教官
情報収集をしようと、俺はこのゲーム世界を開始した地点から程近い、マーリハジの村に来ていた。
この村はチュートリアルを受けた箇所からも近く、道中にモンスターが現れることもない。チュートリアルのオッサンにも最初に行くことを薦められる。
この村はゲーム初心者の拠点として扱われることが多い。
なぜならこの村では、ゲームのシステムや操作の基礎を学べる、初心者用クエストを受注できるのだ。
初心者用のクエストはゲームのシステムや進行の仕方を十分に理解していれば、クエストをクリアしてもらえる報酬などの面を考えても、さほど旨味がある物でもないのだが、個人的に思うところがあり、立ち寄ってみた。
その思うところというのは、UFOで消された人の中で、このヒーローアブセンスの世界に来てしまったのは、果たして俺だけなのか、その確認のためだ。
俺がUFOに消された状況と言うのはかなり特殊なケースだと思う。
他の消された作戦に参加した隊員や、研究メンバー、無断でUFOに接触した一般人とは違う所に飛ばされている可能性もある。
このヒーローアブセンスの世界に飛ばされたのは俺一人なのか、それとも他にもいるのかは、やはり確認しておきたい。
「そこの君、すまないが、ちょっと話を聞いてもいいか?」
その確認は思った以上に早く出来た。
街にはいってすぐ、見知った顔に声をかけられたからだ。
「はい! なんでありますか!」
思わず条件反射的に、背筋を伸ばして対応してしまう。
「あ、すまない。そう固くならなくてもいい。私は 陣貝 優 というものだ。怪しいものではない。少し話を聞きたいのだが大丈夫かね」
俺に声をかけてきたこの男は、今回のUFO侵入作戦の総指揮をとり、人間離れした訓練の教官でもあった。陣貝教官その人であった。
「はい! 大丈夫でありま・・・あ、大丈夫です」
普段、気軽に話せるような間柄ではないので、肩肘の張った対応をしていたが、よくよく考えると自分は女になっていた。
肩肘を張った対応をすることで、俺を警戒するように、鋭くなっていく教官の視線を感じ、慌てて対応を変える。
「・・・・・・そうか、では、率直に聞きたい。君は、『日本』から来たのかい?」
陣貝教官はまだ少し警戒心は残しているようだ。少し様子を見ながら接して、対応を決めよう。
俺が実は作戦メンバーで、ゲームに入ったことで女性化したといっても信じてもらえるかわからない。
「はい、日本から来ました」
「差し支えなければ、日本にいた頃の職業や所属を教えてもらいたいんだが、いいか?」
「・・・・・・それは、」
言われて考えてしまう。どうやら、UFOに消された人間はここに飛ばされていた可能性が高いようだが、となると、俺がここに飛ばされた理由というのは、少し考えないといけない。
馬鹿正直に作戦のことや、UFO内への侵入を話して、俺が実は作戦メンバーの1人で、女性化してしまった。ということを伝えたとして、信じてもらえるだろうか。
信じてもらえなかった場合はどうなるだろう。UFOの中に入ったことや、もともと男性なのに女性としてここにいるなんて話は、結構眉唾ものだ。
極秘であったはずの作戦の詳細や、訓練のことを話しても、信じてもらえなかった場合、俺はどういう扱いになるのだろう。
どういうわけか極秘情報を入手して、現在の状況を利用して更に情報を集めようとするスパイ・・・と思われるとか?
