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青春ウイルス  作者: 香月
2/2

ウイルス2:宿題は34ページ

街の中


ネオンが光る夜でもないのに真っ暗な路地裏で、短めのスカートに黒の靴下、ローファーと少女的格好をした女の子が、迷い込んでいる。



まだ空には、雲と太陽が出ているのだけれど残念ながらその光は路地の裏、その奥地までは届かなくて。



彼女の白く伸びた脚、華奢な体。



薄暗い路地の裏に伸びた影は、小さく細いものだった。でもそれは、見る見るうちにメキメキ大きくなり鈍い音と不気味な音を奏でる。




「…ぁ、ああ…いや…いやぁ…」




悲鳴が漏れて、それはメキメキという不気味な音と重なる。小さく細いものだったその影は、歪なものと変わり始めた。




恐ろしい光景がそこに広がる。







【思春期】


第二次性徴が現れ、生殖機能等の性成熟が完成するまで。この時期に【HAL細胞】が活性化し、【HAL】を発症した者を【HAL所有者】という。





「ラーラ、ランラーラ。」


今日も街は朝から賑わっていて、道を歩く人々は忙しなく溢れ出る程に多かった。



「ラーンラン、ランラン」



耳元には黒いヘッドホン、そこから流れ出る軽快な音楽を私は口ずさみ、道を進んでいた。


少し分厚い制服のポケットに片手を突っ込んで、少し息苦しいシャツの胸元をパタパタと仰ぐ。



「ランランランラン」



耳元から流れる軽快な音楽に合わせて、私は足を前に前にと進ませる。そしてチラリ、と周りを見渡した。





擦れ違ったスーツ姿の男の人の眼の色…黒


「ラーンランラララ…」



二人組の女子高生の眼の色…黒


「ラーラ、ラーララランラン」




イヤホンを耳にさした男子中学生の眼の色…黒


「ラーラーラー…」




ランドセルを背負って走り出した小学生の眼の色…黒い


「ラーラー…」




ショーウインドーに映った私の眼の色……空色


「ラー…」





世界に【HALハル】という異能と【HAL保有者】という異能力者と、【HAL細胞保有者】という異能力者になる可能性のある人間の存在が確立されて、数十年。



異能力【HAL】はランク付けされ、その力の強さは9種類に分けられた。



Hランク…HALの能力が一番低く、最も常人に近い人間。眼の色は、茶色…能力を発症する際にのみ青色に瞳が輝く。




ほら、あそこの女子高生。私たちの様に眼の色を隠すことなく、歩いてる…【Hランク】だからか。




HAL最低ランクの【Hランク】


海外では低俗な【HAL保有者】と蔑まれ、親など保護者がいないものは奴隷として売られることがある。



しかし、日本では【HAL保有者】や【HAL細胞保有者】の人身売買は固く禁じられている。その為、あの茶色眼の彼女は平然と街中を歩く事ができるのだろう。




残念ながら私は眼の色を隠すことなく、歩くことはできない。


交差点を行き交う人々の目は、みんな黒。朝の通勤ラッシュの時間は、常人ばかりなのか、それとも私と同じ様に隠しているだけなのか。


それはわからないけれど、私はヘッドホンから流れる軽快な音楽を右から左へ聞き流して空を仰いだ。





「…お揃いだね」



空は青く、雲は白い


私は青く、春も青い









約50メートル程ある坂を登り切れば、大きな口を開けて校門が私を待ち構えている。それを潜り抜ければ


「おはよう!葛!」


「…おはようございます、五里山先生」


ガタイのいいまるでゴリラの様な大男に挨拶をされた。私は、スカートにシャツ、ブレザー…スニーカーにリュックと指定の制服を着崩しまくったゆるい格好で登校。




近道の裏道を抜けて、白く大きな…まるで城のような造りをした校舎に入った。


靴箱にスニーカーを突っ込んで、学校用の青色の底をした上履きを履く。螺旋になっている階段を一歩一歩、気怠げに進んだ。



「テメェっふざけんな!!」


「っ!」



そんな時、螺旋階段を2階ほど上がったところから大きな怒鳴り声が響いてきた。白い壁に反響して、その声が私の耳に届く。



(……この声は…)




