第九話 セブンブリッジ・分割・勝利(後)
予約投稿ミスってました。
ごめんなさい……。
「じゃあ、親の僕から行かせてもらおう」
山札から一枚引くが、絵札。ダイヤのジャックだった。ダイヤの10やキングが来ればシークエンスが作れるが、あっさりとダイヤのクイーンを捨て札にした。危険な橋を渡らないのが、セブンブリッジのコツだ。
「次は、オレだな。さっさともって来やがれ」
「はい! ただいま!」
レーナがキマイラの住処を走り、山札から一枚取ってトランプを運ぶ。
お互いに見えないようキマイラの頭はそれぞれ前後中央を向いているため、タクミとの中間にある山札を運ぶには、かなりの距離を走らなければならない。
(レーナが、ずっと山札を持っていればいいだけな気がするけどねぇ……)
しかし、タクミはなにも言わない。
耳を立てて必死に走るレーナが可愛かったからだ。それに、こんなことでも加護が蓄積され能力値が上昇するかもしれない。しなくても責任は取れないが。
(いや、そこは、責任を取る方向に持って行くべきでは……?)
タクミが悪巧みをしている感にも、レーナは立ち止まらない。
「ちっ」
「ひぇっ」
「まあまあ、悪くないじゃねえか」
「なんで舌打ちされたの……」
レオが引いたのは、ハートのクイーン。ハートの10かキングが来ればシークエンスとなる。劇的ではないが、悪くはない。
「ほれ、こいつとこいつをメルドってやつにして、こっちは捨てろ」
「はい!」
地面に並べられたトランプを小指の先で選び、レーナはその命令に従って中心に札を置く。
メルドされたのは、クローバーの6と7。さらに、クローバーのキングを捨て札にする。
「嬢ちゃん、そいつはポンじゃ」
「はいぃ」
「こいつ、キング3枚も持ってやがったのかよ」
「ほう。その反応、さてはジャックかクイーンをスートそろいで持っておるのか」
「ンフフフフ。分かりやすいわねぇ」
「ああんっ!? んなわけねえだろ」
「キミたち、一応、味方ということ憶えてるかい?」
有利になるだけなのだが、さすがにあきれてタクミが言う。
だが、効果はまるでなかった。
「捨て札は、クローバーの9じゃ」
「はい」
「それが終わったら、アタシにもね」
「はいぃっ」
伝説の複合巨獣の手札係となったレーナが、縦横無尽に駆け回る。
「面白そうなのを運んできたじゃない」
アリヤが引いたのは、ダイヤの8。クローバーのクイーンを捨て札にし、ハートの7をメルドする。
シークエンスがかみ合いそうでかみ合わない。面白い手札になったと、霊体をもかみ殺す蛇の頭部がシュルシュルと舌を出した。
「タクミくん、ボク、ちゃんと役に立ってるよね!?」
「ああ。キマイラに挑んで死んでいった勇者たちも喜んでいるはずさ」
おざなりにレーナを激励し、タクミは自分で札を引いた。
「これは、ラッキーだ」
運だけでは勝てない。
点数の高い札を捨てるだけでは勝てない。
それがセブンブリッジだが、もちろん、運が向けば強力な武器となる。
「ダイヤの1、2、3でメルドだ」
たった今引いたばかりのダイヤの2を中心としたシークエンスで、場に札を晒す。続けて、ダイヤのジャックを捨て札にしてタクミの手番は終了。
レオはレーナが引いた札――スペードの6――をそのまま突き返し、クローバーの2を引いたファウヌスは、手札からダイヤの4を付け札にし、スペードの3を捨てた。
これで、ファウヌスの手札はハートとクローバーの2だけとなる。
「やれやれ、その気はないのに勝ってしまいそうじゃな」
「説明を聞いただけで、ポイントを理解しているようだ」
「なあに。運よ、運」
正面に座るタクミとファウヌスが、人の悪い笑顔をぶつけ合う。
勝ってしまいそうだと言いながら、ファウヌスにレオのような勝利への渇望はなかった。この状態で負けても、マイナス4ポイント。勝者が0ポイントなのだから、ほとんど変わりない。
大敗しないこと。
それが、セブンブリッジのセオリーだ。
――と、視線だけで意識を共有していると、それに異を唱える控えめな声が。
「あの……。なんか楽しそうなところ申し訳ないんだけど、挟まれてるボクの身にもなってくれませんか……?」
残念ながら、そんな配慮ができる人間とモンスターであれば、レーナが無駄に重圧を受けるような事態は起きない。
当然のように、レーナの懇願が省みられることはなかった。
続くアリヤはクローバーの3を引き、スペードの10を捨て札にした。相変わらず、メルドができそうでできない。
相変わらず、巡り合わせが悪いようだ。
それが全体に波及したわけではないだろうが、タクミとレオが一回ずつ付け札をしただけで、二巡りほど手札を交換するだけで終わる。
