは……舐められたもんだな」


 獅子の頭がにわかに震え、目から鼻から口から炎が噴出する。


「まさか。まさかだ、キマイラ」


 怒りに燃えるキマイラに対し、タクミは分かっていないなと首を振った。

 あまりと言えばあまりの態度に、レーナは言葉もない。


「身が持たんから、一日10回だけにしてくださいと哀願しているんだぞ、こっちは。キミたちは、誇るべきだ」

「誇るだと? なにをだよ」

「この僕が、条件付きじゃないと勝てないと頭を下げていることをさ」


 そう言って、タクミは言葉通りに頭を下げた。


「なにをやっているんだい、ええと、タクミくん!」


 複合生物を前にして生殺与奪の全権を委ねるような態度に、命の恩人であることも忘れてレーナが叫んだ。


「なにって、お願いをするときは頭を下げるべきだろう?」

「そうだけど、今は、ちょっと事情が違うんじゃないかなぁ!」

「ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」


 やがて、耐えきれず獅子の頭部が狂ったような笑い声をあげた。その度に火炎の吐息が漏れ、レーナは熱だけではない汗を背中に感じる。


「いいだろう。そのルールに乗ってやるぜ」

「ンフフフ。面白そうじゃない。賛成するわ」

「まあ、良かろう」


 獅子、毒蛇、山羊。

 キマイラの三つの意思がひとつとなった。


「感謝する」


 タクミは、もう一度頭を下げた。

 しかし、次に顔を上げたときに垣間見えた彼の瞳に、安堵や卑屈さはない。


 それは、困難に挑む勇者の瞳だった。





 なんとか、話し合いは終わった。


 無謀としか言えない交渉だったが、窮地を脱したのは確か。それが一時的にしても、僥倖には違いない。


 タクミに肩を抱かれたままだったレーナは、思わず安堵し……


「あ、痛っ、たたたたた……」


 同時に忘れかけていた痛みがぶり返して、幼くも包容力のある相貌に苦痛の色が蘇った。同時に、頭頂部の犬耳もぺたんと伏せる。


「大丈夫かい?」

「だ、大丈夫。でも、少し時間が欲しいかな」

「なら、隅へ行こう」


 ルールを受け入れたキマイラたちは、一時的に興味を失ってくれたようだ。

 獅子の頭が大きくあくびをして、その場で丸くなる。スケールさえ無視できれば、ライオンが猫科であるという事実を思い出させる仕草だった。


「それよりも、タクミくん。えっと、タクミくんって呼んでもいいかな?」

「もちろん。是非、そう呼んで欲しいね」


 なんとなくうなずくのにためらいを憶えたが、今はそれどころではないとレーナは続ける。


「助けられてもらっておいてこんなことを聞くのは気が引けるんだけど、あんな大見得を切って大丈夫なの?」

「もちろん。考えなしのことではないよ……ええと……」

「あ、ごめん。ボクは、レーナ。レーナ・ブランシュだよ」

「レーナが名前か。なら、僕は、タクミ・ミヤシロになるようだ。たぶん、異世界人ということになるんだろうね。よろしくお願いする」

「異世界……」


 ちょうどこのタイミングで壁際にたどり着き、ゆるゆるとした動作でレーナは座り込んだ。刀身のほとんどを融解させられたアダマンティン製の剣が地面に転がる。


 そして、持ち主と同じように限界だったのか。髪留めが外れてポニーテールが解け、長く艶のある白髪が、まるでマントのように全身を覆った。


「ごめん。詳しい話の前に回復させるね――《無欠乃躯(ホーネス)》」


 レーナは息を整えると、生命力の源――『精髄』(エッセンス)を操り技芸(アーツ)を発動。体の内側から白い光があふれ出し、傷をふさいでいった。


 央国を守護する六勇者の一角、繰気者(キャリバー)が持つ奇跡の力だ。


 その光景を興味深そうに眺めていたタクミだったが、突然、なにかかに気づいたかのように視線をそらした。


 その状態で、タクミは制服の上着を脱いでレーナへと投げて渡す。


「こんなものでも、ないよりはマシだろうからね」

「……うん?」


 反射的に受け取りつつも、こちらを見ようともしないタクミの態度にレーナは不審を憶える。

 しかし、その原因は、己を省みることですぐに判明した。


 技芸(アーツ)で形作った闘気の鎧はとっくに消えてなくなり、その下の衣服もボロボロに裂けている。脱いだほうがましなぐらいに。


「うわわわわわっ」


 命の危機の次は、乙女の危機。

 軽いパニック状態になったレーナが、制服の上着をアワアワとお手玉しつつ――とても手触りが良かった――慌てて羽織る。


 タクミの上着はレーナには大きかったが、体を隠すという意味では適していた。元々着ていた服の袖が大きめではいりきらず、不格好になってしまっているが背に腹は代えられない。