なんだか嫌な予感がして、私は小走りに螺旋階段を登る。上からは、ガタンッガタッと激しい物音。



「な、何やって…」



白い壁に手を付いて、私は勢い良く階段の踊り場から廊下へ顔を出す。



激しい物音に何があったのか、とそちらに視線を向けた途端、私の視界の端で激しい青白い光が輝いた。




「っっギャぁぁ!?」



ガァンッと激しい音がして、私は両足両腕を右側に逸らした。私の右側を勢い良く行くのは、青白い光、そのままそれは白い壁にぶつかって、歪に歪んだ穴を開けた



「ふざけんなよ!クソゆう!!」


「テメェこそ調子こいてんじゃねぇ!光稀みつき!」



私の視界の端にいたのは、短い黒髪の男に茶髪のパーマをかけた男。お互いの胸ぐらを掴み、酷く怖い顔で睨み合いながら怒鳴りあっている。



「な、な、…」


「ああ!?」


「ンだテメェっ!」



私はよろよろしながら壁に手をついて、蒼い瞳で睨み合う2人を凝視した。そして、チラリと後ろの歪な形で空いた穴を見た。



ボロっ…と白い壁に空いた穴からコンクリートのカスが溢れる。白の廊下には、その屑がまき散らされていた。




「あ、楠葉くずは。おはよー!」




よろよろしながら白い壁に寄りかかる私に向かって、睨み合う2人を超えた先、教室の廊下側窓から顔を出して、手を振る紗桜さらが見えた。




「さ、さ、紗桜さらぁぁっ!穴がっ、穴が!なんなの、いったい何!?今日は何!?」




私はそのままぺタン、と白い廊下に座り込んで悲鳴に近い声で、栗色のウエーブ髪を今日は2つに結っている龍音時紗桜りゅうおんじ さらに尋ねた。




目の前にはまだ睨み合いながらお互いの胸ぐらを掴み、怒鳴り合う少し肌の色が黒い短髪の男と、パーマがかった茶髪の男。



クラスメイトの、有馬郁ありま ゆう大柴光稀おおしば みつき





「えーとねー、光稀みつきゆうにー、数学の宿題何ページからやるのか聞いてー………」



紗桜はえーと、と目の前で蒼い瞳を輝かせて暴れる2人の喧嘩の理由を思い出している。窓枠に腕を乗せて、頬に指を突き刺して天を仰ぐ紗桜。



「で、郁が教えたページ数が15ページズレてたンだよ」



ゆっくりと喋る紗桜の横からヒョイと顔を出したのは、金髪。耳に光るピアス、そのシルバーのピアスに2人のHALハルの光が反射した。




「ってギャぁぁあ!?危ないいいっ!?」




そんな反射した光がまた私の横をとてつもない勢いで通り過ぎて行く。ヒュンッと青白い光はまたも壁にぶつかって、ガァンッと激しい音を立てた。




「しょうもな!郁も光稀も喧嘩の理由しょうもないな!!」




私はまたも両足両腕を右側に逸らしつつ、目の前で喧嘩を繰り返す2人に向かって叫んだ。




クラスメイトの有馬郁ありま ゆう


お調子者の陸上競技部、肌の色はそれ故に黒く焼け焦げ、黒髪の短髪でまだ時期的には早い筈なのに半袖だ。


そして、もうひとり大柴光稀おおしば みつき


茶髪のパーマに、耳元のピアス。ゆうとは打って変わって白い肌、男にしては女の子レベルで白い。



2人が取っ組み合っているとまるでモノクロだ。




「テメェ、何パチこいてんだよカス!」


「ハア!?ンなもん、お前がしっかりしてれば俺に聞く必要もなかったろうがよ!」




間違ったページ数を教えたゆうに、光稀みつきが怒鳴る。それに、眉間に皺を寄せて怒鳴り返すのがゆう




「宿題は34ページだわ!馬鹿!!」


「俺のノートには59ページって書いてあったんだよ!糞が! 」




しょうもない2人の喧嘩に、歪な形で穴が空いた白い壁が可哀想に思えてくる。真剣にキレて怒鳴りあっている2人が馬鹿らしくて堪らない。



楠葉くずは、テメェもなんで俺のヘッドホンをまた盗ってんだよ」


「あ、はは。へへー。て、あ!たっちゃん!」




