六話 伊藤ほのかの再戦 勝率0パーセントのリベンジ編 その三
「……」
あれ? どうして長尾先輩何も言ってくれないの?
「どうしました?」
「いや、予想もできない回答が飛び込んできたんで。流石は伊藤氏。斜め上をゆく女よ」
どうしてそんなに驚かれるんだろう? 長尾先輩ってちょっと大げさすぎない?
「そうですか? だって、男の子ってよく裸でからみあってるじゃないですか?」
「そうそう、男の子は汗だくで裸と裸で……いや、ねえよ!」
「少年漫画の鉄板じゃないですか? 上半身裸になって絡み合うの」
「いやいや、上半身裸になるけど、殴りあってるだけでしょ!」
そうなの? 殴りあうなら別に上半身裸になる必要なんてないじゃない。愛し合う為じゃないの? 理解できないんですけど。
「なんで上半身裸になるんですか?」
「それは、上半身裸になることで凶器はないことをアピールしてるからじゃない? 正々堂々と戦うのはお約束でしょ? 知らんけど。伊藤氏、BLにこだわってない?」
「そうですか? だって漫画以外にもあるじゃないですか。『走れ、エロス』とか」
「センスが中学生レベルか、伊藤氏は」
いやいや、あってるでしょ、走れエロスで。なぜ、男の長尾先輩が理解できていないの? 仕方ない、説明してあげますか。
オホン、と咳払いして仕切り直し、長尾先輩になぜ走れエロスなのかの根拠を述べる。
「メロスがなぜセリヌンティウスを指名したか分かります?」
「指名じゃなくて人質な」
あれ、そうだっけ? まあいいや、同じようなものだし。私は説明を続けた。
「きっとあれは吊り橋効果だったと思うんです」
「つ、吊り橋効果?」
吊り橋効果とは生理・認知説の吊り橋実験によって実証された学説だ。緊張感のドキドキと恋のドキドキを勘違いしてしまい、恋愛に結びついてしまう現象である。
「そうです。処刑される緊張感の中で、メロスはぎりぎりのところで現れ、セリヌンティウスを救出する。これって吊り橋効果ですよね? 実際に抱きましたし」
「抱き合っただけだよね?」
そうだっけ? まっ、いいか。誤差の範囲だ。
「お互い手を出したじゃないですか?」
「火遊びみたいな風に言わないでよ。お互い、殴っただけだから」
「邪智暴虐の王だって二人の愛を見て、信頼する事の尊さを諭されましたよね?」
「友情でしょ!」
「いい話ですよね。私、思わず鼻血が出そうになりました」
「涙でしょ? 鼻血だしたヤツなんていねーよ」
おかしいな、話がかみ合わない。それなら、とっておきを話さないとね。
恋バナとBLはやっぱり話していて楽しいよね~。
「それなら……」
「あっ!いました! ほのかさん!」
サッキーが走ってくる。どうしたんだろう?
「もう、ほのかさん! 遊んでないでこっちを手伝ってください! 今日は町内の清掃活動です!」
「あ、遊んでないから! ちょうどよかった。サッキーも先輩止めるの手伝って」
「? 藤堂先輩がどうかしましたか?」
小首をかしげるサッキーを味方に取り入れる為に、説得する。
サッキーは脳筋ではないから分かってくれるはず。
「獅子王先輩とリベンジマッチするって特訓してるの。一緒に説得して」
「んん~、無理だと思います。藤堂先輩、頑固ですし」
早いよ! 頑固だけど、もっと頑張ろうよ!
「橘風紀委員長も許可してますし、それより、早くいきましょう。ちは……朝乃宮先輩も待ってますよ」
「いやいやいや、あきらめんなよ! あきらめんなよ、サッキー! それに朝乃宮先輩ならサッキーが頼めばちょろいでしょ!」
「いやいやいやいや! ちょろくないです! 松岡○造さんの真似しないでください! ちーちゃんの機嫌を損ねないでください」
そっかな。絶対、朝乃宮先輩ってサッキーに甘いよね。激アマだよね。朝乃宮先輩はサッキーの我儘なら全て受け入れてくれると思うんだけどな。
「大丈夫だって! だから、説得手伝ってよ~」
はっ! 殺気!
