あなたの職業は娼婦です
「ふぅ」
これまでの経緯を脳内で整理し終え、一息つく。
やはり、こうなった経緯を整理したらかなり落ち着いた。
今なら現実を受け入れられるかもしれない。
そう思って下を見る。
そこには自分の胸があった。
いや、胸があるのは普通だ。人間ならだれだって胸は持ってる。この言い方は適切ではない。
言い直そう。
俺は下を見た。
そこには自分のおっぱいがあった。
そう、男性のはずの俺に、女性の胸がついているのだ。乳腺が発達し、膨らんだ女性の乳房が俺の上半身についていたのだ。
「・・・・・・やっぱり無理だ、この現実は俺には厳しすぎる」
もう一度最初から回想をやり直せば、次はこの現実を受け止められるだろうか。
いや、無理だろう。
もう一度恐る恐る自分の体を確認する。
その体には見覚えがある。
まず胸だが、上向きで、手で包めるのより少し大きいくらいのサイズ、くっつきすぎず離れすぎず、どこか上品さを感じる仕上がりの形。うん、俺が数十分、手探りで読めない文字のパラメーターをいじり続け辿り着いた理想の胸に間違いない。
おしりもそうだ、大きすぎず小さすぎず、上向きで、どこか幼さの残る未完成の尻。こだわりぬいた形だ。見間違えようがない。
やはりだ、UFOの中でキャラクター設定をして作った女の子の体に、俺の体はなっていた。
違うんだ。そうじゃないんだ。俺は、どうせゲームで女性キャラを使うのなら画面の向こうから動かしていて揺れるおしりや胸を楽しめるキャラを作ったのだ。
自分がそのキャラになって生活することになるキャラを作ったのではない。
これじゃ鏡を見た時くらいしかこの可愛さを楽しめないじゃないか!
・・・・・・いや違う、そうじゃない。それももちろんとてもとても重要な事だが、今重要なのはそこじゃない。
俺は今ゲームの世界にいる、と言うのが一番の問題だ。
周りを見る。見覚えのある場所だ。
そこはオンラインゲーム、ヒーローアブセンスのチュートリアルのオッサンがいる部屋だった。
最後にプレイしたのはもう何年も前だが、このゲーム内容はよく覚えている。
確か、別の世界で勇者に倒されて逃げてきた魔王が、勇者の存在しないこの世界にあらわてしまう。
魔王のついでに魔法やらいろいろなものが一緒にやってきたせいで世界がめちゃくちゃになっている中、勇者ではないが立ち向かう意志のあるプレイヤーたちで、魔王を倒そう。と言うコンセプトらしい。
魔王を倒しても、勇者じゃないととどめを刺せない。だからしばらくしたら復活すると言う設定なので、定期的にイベントで魔王が現れる。それをプレイヤーたちで何度でも倒して世界の危機を食い止めようとするという、そういうストーリーだったはずだ。
で、確かこのチュートリアルでは、目の前にいるこのオッサンに本当に魔王に立ち向かう戦士になるつもりなのかと確認されるところから始まるはずだ。
だがだ、ここで俺はひとつの重要な問題に直面していた。
オッサンが何を言ってるのかわからないのだ。
いや、厳密に言えば何を言っているかはわかる。というか知っている。
サブキャラクターを作ったりするときにこのオッサンには何度も世話になっているので、話している内容は覚えているのだが、それでも、俺にはオッサンが何を言ってるのかわからない。
いや、お前が何を言っているんだと思っているだろうから説明しよう。
オッサンは日本語でも英語でもない、聞いたこともないような言語でしゃべっていて、それに対して俺はなんと返事をしていいのか全くわからないのだ。
チュートリアルすらまともに進められず困惑していると、目の前のオッサンは怪訝そうな顔で、何か問いかけてくるのだが、こんな反応もゲームの時はなかった、このオッサンはゲーム時代は、こちらが返事をしなければ、何時間でも同じ表情、同じモーションを繰り返すくらいで、何か話しかけるといった行動はしてこなかったはずなのだ。
しかしオッサンは心配そうにしてみたり、何か聞いてきたり、頭をかいて困った顔をしたりと、まるで生きている人間のように行動している。
ここは俺の知っているゲームとは少し違う世界なのかもしれない。
しかしどうするべきか、俺は言葉がわからないのでこのオッサンを無視して外に出ようとしたのだが、扉には鍵がかかっていて、出ることができなかった。