金髪にピアスの新城司しんじょう つかさに私は眉を顰めながら睨まれて、つい舌をペロリと出して誤魔化した。




そんな私が座り込む白の廊下の遥か向こうに、誰よりも気怠けに歩く黒髪に泣きボクロが目立つ男が見えた。



「先生っ!おはよ」


「おう。」



ガラッと勢い良く開いた教室の扉。そこから満面の笑みで顔を出したのは、長い黒髪の少女…近藤弥衣こんどう やえだ。



白い教室の扉を両手で開かせて、跳ねる様な動作で先生を見上げて笑う。



それに淡々とした返事をする担任の橘幸則たちばな ゆきのりこと、たっちゃんは弥衣やえの頭をポンポンと2回叩いてこちらに視線を向けた。




「……おい、お前ら何してんだ」


「「たっちゃん!!光稀(郁)が!!!」」



気怠けに歩く彼が、廊下の真ん中で喧嘩をする2人を見つけて、タブレットを肩にトントンと叩かせながら尋ねた。



それに、仲がいいのか悪いのか、2人は声を揃えてタイミングも同時にたっちゃんに訴えた。



「テメェらは今日も騒がしいな。ンだってんだよ?」



煩い2人の声に片耳に指を突っ込みながら、心底怠そうな様子で言うたっちゃん。それに窓枠に頬杖をついていたつかさが答えた。




ゆう光稀みつきに数学の宿題のページ数を間違えて教えたンだよ。」


「くっだらねぇな、カス共。」



それに心底、面倒そうな言葉を吐いてたっちゃんは教室へ続く扉を開いた。




「………」


ガラッと白い扉を開けた橘は、視界の隅にふと見えた廊下の壁がボロっと激しく壊れているのを見つけた。


それを見て、橘の顔が歪む。どんどん眉の間が狭くなり、顰めってその口の端から唸る様な低い声が漏れた。、



「…ていうか、テメェら……そんなくっだらねぇ喧嘩にHALハル使ってんじゃねぇよ!」




どんどん険しくなるたっちゃんの顔、そしてゆうのシャツの後ろ襟と、光稀みつきの制服の裾を勢い良く引っ張った。




「うぐえっ」


「ギャッ」



2人の断末魔が聞こえたかと思えば、そのままガツンッと鈍く痛そうな音がして。


(うわっ、いたそっ)と私が反射的に片眼を瞑った時には、タブレットの角でゆう光稀みつきの頭を殴られていた。




「「ッッッいてええええ!!」」



HALハルの攻撃音よりも煩い2人の声に私も耳を塞ぐ。頭を押さえて、呻き出した2人にたっちゃんはもうそちらを見ることなく、言う。




「出席取るぞ、席についてない奴は欠席な」



「いてえ!いてえよ、たっちゃん!俺ら、HAL持ってても死ぬときは死ぬからな!?いてえよ!?いてえよ!?」


「うわああああああッ!」



異能【HALハル】も決して万能ではない。HALを持っているからと言って、寿命が延びるわけでもないし、治癒能力があるわけではない。



普通の人間と同じように、怪我もするし病気にもなる。ただ少し、人よりも【異能力ハル】があるだけだ。




ゴロンゴロンと白の廊下に寝転んで呻く光稀みつきに、涙目になってやっちゃんに訴えるゆう



「はーい、有馬郁ありま ゆうー。いないなー?欠席。」



白い扉から、白い机が並ぶ教室の中へ入ってきたたっちゃんは、教卓の前に立ってタブレットを操作する。




「いますいますいますっ!はーい!有馬郁ありま ゆうここに!!」


「はいはい。」



欠席。と言う言葉を聞いた途端、涙を引っ込めてゆうは素早く自分の席についた。ピンッと腕を真っ直ぐに、大きな声で返事をした郁にたっちゃんが溜め息混じりに答えた。




ゆう、お前後で報告書書けよ。あの廊下の損傷、責任持って学園長に報告しに行け。」


「ええええっ!?」



淡々と言うたっちゃんゆうがガタンッガタッと激しく席を揺らして、驚いた声をあげる。



「テメェの無断HAL使用じゃねえか!何度、言われたらわかんだ、この馬鹿!光稀みつき!!テメェもいつまでも廊下に転がってんじゃねえ!粗大ゴミで捨てるぞ!社会のゴミ!」