「ウチのこと、ちょろいなんて思われてたやなんて、心外どすな。これはちょっとお灸をすえる必要があるかもしれまへん」
私が全力でダッシュしたが、襟首を朝乃宮先輩に掴まれてしまった。
こ、怖くて振り向けない。冷や汗が止まらない。
「ホンマ、凄いわ、伊藤はんの反射神経。つい本気だしてしまいました。誇ってもええどすえ」
「いや~、それほどでも」
「まな板の鯉って知ってはる?」
死亡フラグなの!
私はドナドナの如く、連行されていった。
「ううっ……耳が痛いよ~頬が痛いよ~」
「全く、よりにもよって朝乃宮先輩に逆らうとは。その命知らずなところ、尊敬いたしますわ」
黒井さんの呆れた声に私は心の底から同意したかった。
私は今は両手に軍手、ごみ袋とごみ拾い用のトングで町内の清掃活動に勤しんでいる。
朝乃宮先輩のお仕置きで耳と頬をひっぱられたけど、マジ痛い。涙出たよ。本当に容赦なかった。
先輩はどんな時でも手加減してくれるけど、朝乃宮先輩は加減なし。鬼か、と言いたくなる。
私は抗議の意味で朝乃宮先輩を睨んだ。朝乃宮先輩と目が合うと、私はそっと目をそらした。
「そんな目つきで睨まんといてください。傷つくわ~」
私の頬と耳が傷ついてるんですけど。
そういえば、なんで朝乃宮先輩はここにいるの? 朝乃宮先輩の性格なら、先輩と一緒にトレーニングしてそうだんだけど。
バトル大好きっ娘なのに。
「今、失礼なこと、考えへんかった?」
「いえいえ! ただ、朝乃宮先輩は先輩と一緒に特訓しないのかなって」
「する必要ありません。無駄な努力やさかいな」
「無駄……ですか」
朝乃宮先輩が私の表情を見て、やわらかい笑顔を浮かべる。
「だから、そんなに睨まんといてほしいわ。ウチだけやない。長尾はんも御堂はんも橘はんもそう思ってはる。獅子王先輩も気づいはるやろ。藤堂はんの欠点を」
「先輩の欠点?」
「せや、致命的な欠点や」
欠点? それも致命的? どういうこと?
「じゃあ、先輩は獅子王先輩に勝てないんですか?」
「勝てへんよ、このままやと。でも、ええんとちゃいます?」
勝てなくていい? それってどういうこと? また、怪我してもいいってこと?
その発言はちょっと納得できない。
「勝てなくていいってどういうことですか? また、先輩がボコボコにされてもいいってことですか?」
そんなはずはない。先輩は負けない。負けないんだから!
朝乃宮先輩が私に近づき、そっと抱きしめられた。
「ごめんな、誤解させてもうて。不安なんやな?」
「……はい」
朝乃宮先輩の言葉に涙が出そうになる。
先輩が倒された光景はまだ目に焼き付いている。もう、二度とあんな光景を見たくはない。
私も朝乃宮先輩を抱きしめる。朝乃宮先輩のぬくもりに不安が薄れていく。
「でもな、戦うことは勝ち負けだけやありません。何のために誰の為に戦うのかも大事なことです。藤堂はんの気持ちも分かってあげ。それがええ女や」
何のために戦う? そんなの分からないよ……でも、先輩と話して、向き合ってみなきゃいけない気がする。
それを朝乃宮先輩は教えてくれたと思う。
「ありがとうございます、朝乃宮先輩」
「ええよ。でも、なんとなく分かったわ」
「何がですか?」
「こっちのことです。お仕事、はよ終わらせましょう」
「はい!」
とりあえずは目の前の事、掃除を頑張ろう。
それにしても、掃除って……風紀委員って地味な仕事ばっかり。