いくらなんでもそこまでの発想に陥るだろうか? そこまで思われなかったとしても、頭のおかしなな奴と思われて、警戒や束縛をされる可能性はあるか。
俺が今経験している女性化をしてしまったという状況は、普通ならとても信じられない状況だ。
だが、そんな普通なら信じられないような事を、真実と合わせて大まじめに説明されると、疑り深い人ほど、果たしてそんな信じられないことを平気で人に言えるだろうかと疑心暗鬼になり、信じてしまうこともあると、昔何かの本で読んだ気がする。
まあようは、ここで信じてもらえるか信じてもらえないかは、その人の人となり次第といったところだ。
数ヶ月に及んだUFO侵入作戦の訓練中、陣貝教官には何度か飲みに誘われたことがある。
しかし、通常の人間が持つ力以上のパフォーマンスを強いる作戦のために必要な訓練というのは、過酷を極め、訓練終了時には指の先一本一本まで疲れ果てていて、とても飲みに行けるような体力は残してはいれなかったので、冗談だと思って全て断っていた。
しかし、後から聞いた話だと、教官本人も作戦の参加者なので、教官をしながら自身も訓練に参加し、俺達と同じかそれ以上のメニューをこなしていたはずなのだが、あの人はほぼ毎日のように夜の街に繰り出していたらしい。
こんなことになるのなら一度くらい誘いを受けていれば、この人の人となりをしれたかもしれないと思ったが、次の日も同じかそれ以上の訓練があるのに、そんなことをしていたら倒れてもおかしくない。やはりあの誘いは受けられなかっただろう。
この人の体力はおかしいのだ。
「まあ、答えにくいのなら無理に答えなくてもいい。各々事情があるだろうからな」
「あ、はい、すいません」
俺が訓練のことなんかを思い出しながら、どう答えるべきか悩んでいた所、陣貝教官はそう言って無理に答えを聞くことはしなかった。これが優しさか、無理に聴きだして他の情報に対しての口が重くなることを回避するための合理的判断かは、俺にはわからない。
「質問ばかりで済まないが、まだいくつか質問がある。我々は、何かゲームのような世界に移動させられたらしい、という状況以外は何もわからない状況にある。できる限り多くの情報がほしい。私も答えられることは答えるから、あまり警戒しないで情報の共有をしてもらいたい」
「・・・・・・わかりました」
その後いくつか情報を交換した。
その中でいくつかわかったことを、整理していこう。
まず、作戦メンバーだが、俺以外のメンバーでUFO内部に侵入できたり、このゲームの世界に来ていないものはどうやらいないらしい。
俺がUFO内部に侵入できたことも、ひどい混戦状態だったので、どうやら誰も知らないようだった。
あと、作戦メンバーの中に、俺以外にもヒーローアブセンス|(教官はヒーローラブセンスといっていたが、)を知っているものがいたらしく、教官は、そのゲームについて知ってることはないかと聞いてきた。
本当は、知り尽くしていると言っても過言ではないくらいやり込んでいたが、少し悩んで、それは隠して知らないと答えておいた。
下手に情報を教えて、頼りにされるのはこまるし、ここはゲームて似ていると言っても、別物になってしまっている部分も多い。教えた情報と違うと揉め事が起こるのは回避したい。それに、俺の知っている情報は、切り札としても使える。数が多いので作戦メンバーの中には信用に足りない人物も混ざっているかもしれない。そういう人物に対応するためには、やはり切り札というのは持っておきたい。
確認したわけではないが、話を聞く感じだと、俺以外の人間で、チュートリアルのオッサンがどこの言葉かわからない言語で話していたり、メニューが日本語表示でなく、読めなかったという現象はなかったようだ。
職業の選択もチュートリアル時に選択したらしく、選べたのは剣士、弓使い、魔法使いの三職だけで、チュートリアルで選んだ場合は、女性の職業の選択肢の中にも娼婦は存在していないようだった。作戦メンバーには女性はいないが、マーリハジの村には作戦メンバー以外のUFOに消された人々が数名いたらしく。その人達にも情報をもらったらしい。
あと、盗賊の職業のことは知っていたみたいだが、今のところ盗賊を選んだ人はいないようだ。
この世界に来た、全員を確認できているわけではないようなので、もしかしたらいるのかもしれないが。
陣貝教官は、初期装備を見る限り、職業は剣士のようだ。
あとは、現在のUFOや政府の様子などを聞かれた。
どうやら教官は既にこの世界から脱出できた時や、今後どういうことが起きうるかに目が行っているらしく、こんな訳のわからない状況に悲観しているといったことはないようだ。心まで強靭なのかこの人は。
作戦メンバーの作戦が失敗に終わった後の、UFOや政府の動向は俺も気になるが、適当なことは言えない。