「言われ様がひでえ!!精神的虐待だ!」



怒鳴り声を上げたたっちゃんに、先程のゆうと同じ様に涙目になった光稀みつきが声を上げた。




「テメェは毎週毎週、問題を起こしやがって…。これ以上やったら、テメェそろそろ退学だぞ。」


「それは困る!」



ギロ、と教卓の前に立ったたっちゃんに睨まれた光稀みつきはすかさず白の廊下から立ち上がり、素早くゆうの後ろの席に腰掛けた。




「ったく。…出欠続けるぞ、伊藤有華いとう ゆか


「はい。」



たっちゃんの溜め息を最後に、前後の席に座ったゆう光稀みつきが言葉を交わすことはもう無くて、ただ淡々とした出席確認が始まった。



白い壁の元にヘタリ込んでいた私も慌てて、立ち上がり自分の席に座る。紗桜や司も窓枠から離れて、自分の席に落ち着いついた。







HALハル


異能が確立したこの世界で、異能を行使するのは【HAL保有者】にとっては、日常的なことだ。



「全員いんな。よし、今日もお前ら素直に勉学に励めよ、くれぐれも俺に迷惑をかけないように。」



なんて教師あるまじき言葉を吐いて、たっちゃんは教室を出ていこうとする。



たっちゃんが白い扉に手をかけたと同時に、ホームルーム終了のチャイムが鳴った。





橘幸則たちばな ゆきのり


彼も私たちと同じ【HAL保有者】だ。18歳で発症した彼の眼は、既に23歳を超えたが未だに青緑色だ。




高位の【HAL保有者】だからこそ、23歳を超えてもHALは存在する。力は弱まるが、HALはその対象が生きているまで同じように生き続ける。




HAL細胞保有者と保有者でないものを分けるために、ありとあらゆる実験がさせられた。


産まれたての子どもたちには、遺伝により目の色が黒ではない子も出てきてしまう。



それを無くす為に、全国の病院は産まれたての子どもたちの瞳に黒の色素を入れている。





HAL保有者でない一般人の眼の色は、黒。真っ黒だ

街を行き交う人々の殆どがこの色を所持している。



次に【Hランク】のHAL使い。少し強くなった少年少女の眼は、茶色を宿し能力を発症する時のみ、青く蒼く光り輝く。




そこからGランク、F、E、Dとランクは上がっていく。そしてそれと同時に、茶色、薄茶色、白、水色と瞳の色は変化していく。




HALハル】何年何十年も前に、確立されたその細胞は、人類の未来と歴史を大きく変えた。



【HAL細胞】発症国である日本は、海外にもその細胞の研究成果を説き、そしてその人材を派遣した。



あっという間に日本は、世界のトップクラスに位置付けられ、戦争にも多く参加し、陳腐な世界制服をもくろんだ。




しかし、その戦争に使われた武器の多くが国民…【HAL保有者】である子どもたち。



【国民主義】だった日本はすぐに国民から戦争で13歳から23歳までの【HAL保有者こども】を使うことを強く反対され、またも直接な戦争をしない国に逆戻りしたのだ。




後方支援でも充分、日本の兵器ハルは役に立ち需要があるからだ。


戦争時代のせいで多くの人間が死んだが、それ故に多くの子どもが生まれた。【HALハル細胞】を体内に潜在させた子どもが。



「……今では、日本は【HALハル保有者】や【HALハル細胞保有者】の人身売買等も禁止し、13歳から23歳までの青少年の安全、人権を守ることを法律で定められていますね。」




なんて白い机に頬杖をついて、授業の内容を右から左へ流す私。喉の奥から重たい眠気が上ってくる。



「ふぁ…」



吊るされたスクリーンにパワーポイント、もう黒板やチョークなど身体に支障を来たす可能性がある物は廃止された。




歴史 公民の授業で少し禿げた感じのオデコを気にした男教師がパワーポイントを指しながら、授業を続ける。



飽きるほど聞かされたこの世界の歴史と現状。この学院に入ってからは、永遠とHALについて私たちの細胞を使いつつの実験が繰り返されているし、HALハルについて嫌というほど叩き込まれてきた。