そして迎えた五巡目。
タクミの手札は、ハートの8、ハートとクローバーの10。悪くはないが、ファウヌスの手札は二枚。いつ上がってもおかしくないことを考えると、リスキーな手札だ。
――普通に考えれば。
「悪いね。僕の勝ちだ」
この場面で引いたのは、ダイヤの10。
ハートとクローバーの10とあわせてメルドし、残ったハートの8を捨てて上がりだ。
「ハートの10を握ってやがったのは、てめえかあぁぁっっ!」
その札を目の当たりにして、レオと名付けられた獅子の頭が吼えた。
「……おやおや。ハートのジャックとクイーンを後生大事に取っておくなんて。ギャンブラーだね」
「はっ。ただ勝ってもつまらねえからな」
「負けたがのう」
「負けたわよね」
「うっせぇ。負けたのは、てめえらも一緒だろうが!」
俄に始まった一心同体の口論に、タクミは苦笑を浮かべる。
負けは負けだが、ファウヌスの傷は浅く、アリヤも致命傷というわけではない。つまり、最下位となったレオを笑う権利はどちらにもあるのだ。
三位一体ということを気にしなければだが。
「ここで笑えるタクミくんは、大物だよね……」
ぺたんと耳を倒してタクミの後ろに隠れるレーナに、タクミは肩をすくめて言う。
「そうかな? 実に、微笑ましいじゃないか」
予想通りだし……とは言わず、タクミはレーナの頭をあやすように撫でた。
「ごまかされないからね!」
「では、撫でている分、僕が一方的に得をしたことになるね」
「それはそれでムカつく……」
むぅとレーナがうなりを上げたところで、アリヤが毒蛇の頭をぐっともたげて二人の眼前に口先を突きつけた。
「それにしても、ついてないわぁ。ハートの4か6が来ていれば……」
「どれどれ」
ちなみにと、山札をめくってみたところ……。
「下から二番目と四番目だねぇ」
「ヒャヒャヒャヒャヒャ。ざまぁねえな」
「くっ。でも、これはこれで面白いから悪くないような気がするアタシがいるわ」
「難儀じゃなあ」
こうして1ゲーム目が終了。
参加者のいずれかが累計マイナス100点を超えるまで、これを繰り返していくことになるのだが……。
獅子頭――レオは、一発逆転や派手な手を狙い。
山羊――ファウヌスはひたすらに堅実。
毒蛇――アリヤは効率のいいプレイングを把握しつつも、時に受け狙いに走る。
いずれも弱くはなかったが、運も味方に付けたタクミには敵わない。
「やれやれ。なんとかなったね」
外界の能力に運の要素があったのか。あるいは、単純に実力か。数ゲーム繰り返し、なんとかタクミが勝利を掴んだ。
「では、勇者たちの遺品を回収する権利を得ということで」
「勝手にしやがれ。あんなのゴミだからな、ゴミ。片付いて、清々するぜ」
「まるっきり、負け惜しみよねぇ」
「うるせぇ。負けたのは一緒だろうが!」
一心同体で、醜い争いを繰り広げるキマイラたち。
それを遙か頭上に聞きながら、手札係として頑張っていたレーナが、あふれる思いを口にする。
「……これで、英霊たちも慰められると思うよ」
「そうであれば嬉しいけど、喜ぶなら、キマイラ自身を倒してからにして欲しいね」
「わざわざゴミを集めて、ご苦労なこった」
「そこは見解の相違だね」
毒づくレオを尻目に、タクミは早速その権利を行使するため遺品の山へと移動した。
そう、遺品だ。とっくに風化してしまったのか、それともキマイラが餌にしたのか。遺体は、その一部すら存在していない。
残っているのは、剣や槍の穂先。それに盾や鎧などの武具。しかも、怪力に引き裂かれ、あるいは火炎弾によって融解して原形を留めていない物ばかり。
回収したところで、本来の用途では、決して使えないだろう。
タクミとしては、それでも構わないのだ。
「無念なのか、正々堂々戦って悔いはないのか。それは分からないけど、預からせてもらうよ」
遺品の山にコンビニエンスバッグを向けると同時に、積み重なっていた武具は吸い込まれるようにして消え去った。
あっという間で余韻もなにもないが、タクミは気にしない。
「いやはや、便利だね」
「終わったら、次はこっちが攻撃する番だからな」
「やけに突っかかるね、レオ。ま、今日のノルマが終わったら、コンビニデザートぐらい、いくらでも提供するさ」
「ふんっ。それで手加減してもらえるなんて思うんじゃねえぞ」
「まさか」
手加減などあってもなくても結果は同じ。
タクミは、言葉ではなく態度で示す。
そして実際。
直後に行われた二日目の対戦は、タクミが危なげなく攻撃を避け続けて終わった。
実際に遊んだ結果をベースに書き起こしていますが、間違いがあったらごめんなさい。