ゲームの時もこのオッサンのイベントを進めないと部屋から出ることはできない。つまりここも、このオッサンとのイベントを進めないと、出ることができないと考えていいだろう。
困った。どうしようか。
実は一つだけ、このオッサンと会話をしなくてもこの部屋出る方法がある。
それはこのオッサンを攻撃して倒すことだ。
そうすることでチュートリアルイベントが強制的に進み、ストーリーを進めることができるのだが、それはしたくない。
なぜならそれをすると、職業が『盗賊』になってしまうのだ。
盗賊はは超上級者向けに作られた、特殊な職業だ。
他の職業に比べていろいろなことが制限されていて、選ぶメリットはあまりない。と言うかデメリットしかない。
言うなれば、通常の難易度に飽きたヘビーゲーマー用の職業。と言った感じだろうか。
ゲームにはまりこんでいた俺なので、盗賊の職業を使った経験はある。しかし、今の状況で職業を盗賊にするのはさすがにやめておきたい。
ヒーローアブセンスについてはかなりの情報を知っているという自負はある。しかしそれは、あくまでオンラインゲームであったヒーローアブセンスであって、今こうして現実として経験しているヒーローアブセンスではないのだ。
俺の持っている情報を有意義に使うためにも、メリットの少ない盗賊に職業を変えるのは、やめておくべきだろう。
それにだ。言葉がわからないからといって、ここでオッサンを倒してにイベントを進めたところで、言葉がわからないままなのは変わらないのだ。ゲームについて熟知してると言っても、言葉がわからないままでは行動にいずれ限界が訪れるだろう。
つまりこの、言葉がわからないという状況を何とかしなきゃいけないのは遅かれ早かれ、突破しなければいけない問題なのである。
あ、そういえば。
俺はあることを思い出す。
もしかしたらだが、言葉についてなんとかなるかもしれない。
そのためには、メニュー画面を開く必要がある。
いや、しかし、メニュー画面ってどう開けばいいんだ?
現実世界では、パソコンのキーボードで対応するボタンを押して開いてたが、そんなものは今はない。
頭のなかでメニューって念じるとか?
メニュー、メニュー、メニュー。
何も起きない。
口に出してみるか。
「メニュー、メニュー・・・・・メニューオープン」
何も起きない。オッサンがまた変な顔でこっちを見ている。恥ずかしい。
あ、そうだ。言葉がわからないんだった。メニューって言葉も、今おっさんが使ってる言葉で言わないと効果が無いのかもしれない。
え、もしそうだとしたら、手段がなくなってしまう。
こうなると、やはりオッサンを倒して、イベントを進めた後、なんとかメニューを開くための言葉を探すしかないのだろうか。
そんなことを腕を組んで考え込んでいる時にふと、あることに気づく。
「あれ? なんか腕輪が装備されてる」
今まで気に留めていなかったが、俺の左腕に腕輪がはめられていた。
ヒーローアブセンスにアクセサリーの装備はあるが、剣士、弓使い、魔法使いのどの職業を選んだ場合でも、アクセサリーの初期装備はない。この職業限定の初期装備なのだろうか・・・いや、キャラクター設定の時にこの腕輪は付いていなかったと思う。
もし初期装備なのであれば、キャラクター設定時から付いているんじゃないかと思う。
そんなふうに思って、左腕の腕輪を調べてみる。左腕から外そうとしてみたが外せない。大きさ的にはずせないという感じではなく、何か不思議な力によって外すことを制限されているという印象だ。やはり怪しい。
外すのは諦め、左腕に付けたまま腕輪を詳しく調べてみる。するとそこには、小さなボタンのようなものが付いていた。
「ポチッとな」
別に言わなくていいセリフを言いながらボタンを押してみると、腕輪から光が出て、空中にメニュー画面が形成される。
音声でメニューが表示されるんじゃなくて本当に良かった。
「えーと、確かこのタブが設定だったよな・・・うん見覚えがある。これが設定で間違いない」
何度か声を出していて気づいたが、声が高くなっている。こんな部分も女の子になっていたのかと気付き、なぜか意味もなく声を出して確認してしまう。
我ながらかわいい声な気がする。なんとなく照れてしまう。