「楠葉…楠葉」



そんな時後ろからツンツン、と何か尖った物で背中を啄かれる感触がして、私は頬杖をやめて後ろを振り返った。




「なに、弥衣やえ?」



私の後ろの席には、近藤弥衣こんどう やえ。私の背中をついたのは、そんな彼女の綺麗な指先だ。


長いストレートの髪を、窓から漏れてくる風にフワリフワリと靡かせて彼女は少しイタズラっ子のような笑みを向けてきた。




「この後の身体測定、勝負しようよ。」


「…何の」




勝負事が好きな弥衣は小声で私にそう言って、ニヤリと笑みを向けてくる。その言葉の先には嫌な予感しかしない、私は少し眉を顰めて問い詰めた。



「そんなのHALハルの能力調査に決まってんじゃん。」


「ハア?まさか本気で測定受けろって言ってんじゃないよね?」




当たり前、と言う彼女に私は少し声が大きくなりながら眉間にシワを寄せた。そんな本気で身体測定なわて有り得ない、まずそんなことできるわけが無いのだ。この、私が。




「いいじゃん、少し校舎破壊するくらいでしょ?ねえ、つかさ




眉間にシワを寄せて大きく低い声で言った私に、今度は弥衣やえが眉を顰めて不服そうな顔をする。



そして同意を求める様に、座っている席から横に身を乗り出して私の前に座る司に問いかけた。



そんな司…金髪頭は、私の前…白い椅子に座り白い机に頭を突っ伏させ熟睡していた。ムクリ、と起き上がった彼の耳から黒のヘッドホンがズル、と首元へ落ちる。



隠れていたシルバーのピアスが覗いて、窓の外から漏れてくる光が小さく反射した。



「あ?…ンだよ、何の話」


「身体測定、楠葉と勝負しようかと思って」



面白そうに笑って言う弥衣に私は溜め息をついてしまう。



そんなことできるわけがないのだ、今現在だって私の利き手である右手、その手首は鉛のように思いシルバーのリングブレスレットで覆われている。




「やめとけよ、校舎全壊すんだろ。」



「私はしないよ!ちゃんと制御できるもん!」



「いやお前も出来ねえだろ。特に楠葉なんて尚更できねえじゃねえか。やめとけ。」



そう司が呆れた顔で言うと、弥衣はそれを否定せずにムスッとした顔でむくれる。そんな弥衣に溜め息をつきつつ、司は言葉を続ける。




「勝負なんてアイツらだけで充分、」





そしてチラリ、と教室の端の方にある机を見た。そこにいるのは、パーマががった茶髪の男、と黒目の肌に黒い短髪の男。



司の視線を追った私たちは、その光景にこれから先に見える未来を理解して、無言で大きく首を縦に振って溜め息をついた。



「…二人して寝てるし。」



グウグウと気持ちの良さそうに机に突っ伏して眠る二人。成績が悪いというのに、授業を真面目に受ける気も無しだ。





先程の授業で結局、課題を提出できなかった2人は見事に担当講師からゲンコツを頂き、拗ねた様に机に突っ伏して今現在にまで至る。




いったいいつまで寝ている気なんだか。


私はそんな2人から視線を外し、風が漏れる窓の外を見つめた。フワリフワリと舞う風が、窓の外に見えるグラウンドに土埃を立たせている。


木々が揺れて鳥が飛び立つ、目を閉じれば遠くから体育の授業を受けているであろう生徒たちの声が聞こえてくる。




なんとも平和なここは【城陽大学附属じょうようだいがくふぞく橘学院高等部たちばながくいんこうとうぶ



幼等部から大学院まであるココ、殆どの生徒がHALハル細胞保有者で、学園はHALハル第一発症者の橘 獅童の家系…橘家が率いる大学校である。





そんな学園に中学から通っている私も、HAL保有者で、防御性のあるHALを操る能力を持っている。



私のHALは、姿形を私の思いのままに変えられ立体的な図形の様に展開される。その全てがHALの力を受けない為、仲間をHALの攻撃から守るために使用している。




つかさ弥衣やえ紗桜さらも、ゆう光稀みつきも……いや、クラス全員がHALの保有者である。


中学から共にこの学園に通っている私たち


ゆう光稀みつきは、昔からあんな感じで、大の仲良しの癖に喧嘩を日常的に繰り返し、HAL使用の殴り合いをして、毎度毎度説教をされていた。



「ぐぅ…」


「んがっ…」



いびきをかく2人には反省の色なんてものはないのだろう。








所代わり…、騒めく街の中行き交う人々から外れて、まるでその明かりをふと吹き消すように、街の路地の奥へと不気味に闇が続いていく。




「……ど、して」




白い肌、華奢な体がガクガクと揺れていた。震える太腿、膨ら脛が震えたと思えば、その体にはビキビキと血管が浮き出てきた。




「い、や…いや、」



カシャンッと音がして、コンクリートの地面に注射器が落ちた。その先の針からは、薄緑色をした液体が漏れた。




そしてそれと同じ様に、彼女の華奢な腕からも薄緑色をした液体がドロリ、と垂れた。そして直ぐに、そこはまた太腿、膨ら脛と同じようにビキビキッと血管が浮き出ては膨張する。