 レーナは、袖から指先をちょこんと出しながら、うつむき加減で口を開く。お礼を言う態度ではないのは分かっているが、恥ずかしすぎてまともに顔を見られない。


「み、みすぼらしいものを見せちゃってごめんね」

「いや、結構なお点前で」


 みすぼらしいなど、とんでもない話だ。

 レーナの身長はタクミの胸程度しかないが、その胸囲は身長比で考えると驚異的だった。もちろん、腰などは折れそうなほどに細く、しゅっと引き締まっている。


 それゆえ、驚異的なのだ。


「え? あはははは。もう、冗談ばっかり」

「正直なところ、このまま絶景を拝んでいたい気持ちもあったんだよ。でも、それは僕のモノだからね。キマイラといえども、他人にさらすのは問題だろう?」

「ボクのだよ! 仮にボク以外の誰かのものだとしても、それはボクの子供のものだよ!」

「それは実質、僕のものということになるんじゃないかな?」

「ならないよ!」


 大声を出して消耗したが、レーナは、先ほどまで感じていたキマイラへの恐怖が消えていくのを感じていた。


(そっか。ボクのことを気遣って……)


 冷静に考えれば、初対面でこんな非常識なことを言うはずがない。二回も助けられちゃったなと、レーナの耳がさらに垂れ下がる。


「それは残念だ。では、ちょっと、荷物を回収してくるよ」


 タクミはそう言って、一端仕切り直しを試みた。

 置き去りにしたスクールバッグを手にすると、小走りで戻ってきて話を再開する。


「まず、レーナ。頭を下げるのはタダだからね。その点は、安心して欲しい。誰の懐も痛んじゃいないよ」

「人としての尊厳が下がるからね!? あと、そこを心配してるんじゃないんだからね!?」

「なら、心配してくれているのは、僕の命か。それは、ますますありがたい」


 人を食ったようなと表現するには純粋すぎる笑顔を浮かべ、タクミはレーナの隣に座って顔を覗き込む。

 図星を突かれたレーナは犬耳を立て、逆に怒ったように言葉を口にした。


「つまり、ちゃんと意味があってルールを提案したんだね?」

「その問いには、イエスと答えよう」

「良かった。一撃で倒すなんて言い出してびっくりしたけど、勝算はあるんだ……」

「奇跡が大量に入荷すれば……だがね」

「えええッッ! 本当に大丈夫なんだろうね!?」

「サイコロを振る前に結果を教えろだなんて。それこそ、レーナ。人知を越えた要求だよ」


 それはそうだけど……と、レーナがうなる。なにか言いたげに、犬耳が揺れた。

 だが、反論の言葉は出てこない。当事者から聞く正論ほど厄介な物はなかった。


 その様子を眺めていたタクミが、シニカルに口の端を上げる。


「神を信じようじゃないか。この僕を、こっちの世界に連れてきた神をね」


 そう言って、少年は天を仰いだ。

 キマイラの住処である洞窟は、飛行して出入りするためだろう。天井が丸く開いていた。


 月が出ていた。


 地球では見たこともない、巨大な月が。

 下手な雲よりも、よほど大きい。クレーターなどない。綺麗な真円の月だった。


「《万象体系セレスチャル・レコーズ》」


 微細な『魔力』(マナ)の流れを感じ、レーナが綺麗な形をした眉をひそめる。


「タクミくん、今、なにをしたんだい?」

「いや、なに。月にも、ステータスは存在するのだね……と、驚いただけさ」


●固有情報

名前:ルナ 年齢:― 性別:―

属性:―


●能力値

筋力  耐久  器用  敏捷

― 99999   ―   ―

知力  直感  意思  外界

―   ―   ―   ―

魔力  精髄  信仰  調和

9999  9999   ―   ―


 さすがは異世界だと、タクミは屈託なく笑った。

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