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第十話 十の難行・二日目・その後

 第十撃。


 着地したタクミに対し、キマイラの獅子頭――レオが、その巨躯を覆うような火炎弾を放つ。


「バカ正直に撃っても、当たるわけないでしょ、バカ」

「なにしやがるッッ」


 ちょうどそのタイミングで四肢の制御権を得た毒蛇――レイヤが強引に体の向きを変えた。それに従い、火炎弾の軌道も変化し……。


 棒立ちのタクミの、すぐ横を通過していった。


「大外れじゃねえか!」

「おかしいわね。あの方向に避けるはずだったんだけど」

「やれやれじゃな」


 我がことにもかかわらず不干渉を貫いていた山羊――ファウヌスが嘆息した。その態度は無責任な傍観者そのもので、言い争いという火に油を注いだだけだった。


 ただ、神話の御代から生きる複合巨獣の仲間割れなど、今のレーナには関係ない。


「タクミくん、タクミくん!」

「大丈夫。僕は逃げも隠れもしないよ」

「すごい! すごい! すごい!」


 セブンブリッジに続いて行われた、二度目となる十の難行。

 それが終わるや否や、興奮しきったレーナがタクミに駆け寄った。


 自然体で、無防備で、無邪気。全身から喜びのオーラを出しつつ、耳を立ててタクミに飛びついた。

 少しだけよろめいたが、タクミはレーナを正面から受け止める。こんなタクミにも、一応、男の子の意地らしきものはあるのだ。


「やったね! 危なげなく全部かわしきるなんて、タクミくんはすごい!」

「たった今、レーナのアタックは回避できなかったけどね」


 と言いつつ、タクミにレーナを避ける気はなかった。

 顔に、彼女の大きくて柔らかくて幸せな双球を押し当てられているとなったら、なおさらだ。


 なんとも、無邪気な行動と感触のギャップがたまらない。


「レーナ、僕は永遠にこのままでも構わないけれど、背後でレオたちが『死ねよ人間ども』みたいな視線で睨んでるから離れようか」

「睨んでねえぞ!」


 キマイラの獅子頭――レオが冤罪を主張するが、犯人はみんな否定するんだと軽くスルーするタクミ。


「あっ、ごめん。ボク、興奮しちゃって……」

「いやいや。レーナを興奮させられたのであれば、それは実に幸甚だよ」

「うっ。すぐ離れるから……」


 自らの大胆な行動に、今さらながら気付いたらしい。

 レーナが耳をぺたんと倒し、あわててタクミから距離を取る。そして、わざとらしく服の乱れを――乱れてはいないのだが――直していた。


 ただ落ち込んでいるのではなく照れているのは、赤みが差した頬を見れば明らかだ。


「詳しい感想は、食事でもしながら聞かせてもらおうか」


 タクミは追求せず、手にしていたコンビニエンスバッグを掲げて住処の隅へと移動する。その一角は、すっかり彼らのパーソナルスペースとなっていた。


「そういえば、なんでコンビニエンスバッグを戦闘中も持ってたの?」

「僕が持っているのが、一番安全だからさ」

「わー。すごい自信。でも、とばっちりを受けたら、確かに危ないかもね……」


 理論的には正しい。

 なのに、素直にうなずけない。


 白く艶やかな髪に触れながらレーナは違和感の理由を探るが、それを言語化できずにいた。双球を潰すように腕を組み、難しい顔をしながら壁際に腰を下ろす。


「それはそれで可愛いね」

「え? タクミくん、なにか言った?」

「レーナは、裏表がなくて好感が持てるなと思っていたところだよ」

「不意打ちは良くないと思うなぁ!」


 照れ隠しにレーナが叫ぶ間に、タクミはコンビニエンスバッグから弁当をふたつ取り出した。


 さすがはフォルトゥナ神の贈り物と言うべきか。温め済みで、もちろん、箸やフォークも完備。

 この分だと、カップラーメンなどはお湯が入った状態で出てきそうだ。


 二日目の対戦を終え、ちょうど昼時。


 実は、朝もコンビニエンスバッグのお世話になっており、それもあってレーナは耳をパタパタと動かして期待を露わにする。


「どうぞ、召し上がれ」

「タクミくん、いただきます」

「別に僕の手柄でもないんだから、そんなに感謝する必要はないよ」

「そう? なら、フォルトゥナ様に感謝だね」

「待った。それなら、僕に感謝の念を捧げてくれたまえ」

「神様に張り合うんだ……」


 若干呆れつつ、レーナがフォークを手に取った。

 器用に蓋を開けると、デミグラスソースの香りが周囲に広がる。


 軽く鼻をひくつかせたタクミは、無言でコンビニエンスバッグの口を開けた。


「あれ? まだなにか取り出すの?」

「いや、こうして開けておくと匂いも吸い込んでくれるみたいだからね」

「不敬っ!」