「ぁぁあぁぁあ"あ"ぁ"ぁ"あ"っ」




どんどん低く鈍い声になっていく彼女の悲鳴が、大通りまで漏れ、行き交う人々の耳に届いた。ふとその中の一人が路地裏を、ヒョコと覗いた。



「っひ、ひ、……ひぃっ」



路地裏にいたソレを見て、一般人が青ざめた。




「ゔぁぁぁぁあ"あ"あ"っ」




不気味な悲鳴…いや雄叫びが、そこに響いた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…………



「つぎーっ!中谷なかたにうらら!」


「はーい。」



体育講師の持つホイッスルがさっきから幾度も鳴り響いている。そしてそこら中から、爆発音。HAL故の。





平和な学園には、何故か頻繁に行われる【身体ハル測定】がある。




光稀みつき、ぜってぇテメェなんかに負けねえからな」


「は?何熱くなっちゃってんの?キモ。」


「アア!?」



グラウンドに体操着姿で列を成す私たち。そんな中でまたロクでもない言い合いが始まっていた。


すれ違い座間に光稀みつきを挑発するゆう、それに光稀みつきが馬鹿にするような口調で嘲笑うものだから、ゆうがまた光稀みつきに凄んできた。




身体測定と言っても、身長体重他体内細胞の精密検査程しかなく、それが終わった現在はこれからHAL能力調査に入るところだ。



「ふあぁ。また始まった」


「よくやるねぇ、あの2人。」



陽の当たるグラウンドの中心は、暑すぎて私と弥衣やえは、日陰にひっそりと置かれたベンチに腰掛けていた。



「テメェ、50メートル走、何秒だったんだよ?」


「あ?そういうテメェは握力何キロだったんだ?あ?」



凄み続けてどんどん距離が近くなる2人。体操着姿で、睨み合う彼らは周りから見ると何とも滑稽だ。



「あの2人、大して変わらないだろうに」


「身長も同じ175センチだもんね。」



太陽に照らされて光稀みつきの白い肌が目立つ。そしてもちろん、それに対面するゆうの黒い肌も目立つ。



焼けて、皮膚がめくれてしまう光稀みつきとさらに色素を染められ、肌が黒くなるだけのゆう


身長が同じな割には、見た目が大分違う。まあ、双子でもないのだからそりゃそうだろう。それでも彼らの喧嘩はまるで兄弟のようだ。




「テメェなんかどうせ俺より能力的に下だから」



ほらまた光稀みつきが親指を逆さにして、落とす様な仕草を取り、舌を出してゆうを馬鹿にする。茶髪のパーマに、ピアスがそんな仕草をとれば、もうチャラいと言う言葉で表す他に何もない。




