『好きだから・・・』
『好きだから・・・』
「へい、らっしゃい。なにを握りましょう。今日は新鮮なネタが揃ってますから大将何でも早い者勝ちですよ。大将はいつでも決まって甘エビの旨い所をご注文下さいますから私共としましても築地に卸に行くってえと甘エビの活きのいいのを感じ仕入れてくるんですよ。
大将には全く頭が上がりませんよ。一度大トロならいつだって文句の付けようのないのが蓄えてありますから。いくら好きだからってそうイカや甘エビなんてねっとりしたものばかりお食べになられちゃお体に毒ですよ。納豆巻きなんてのもありますから精つけて社長を頼りにしている工場の若い連中をいつかここへ連れて来てやってくださいよ。わたしはいつだって大将の味方ですから大将も必ず健康に気いつけてくださいまし。私ら一同首を長くして大将がマレーシアから戻ってくるのをお待ちしてやす。一度かえってきて土産話でも内の若い衆に聞かせてやってくださいましよ。ねえ大将、あんたが大将なんて言いますが大将あってこその寿司長ですんで。大将も若大将の加山雄三みたいな立派な上司になってくださいってもんだ。ですから大将、いくら好きだからって生ものばっか食ってちゃ体に悪いってもんだ。好きなら好きでみそ汁かなんかといっしょに食えばようござんすよ。大将、好きだからって何でも手に入るってのはおかしゅうございます。大将も少し節制した方がいいかもしれませんね。大将も早く大人になって青大将なんて奴ぁ卒業してくださいよ。ねえ大将、好きだからって寿司ばっかり食っちゃあウチはよくとも体がいけねえや。」
「私、貴方の事、なんて言うか、とっても癒される人だと想うの。」玲子はそう言って雨の降る窓の外をじっと見て飲み差しの白いコーヒーカップには手を付けずに真っ黒な瞳をうるませてしばらくじっと体を動かさないでいた。
玲子は今までにない程ボーイフレンドに対する強い愛情を抱いてやまなかった。玲子は白いスーツに腕まくりをして力を入れた様な姿を見せ、また手の平を白いミニスカートの上において窓の外に眼をやった。
好きだからって・・・」とそれ以上の言葉は続かなかった。
「オイ、お前、なんだってオレの机の上の携帯を勝手に見やがった。好きだからって男の携帯まで見るのは犯罪だぞ。」弘は友美のことが好きだからこそどうしても許せなかった。どうしても自分を尊重して欲しかった。「好きだからみたの。どうしていけないの。」弘は友美の言い訳を聞いて窓の外を見てそれ以上何も言葉が・・・
ジャンヌ・ダルクはオルレアンがエドワードの手に落ちたことを知って泣いた。
好きだからこそこの一文を私はかの文章に盛り込まなかった。好きだからこそ私はいつだって窓の外を見て・・・




