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プロローグ

新作始めます。

本日は合計三話投稿。明日以降は、切りのいいところまで毎日更新の予定です。

よろしくお願いします。

「一撃だ」


 黒髪の少年が人差し指を突き出して、巨獣に向かって宣言した。


「僕はただ一撃でキミたちを倒すぞ、キマイラ」


 背は、高くもなく低くもない。体つきも普通。

 ブレザータイプの制服を着て、ファンタジー世界の生き物に対しているという状況。それを除けば、外見的に特筆すべき部分もない。


 しかし、昂然と上を向くその瞳は。

 狂気にも近い意思の強さを示すその瞳だけは、異彩を放っていた。


 それが、無謀としか言えない宣言に、奇妙な説得力を与えている。


 少年に肩を抱かれながら、レーナ・ブランシュは、水色の瞳で呆然とその光景を見つめていた。頭頂部に生えた犬のような耳が、我知らずぴくぴくと動く。

 ここが岩盤をくりぬいて作り上げられたキマイラの住処であることも、全身を苛む傷の痛みも、一瞬忘れてしまう。


 端的に言えば――圧倒されていた。


「倒す……? 倒せるっていうの? 可能性の源キマイラを……?」


 その傲岸不遜な宣言に、レーナの小さく可憐な唇からつぶやきが漏れた。


 少年は、寸鉄も身に帯びていない。にもかかわらず、自信に満ちあふれていた。いや、それどころではない。確信していた。


 古来より、数多の戦士を文字通り食い破ってきたキマイラ。

 数千年前に、神が地上へ遣わした不死身の獣。

 周辺の国々を滅ぼし、肥沃な大地を死の荒野に変えた悪の幻獣。

 打ち倒せば、多大な力を得るとされる複合怪物。


 レーナもまた、神託を受けて、キマイラを打ち倒すためにやって来た一人だ。

 同時に、すさまじい脚力(・・・・・・・)をしたこの少年に助けられていなければ、根元から折られた家宝の剣と同じ末路をたどっていたに違いない。


 爛々と輝く少年の黒い瞳。

 不安げに揺れるレーナの水色の瞳。


 その瞳に映る巨獣は、少年と違って特筆すべき部分だらけだった。


 巨大と表現するのも、ばかばかしくなるほどの巨体。視界に、全体が収まらない。“学園”のコロッセオと同じくらいの広さの空間にいるにもかかわらず、圧迫感を感じてしまう。

 重厚な毛皮に覆われた肉体は、野生のしなやかさと凶暴さを併せ持っている。体重も、その巨躯に似合うほどあるに違いない。


 つまり、人間など簡単に踏みつぶされて終わりだ。つい先ほど、レーナがそうなりかけたように。


 しかし、それは比較的楽な死に方だろう。


 鋭い牙の向こうからチロチロと炎が漏れ出ている、獅子の頭部。

 体の中心から伸びる、数多の魔法を操る山羊の頭部。

 実体を持たぬ邪霊すらかみ殺すと言われる、毒蛇の尻尾。


 どの頭からの攻撃を受けても、苦しみ悶え。そして、死に至ることは間違いない。

 それら三つが組み合わさった複合怪物こそ、可能性の源、キマイラなのだ。


「おもしれぇじゃ、ねえか」


 不遜な挑戦を受けた、巨大な。それこそ、小山ひとつ分はありそうな巨大な獣が、獅子の牙をむき出しにして吼えた。

 一見笑顔にも見えるその表情には、隠しきれない凶暴性が宿っている。


「ンフフフフ。一撃とは、大きく出たものねぇ」

「不遜。否、不敵じゃな。異邦の子よ、なにを考えておる?」


 しかし、他二つの頭。毒蛇と山羊のそれは、冷静だった。


 地球の神話で語られるのと同じ姿をしたキマイラは、三対の瞳で黒髪の少年を値踏みする。


「遅くなったが、自己紹介を。僕は、宮代(ミヤシロ)(タクミ)。興味を持ってくれたようで幸いだ」


 しかし、タクミと名乗った少年は、肩を抱かれたレーナがぎょっとするほど平静で不躾。

 ついさっき突然現れたというのに、当たり前のように自己紹介の言葉を口にする。


「恐らく、キミたちにとって異世界の住人で……。フォルトゥナという神から、送り込まれた者だ」

「異世界……?」


 レーナは、不思議そうに言葉を反芻した。

 異世界。ここではない世界。遠い遠いところからやってきた人。


 言葉の意味は分かる。だが、実感は湧かなかった。


「で、その異世界人サマが、なにしにオレのところへ来たんだよ」


 いらだたしげに、それでも律儀に獅子の頭が問いを投げかける。

 傍目には威圧としか見えなかったが、タクミは揺らがない。


「フォルトゥナによると、どうやら、僕は救世主とやらになるらしい。自称ではないけれどね」


 世界を救うために、異世界からやってきた。

 世界を救うために、キマイラを倒す。


 フォルトゥナとの邂逅を思い出しながら、少し恥ずかしげに。それこそ、子供のように笑って言った。

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