なぜだかわからないが、UFOの光に飲まれた前後の記憶が混濁してわからないと言い訳すると、そういうこともあるのかと納得してくれた。
他にも、この世界での食事や睡眠のことなど、いくつか重要な情報をもらえた。
数が多いとこういう時便利だ。一人で情報を集めていたら、これだけの情報を集めるのにはかなり時間がかかっただろう。
陣貝教官の日本での職業や立場、なぜそんなにメンバーが居るのかの話は意図的に避けていたので、もしかしたら他にも俺の知らない情報を隠している可能性はある。
しかし、それでも、教えてもらった情報はかなり有用だった。
いろいろと情報を交換した後。
「もしよければ、君も私達のメンバーと共に行動しないか?」
と誘われた。しかしこれは辞退しておいた。
陣貝教官は指揮官としての能力も高い。これだけの情報をわりと短期間で集めたこともおそらく効率よく人を使って成し遂げたのだろう。おそらく、ともに行動することのメリットは大きい。
だがしかしだ、俺は他の人達とはかなり違う状況な部分が多い。職業のこともそうだが、UFO内部に侵入できたのも俺だけだ。
ともに行動していたら、ひょんなことから職業や秘密がバレる可能性がある。
そうなったとき、俺の扱いがどうなるかわからない。あれこれ質問されるくらいならいいが、実験材料のような扱いを受ける可能性もないわけじゃない。
それにだ、俺は訓練中、同室で寝泊まりする作戦メンバーが、何度も、年齢も容姿もどうでもいい、だれでもいいから女性を抱きたいだの、もしいま目の前に無防備な女性がいたら襲わない自信がないなどとほざいていたのは、記憶に新しい。
男ばかりでの生活でも、たまるものはたまる。
あれらの発言はおそらく冗談、もしくは冗談でないにしても実際に行動に移すことはほぼないだろう事はわかる。
治安国家日本の男達だ、一緒に行動したところで、俺が強姦されるようなことはないかもしれない。
だがそれは、可能性が低いという話で、絶対ではない。
それにだ、襲われなかったにしても貞操を奪われる可能性はある。
たとえばだが、最初は、絶対に触らないから下着だけ見せてほしい! みたいな懇願から始まる場合だ。
俺ももともと男だったから、性欲が溜まり過ぎる苦痛はわかる。
しつこく何度もお願いされれば、下着だけならと受け入れてしまうこともあるだろう。
最初のうちは本当に下着を見せるだけで済むかもしれない。だが、それに慣れていくうちに胸だけ出して欲しいとか。
胸をもませて欲しいとか、少しづつエスカレートしていって、最終的に体を許してしまう。
ありえない話ではない。
俺も女性の体でのそういう経験に興味が無いわけではないが、メンバーには訓練で知っている顔が多いのもある。やはり抵抗はでかい。
なし崩しにそんなことになれば、絶対後悔するだろう。そんな事態は避けたい。
教官は、俺を無理にさそう気はないようで、無理強いはされなかった。
ありがたい。
「では、連絡先だけ交換してくれないか? ゲームの機能で、特定のメンバーと通信する機能がある。それを登録したいのだが、構わないだろうか」
「あ、はい、構わないです」
一緒に行動はできないが、やはり数というのは強い。
連絡先を知っておくことのメリットはでかいし、教えることにさほどデメリットはないだろう。
俺はそれを了承する。
「では、決定したキャラクター名を教えてもらえるか? こちらから登録の申請を出す操作をするから、腕輪から出てきた画面で承認をするだけで済む」
「あっ」
そこで気づく、俺は名前を本名で登録していた。明らかな男の名前だ。下の名前しか入れていないが、作戦メンバーの名前は把握しているだろう。何か言われるかもしれない。
しかしここで嘘をついてもバレる。仕方ない。
「その、龍一郎です。えっと、本名なんですが、ちょっと家庭の事情で、詳しいことは聞かないでいただけると助かります」
「りゅういち・・・あ、いや、えっと・・・、うん、そうだな、わかった」
付け足した言い訳が効いたらしい。
これで詳しいことは聞かれないだろう。たすかった。
程なく、陣貝 優をフレンドとして登録しますかと言う承認の画面が出て、それを承認する。
「メニューの開き方などは先ほど説明したとおりだ。なにか困ったことがあったら気軽に連絡してくれて構わない。あと、何かめぼしい情報があったら、教えてくれると助かる」
「はい、わかりました」
「あ、そうだ、一つ頼み事をしたい」
「え? えっと、内容によりますが・・・」
「いや、難しいことじゃないんだ、先程ちらっと話したと思うが我々の仲間のうちの一人が、未だ行方しれずなのだ、君と同じ名前で、瀧留 龍一郎という名前の男だ。割と背が高く、骨のある男なんだが、少々むっつりな性格をしていてな。君のような可憐な女性を見つけたら、胸や尻をチラチラ見て、ニヤニヤしてるはずだ。そういう男をみたら、連絡がほしい」
失敬な、ニヤニヤなんかしない。
たぶんだが。