そんなことよりも設定タブの中にある目的の項目を探す。
あ、これだろうか。いや、これはフォント変更みたいだ。見たことない文字のデザインを替えたって仕方ない。じゃあこっちか? あ、こっちだ。
目的の項目を見つけた。そこには、見たことのない文字に混じって、いくつか見たことのある文字が表示されている。探してみるものだな。まさかちゃんとあるとは思わなかった。
その項目の中で「日本語」と書かれた項目を選択すると、メニューの表示が切り替わり、完全に知っている設定画面に切り替わった。
ヒーローアブセンスは日本のみでサービスを行っていたゲームではあったが、将来的には世界規模でのサービス提供を目指していたらしい。その一環として、メニュー等の文字表示を他の言語に切り替える機能が実装されていたのだが、結局この機能が世界で使われることはなかったが。
「おい嬢ちゃん、いい加減奇行をやめて、俺の話を聞いてくれないか? 俺はこれでも忙しいんだが」
オッサンの声が日本語で聞こえて、思わず驚いてしまう。
「うわ、ちゃんとボイスまで切り替わるのか。字幕みたいなものが表示されるだけかと思ってた。すごいな」
「おお、ようやく俺の分かる言葉で喋ってくれたな嬢ちゃん。何時間も黙りこんでたり、自分の胸を見てニヤニヤしたり、訳の分からない言葉を喚いたり、どうしたものかって思ってたぜ」
いや、さすがにニヤニヤはしてないはずだ。たしかにちょっと表情は変えたかもしれないが、ニヤニヤなんかしない。俺はそんなムッツリな性格はしていないからな。
それにしても、このオッサン、まるで人間のように振舞っている。やはりゲームだったヒーローアブセンスと同じように考えてはいけないのかもしれない。
「で、嬢ちゃん、話をしても大丈夫か?」
「あ、ああそうか、うん、頼む」
チュートリアルでは、このオッサンからこの世界の説明と、選んだ職業の説明を受ける。全部に「はい」って答えて、アイテムをいくつかもらって、最後にキャラクターの名前を決めれば、終わるはずだ。
なんでこんなことになっているのかの情報を集めるのには、ここであれこれとオッサンに聞いてみるより、チュートリアルを終わらせてここを出てから集めるほうが効率がいいと思う。
ゲーム時代の時は、さわりの情報だけで、肝心な情報は殆ど話さなかったからなこのオッサン。
さくっと終わらせてしまおう。
「嬢ちゃんは魔王を倒す戦士になりたい。それに間違いはないか?」
「はい」
「それには大きな困難と、長く苦しく続く苦痛に耐えれる忍耐が必要になるだろう。それでも構わないか?」
「はい」
こんな風に「はい」って答えないでいいえを選ぶと、はいって言うまで続く無限ループになるのだが、それは今のヒーローアブセンスでも一緒なんだろうか? 試すつもりはないが。
「そうか、覚悟は変わらないんだな・・・仕方ない。では、嬢ちゃんの職業でこの世界で生きていくための説明を始める。聞く準備はできてるか?」
「はい」
「では、嬢ちゃんの戦士としての職業、娼婦についての説明を始めよう。まずはそのスキルについてだ。いいな」
「はい・・・、はい?」
「スキルというのは・・・」
「いやちょっと待った。さっきなんて言った?」
「ん? スキルについて説明する」
「そこじゃない、もっと前」
「これから大きな困難と、長く続く・・・」
「戻りすぎだ! そういうお決まりのやりとりはいいから、さっきあんた、俺の職業がなんだって言った?」
「ん? 娼婦だ。自分で選んだはずだろう?」
「しょーふ? それってどんな職業だ」
「それはあれだ。男女がゴニョゴニョして女性が金をもらうあれだよ」
「ゴニョゴニョ?」
「いわゆるその・・・性交だな」
「せいこう?」
「はっきり言わせるな! あれだ子作りだ! 快楽のための子作りで金をもらう職業のことだよ!」
何だろう、このオッサンやけに純情な気がする。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
「・・・・・・マジか、つまり俺の職業は・・・」
「お前の職業は、娼婦だ」
このままチュートリアルを続けるのと、この純情なオッサン倒すの、どっちがいいだろう・・・・・・。
このチュートリアルのオッサンの性経験の数はご想像にお任せします。