 とんでもない使い方に、レーナが猛抗議するが、タクミは逆に解せないと首をひねる。


「う~ん。実は、キマイラにトランプ勝負を呑ませるために限界まで外界の能力値を上げたんだけど、レーナには通じないね。なぜなのか」

「そんなことしてたの……?」

「そんなことしてたんだよ。これはあれかな。最初からレーナの好感度がマックスだから、こっちの能力値が上がっても関係ないんだね」

「言ってる意味は分からないけど、たぶん違うと思うな」


 考えても答えの出ない問題は棚上げし、二人は食事を始める。


「まさか、こんなに暖かくて美味しいものが食べられるなんて思わなかったよ」


 思いもしなかったのは、幕の内弁当を選んだタクミも同じだ。


 まさか、伝説の複合巨獣の住処で、コンビニ弁当を食べることになるなんて。


「喜んでもらえてほっとしたよ。なにしろ、貴族のご令嬢に食事を提供するなんて初めての体験だったからね」


 焼き鮭と俵型のご飯を一緒に嚥下してから、タクミがからかうように言った。

 平打ち麺のボロネーゼを上品に食べているレーナは、反応するまで時間がかかる。


「んっ、くっ。貴族って言っても、ボクなんかそんなに大したものじゃないのに」

「違う。違うよ、レーナ。そこは、『タクミくんの初めて……もらっちゃった』って、はにかんでくれないと」

「いや、それはないかな」


 真顔になったレーナが、光を失った水色の瞳でタクミを見つめる。


 いつもは天真爛漫なレーナが、時折見せる本気であきれたかのような表情。


 それが実に――


(ぞくぞくして、いいね)


 ――と思うのだが、口にしても理解は得られそうにないので黙っておく。外界を上げても対応が変わらなくて嬉しいわけではない、決して。


「それよりも、まさか、あのカードゲームがキマイラの連携を壊すための罠だったなんて想像もしていなかったよ」


 心から感心したと、レーナが深くうなずいた。

 元々、連携というほどコンビネーションが熟成していたわけではなかったが、少なくとも、邪魔し合ってはいなかった。


 それが、先ほどの対戦では、自我をむき出しにして相争う始末。それが、二日目の十の難行を危なげなく切り抜けた理由だった。


 その変化は、キマイラのステータスにも現れている。


●固有情報

名前:キマイラ・オリジン 年齢:4219歳 性別:―

属性:秩序・悪


●能力値

筋力  耐久  器用  敏捷

 720 1240   20   32

知力  直感  意思  外界

 28   20   44    5

魔力  精髄  信仰  調和

280  1004   ―   ―


加護

 ―


才覚(タレント)

《打ち砕く獅子》 Rank:Immortal

 ――レオ。融合巨獣の一角。破壊する者。


《思慮深き山羊》 Rank:Immortal

 ――ファウヌス。融合巨獣の一角。見通す者。


《享楽の毒蛇》 Rank:Immortal

 ――アリヤ。融合巨獣の一角。不確かなる者。


《可能性の源》 Rank:Immortal

 ――敗者に死を。勝者に無限の可能性を。


 能力値は変化していないが、三位一体を現していた才覚(タレント)が、三つに分割されていた。しかも、タクミが付けた名前まで加わっている。


 連携の問題は早晩解消されるだろうが、一度個性を得た事実までは消えない。


 これこそ、タクミが外界を上げてまでセブンブリッジで勝負を挑んで実験した成果だった。


「勇者の遺品を出汁にして、軽蔑したかい?」

「まさか。ボクには、計略の一環だとしても、勇者の遺品を取り返す方法なんて考えもつかなかったもの」


 パスタの皿を手にしながら、レーナは言った。


 全部まとめてコンビニエンスバッグへと回収してしまったため綺麗さっぱり物がなくなった一角へ、レーナが視線を送る。


 キマイラに挑み、破れた勇者たちの夢の跡。

 下手をすれば……というよりは、タクミが助けてくれなければ確実にレーナ自身もその一部分になっていただろう。


 それを思えば、策略のために利用しても負の感情は湧かなかった。


 動機はどうあれ、行い自体は正しいのだから。


「レーナは優しいなぁ」

「え? いきなりなに?」

「そのままの君が好きってことさ」

「……もう、冗談ばっかり言ってさ!」


 頬を膨らませて抗議するレーナを慈愛の眼差しで見つめつつ、タクミは思う。


 世界を救うという荒唐無稽な話を信じて、この世界へ来た。その目的は忘れてはいない。


(だけど、世界がどうあれ、レーナみたいな人が幸せでいられるといいね)


 タクミは、そう願わずにはいられなかった。

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