「は?お前、別に能力的に強いわけじゃねぇじゃん」



そしてそれに額に青筋を立てた黒い肌のゆうが反応する。ゆうの短髪に白い歯、外見からは爽やかな雰囲気を出すけども、性格は小学生の様なもの。




「おーい、次!光稀みつき大柴光稀おおしば みつき!!って、ゆう光稀みつき!テメェらまたやってんのか!?」



グラウンドの中央で、身体測定を進めていたたっちゃんもホイッスル片手にこちらの様子に気がついて大きな声を上げた。


言い合う2人の知能はあまりにも低いから、小学生の様な喧嘩になっている。怒鳴って言い合い、その内手が出る。



ほら、今も…


「だいたいテメェいつもキメぇんだよ!ばーか!」


「あ?調子に乗ってんじゃねぇよ!はーげ!」


ロクでもない喧嘩がヒートアップし、それぞれの眼が次第に、青く蒼く光ろうとしているのがわかる。



「やめなさいってもう!!」




そんな時、凄み続けた2人の頭が強くパシンッと叩かれた。ガクッとそれに垂れた2人の頭、それを見た私と弥衣は


「「あ。うらら」」


彼女の名前を木陰の中からポツリと呼んだ。



今にもHALを使用して喧嘩をおっぱじめようとしていたゆう光稀みつきの頭を鋭く叩いたのは、派手な髪色をした少女。




長い金に近い色をした髪を2つに結って、そのひとつひとつが綺麗に巻かれている。長い睫毛に大きな黒目、見た感じはもうギャルの女子高生って感じだ。



「うらら、だって光稀みつきが!」


「は?俺悪くねぇから!」



そんな中谷なかたにうららに頭を叩かれた2人は後頭部を抑えながら、彼女の方を向いて自分は悪くないと反論する。



「はいはい。ほら、早くたっちゃん呼んでるでしょ」



2人の反論を中谷なかたにうららはサラッと流して、光稀みつきゆうの背中をグイッとグラウンドの中央で待つたちばなの方に向かって押した。



ゆう光稀みつきも何度も暴れないでよ。第3班のリーダーとしてアタシが恥ずかしい! 」



溜め息混じりにそう言って、彼女は呆れた様な目を2人に向けた。ロクでもない喧嘩をパンっと2つに裂いて、何処かへ投げた様な彼女に当の本人たちは少し不服そう。




「さすが、母親うらら代わり、綺麗に納めましたね。」



クラスの中でも喧嘩を日常的に繰り返し、煩い2人。面倒ごとな2人をああも簡単に納められるのは、彼女だからだろう。




「よし、うらら!とっととソイツら連れて来い!また馬鹿喧嘩始める前に測定終わらせるぞ!」


「うーん」



グラウンドの中央からたっちゃんが馬鹿2人の隣に並ぶと、かなり背が小さく見える彼女、私よりも少し高いくらいでせいぜい158センチくらいだろう。



そんな彼女はグラウンドの中央に向かって、大きく返事をして馬鹿2人の背中をもう一度バシリ、と押した。



「ほら!行く!」


「うららは終わったの!?」


「アタシはもうやったよ、馬鹿!」



背中を押された2人は、お互いを横目で睨みつつグラウンドの中央に待つたっちゃんの方へ向かう。



そんな2人の背中を見て、うららは溜め息をついた。




「うーらーらー。」




そんな母親の様な背中に木漏れ日の中から声をかける。それに気がついた背中が、ピクリと動いて後ろを振り返った。



「何、サボってんのよ。楠葉くずは弥衣やえ



木漏れ日の中にいる私たちを見つけて、中谷なかたにうららもそそくさとこちらに向かってくる。焼ける焼ける、と今も体操着の袖から出ている白い腕をタオルで覆っていたのだ。



「私たち、第5班は測定まだだから」



そう言って私は、グラウンドの端で他のクラスメイトと戯れるつかさを指した。その横にある日陰には、紗桜さらがお喋りをしてる。




「第1班、第2班はまだ細胞精密検査中で教室だしね。」


「あー、アタシも早く校舎なかに入りたい」




黒髪ストレートヘアの弥衣やえとはまるで正反対のうらら。その綺麗に巻かれた金髪、施されたメイク、確かにこんな暑いグラウンドにいては砂埃で髪はボサボサに汗でメイクが崩れてしまいそうだ。




「いやー、でもあの2人待ってたらまだ当分無理でしょ」


「ほんとアイツらしょうもない。とっとと終わらせて欲しいよ」



ハアッと短い溜め息を漏らしたうららは額に手を当てる。そんな彼女の後ろ、遥か向こうでは2人が睨み合い、その中心にバチバチと火花を放ちながら、測定を受けていた。



そんな時、


ビーッビーッビーッビーッ…!


グラウンドの端、校舎の中、中庭から警報が響いた


途端、グラウンド中に散らばっていた私たちはピタリと動きを止めて、その警報を見つめた。



「っ、全員授業やめ!」



グラウンドの中央にいたたっちゃんは大きな声でそう言って、彼もまたその警報に耳を澄ますように顔を上げる。




『北区3番地で、異変を起こしたHAL保有者の女子校生を発見。自衛隊が出動していますが、危険値が上下し大変危険な状態だという事です。橘先生、Sクラスの出動許可をお願いします』



学校中に響いたその放送に、たっちゃんが顔つきを変えた。そして、すぐに真剣な表情でこちらへと振り返る。



ジャージ姿で私たちを見渡し大きな声を上げた



「お前ら放送は聞いたな!第0班!佐乃雅みやび伊藤有華ゆか!指令室に入れ!」



「りょーかいした」


「はい。」


バッと大きく手を振って、私たちに指示を出す。それにそそくさとグラウンドの隅にいた少年と少女が後者へと向かって走り出した。




「測定が終わった班はどこだ!?」


それを確認したたっちゃんは残りの私たちを見渡して、問うた。残念ながら私たち、第5班はまだ測定を受けていない。つまりそこから先の班も受けていないということだ。



「……あー、」



私の横に立つうららが眉を顰めながら、何とも面倒くさそうな声を上げた。溜め息混じりのその声に私もつい苦笑いを漏らして、納得する。



第1班、第2班は既に校舎なかで次の検査を受けている。そうなると、残る班は……



「あー、と…せんせ。第3班なら大柴光稀みつきの検査を終えて、たった今出動可能です。」



苦笑いで渋々と言う様に、うららがたっちゃんの問に、手を挙げた。



「おっおっ?俺ら任務?来た?キタコレ?来た?」


「おおおおっしゃぁぁ!ドーンとこーい!」



そんなうららを見て、グラウンドの中央隅あたりにいた2人がガッツポーズをして、雄叫びを上げている。



「………お、お前らか。」


「なんかゴメン。」



それにガクッと項垂れたたっちゃんはチラリ、とグラウンドの中央隅あたりにいた有馬郁ゆう大柴光稀みつきを見た。



うららの謝りに、項垂れたたっちゃんは大丈夫だと言う様に首を横に振って、



「いや、異変を起こしたってことはかなり面倒なことになってる可能性がある。強行派のお前らでよかったよ。」


とうららに向かって、掌を向ける仕草をとった。




「まあ、よし。じゃあ第3班 有馬郁ゆう大柴光稀みつき、中谷うらら。任務を言い渡す。」


「「うおおおっしゃ!バッチコーイ!!」」



たっちゃんの声に、後ろ2人が大きく手を振ってからまたもガッツポーズをしてみせた。



「おい!馬鹿2匹!ちゃんとうららの言うこと聞くんだぞ!」


「「おっけー!」」




釘を指すように怒鳴るたっちゃんに2人は何も気にすることなく楽しそうな声を上げた。つい木陰の中で微睡んでいた私たちもハーア。と大きな溜め息をついた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……………




「ゔぁぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁぁあ」



膨れ上がった太腿に膨ら脛、メキメキとまるで破壊するように膨張し出した体は、コンクリートの壁を突き破りまるで巨人兵のようだ。



ガシャンガシャン、とコンクリートの壁に穴が空き、そのまま建物が崩れる。狂い狂った様に雄叫びを上げ、暴れ続けるソレの体長は3メートル以上。




「ァアアァア"アァ"ア"ア"ァ"アア」



その眼球は蒼く鋭くこちらを睨みつけて、また雄叫びを上げる。ブンッとその巨体を回転させるように歩いて、膨れ上がり血管が浮き出た腕を大きく振り回す。



「全体回避!」



ガッチャガッチャと音をなして、黒い甲装を纏った軍隊が装備を構えて、その巨体の化け物を包囲した。


ドゴォォオンッッとコンクリートの地面を叩きつけたその拳は、そこに大きな大きな穴を生み出す。アレに潰されたら一瞬で命の灯びが消えるだろう。




「HAL制御装置作動!」



黒い武装をした自衛隊は、包囲した状態のままだが少し怯んでいる。



「ぐっ…」


「な、なんだこいつ」



だって、目の前にいる化け物は巨体に膨れ上がった筋肉、だというのにスカートにブレザーという女子高生の格好だったから。



「民間人の避難は!?」


「完了しています!」



目の前にいるソレのボサボサに乱れた髪からはもう本当に『彼女』だったということがどうにも想像もできない。




「ァアアァアアなんで、あああ…」



低く恐ろしい声を上げるソレは、蒼く光る眼球それを覆う肌色から涙を流している。暴れたせいでボロボロになった体、に不釣り合いな一筋の涙。




「ゔゔゔあ"あ"どゔじでえ"あ"あ"ぁ"」



鈍い声を上げるそれがまた拳を振り上げる。これ以上、街を破壊されるのは危険だと自衛隊を纏め率いる先頭に立つ隊長が大声を張り上げた。



「全隊射撃用意!対象を鎮圧する!」



その声に、化け物を包囲していた黒い武装をした彼らが構えの体勢をとった。でもそれに化け物は容赦なくその拳を振り下ろして来た。隊長がそれにサアッと青ざめたが回避するには時既に遅し、勢いよく振り下ろされた拳が自衛隊の部隊に直撃し、ドオオオオンッと地響きを奏でた。


「ガアッ」


「グアアっ」



自衛隊の部隊は吹き飛び、陣形が崩れた。黒い武装もHALの制御装置も拳の威力には成す術もなく負傷をした戦士らが目の前の化け物に怯み、膝を着いてしまう。

それを好機と思ったか、いや化け物に意識はなく混乱と興奮のままにか、ソレは拳をさらに振り下ろして来た。


「全員回避っかいひっ!」


大きく手を振り指示を出す、隊長の声も膝をついてしまった戦士たちにはどうやら届いてないようで、か細い悲鳴を上げながら彼らは膝やら尻やらを地面に這い蹲らせたままの状態で1、2歩後退する。



「あ…ああ…」



青ざめた顔は蒼い眼光を帯びたソレに向けられた。絶望を帯びた自衛官の一人に向けてソレの拳は大きく振り下ろされた。


「第3班 コード001【HAL】射撃!!」


でもその、膨れ上がり巨大化した拳はその声に過ぎられ


「ドッカーーン!」


何とものんきなその声と共に襲ってきた青白い光の閃光に邪魔された。幾千もの光の閃光がどこからともなく、それに向かって飛んできた。青白い光に包まれたそれが振り下ろされた拳にぶつかる。


同時にドコオオオンッと凄まじい爆発が起きた。青白い光の閃光は拳に当ったと同時に爆発し、化け物のその腕が後方に弾かれ、激しく払い飛ばされた。その反動で女子高生の姿をした化け物はバランスを崩し後ろに尻餅を突くようにして倒れた。






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